夕張線(登川支線) 明治40年開業:昭和42年駅移転により消滅

開業時は、楓鉱のホッパーに隣接する貨物取扱所(明治42年に旅客営業開始)。 その後、大正5年に、駅の手前から登川の三井鉱山に向って伸びていた専用線を、 国鉄が買収し、紅葉山〜登川の直通運転を始めた際、 結果的にスイッチバック構造が出現した。

「紅葉山を出た列車は千分の二十五という急勾配を上り約十分で楓に着く。 駅構内でも勾配が千分の三、誤って貨車をつき放せば だまっても紅葉山にまい戻るというあぶなっかしいところだけに 貨車の操作にはひと一倍気をつかうという駅員の話。 終点登川までは3.1キロ、スイッチバック式に逆戻りして一挙に上りつめる。 こんな方法も夕張鉄道の錦沢駅とこの楓駅だけだ。」 (北海道新聞夕張版:昭和33年10月18日より抜粋)

しかし、昭和37年に駅舎が火災で焼失。 同年には新駅舎を建てたものの、 楓鉱の合理化に伴い、 昭和42年の1月頃までには、紅葉山寄りに駅自体を移転させ、 同時にスイッチバックを解消したようである (当初は、昭和41年中の移転予定で、それに合わせてスイッチバック駅は取り壊して しまったところ、坑道の崩落事故により計画が遅れ、 急遽、旧スイッチバック構内に仮駅舎を建てて対応したと聞く)。
さらに、昭和56年6月に廃止された登川支線に取って代わる形で、 同年10月開業した石勝線の新駅(場所は、旧駅より登川寄り) に名前を譲ったので、現在の「楓」は、当時の駅とは、姿も場所も全く別物と言える。

なお、楓駅の沿革については、 江別市の奥山道紀氏に頼る部分が大きかった。この場をお借りしてお礼を申し上げたい。


●初代スイッチバック駅




*上記5点の写真は、夕張石炭の歴史村石炭博物館の青木隆夫館長の ご厚意により、転載させていただく、初代楓駅の姿である。
上段左は、大正期の駅風景(「大正11年:北炭事業概要」より)。 線路の向こう側の大きな施設が、貨車に石炭を積むためのホッパー。 3本見える線路のうち、一番手前が旅客用の発着線で、 それに面してホームがあり、真ん中の煙突が突き出た建物が 駅本屋である。また、右遠方に見えるのが、登川に向かっている線路であり、 楓を出発した下り列車は、一旦、画面右手前にバックで進んで、 本線との分岐点まで折り返した後、後方の線路に姿を見せるわけである。 なお、分岐点から、登川に向けて、すぐ25パーミルの上り勾配に入っていくが、 写真からも、その急勾配が見て取れる感じである。
中段左は、昭和14年撮影(写真提供:川村はじめ氏)。 折りしも、大正期に使われた選炭施設に代わり、 より大規模なものが建設中である。 なお、ほんの僅かだが、画面右隅に、登川方面への線路が見えており、 その脇にある勾配標には、「25」の数字が記されている。
中段右は、昭和30年撮影の楓地区遠景(写真提供:川村はじめ氏)。 画面右下から伸びてきた線路は、ホルカクルキ川を渡り、 画面中央に見える、楓駅構内(背の高いポケットが見える)に入っていく。 また、登川に向かう線路は、駅直前で右に曲がり、楓鉱から右に伸びる 運炭橋の下をくぐっていく(写真上をクリックしてください。拡大写真が見られます)。
下段の2枚は、夕張市の須山一雄氏所蔵のもの。 単行のキハ22が停車する、昭和30年代の構内の様子を、 隣接する選炭施設より見下ろしたアングルであり、筆者としては、 これらの写真によって初めて、分岐点付近の配線などを確認できた次第である (左写真上をクリックしていただくと、分岐点付近の拡大写真が見られます)。 画面左に向かう線路が登川方面、正面が紅葉山方向で、 本線上で折り返しをする列車は、しばし、紅葉山寄りに架かる、 ホルカクルキ川の鉄橋上まで達することがあったと聞く。

●二代目:スイッチバック解消後移転駅


*上段は、match23さんよりご提供いただいた、 昭和58年(登川支線廃止後二年経過)撮影の、 二代目・楓駅舎の写真である。 後ろに見える築堤が石勝線。 現在、駅の在った場所は、拡張された国道274号線の用地になってしまったとのことである。
*さらに、札幌市の川合宏幸氏よりご提供いただいた、2代目駅の現役末期の姿を、 ここで紹介させていただく(下段2枚)。 左は、昭和56年6月末日、登川支線最終日の駅風景。遥か前方に小さく見えるのが、 昭和30年の遠景写真に出ている旧楓鉱のポケットで、 初代のスイッチバック駅があったところである。 また、右は、同年5月24日撮影の駅舎。 上段のmatch23さんの写真と反対側の様子が、よくわかる。
●三代目:石勝線新駅


*先に、現在の石勝線・楓駅は、初代のスイッチバック駅とは無縁と述べたが、 この駅、下り方面に行く列車はすべて通過、 日に2往復しかない各駅停車 (※) は、通過線とは区別されたホームでの折り返し運転―― その意味では、楓駅は、未だ「スイッチバック状態」なのである。 江原真人さんの「北海道の駅と廃線跡」 に、石勝線の楓駅に関しての、決定版とも言える詳細な紹介があるので、 併せて見ていただきたい。
3枚の写真は、そのページから転載させていただいた、「全景」 「通常使用する折り返し発着線」「駅舎」の現状であるが、石勝線開通当時の写真 (「全線全駅鉄道の旅:北海道4000キロ」P108参照)を見ると、 左右に大きく分かれた本線の間に、もう一本、通過線が存在したことと、 現在、線路脇を走る国道274号線は、 かつては登川支線が通っていた場所であることが、わかる。

なお、2000年3月改正で1往復に削減。 さらに 2004年3月改正にて旅客扱い廃止。信号場に「格下げ」となる。
まさに、炭鉱の町・夕張の消長を体現したような変遷を辿った駅である。

※初代駅舎の写真・構内配線データ捜索中!


スイッチバックリスト1に折り返す
三笠に向けて発車する