Scratch Noise 「シルフの化身4」
何か文句でも言ってきそうな雰囲気でスィームは、アヴェルス達の前に立った。その小さいながらも威圧的な態度に二人は、言葉も出ないようだ。というか、言葉が見つからない。
「何の用?」
礼拝堂に居た人間とはまったく別人のような態度。アヴェルス達にした事を懺悔した彼女はどこへいってしまったのだろうか。しかし、そんな事を彼等は知るはずもなく、街であった時と変わらない態度に、どこからどう話していいのやら解らない様子だ。カプリスについては、やはり気に入らないらしく舌打ちをしてそっぽを向いた。
「スィーム、そんな言い方ないでしょ」
一緒にいたカメリアに叱咤されるが、気にしていないようでアヴェルスの方へ、つかつかと歩み寄った。
それをみて、アヴェルスもなぜか椅子から立ち上がる。
身長差約65センチ。地面を見るように下を向くアヴェルスと、空を見上げるように上を向くスィ−ム。普通なら上から見下ろした方が優勢のように思えるが、態度は彼女の方がでかい。なんとも滑稽な図だ。
「反省とかさ、そういのってないの?」
となりでそっぽを向いてたカプリスが小さく呟く。
「…… なんかそれ、お前が言っても説得力ない」
常日頃から、カプリスに言いたい言葉に対してアヴェルスも独り言のように言うが、当の本人は聞いちゃいなかった。
「ちょっとは、ごめんなさいとか思わせる態度なら許してやったけどさぁ。なんだよ、ムカツクなぁ。こんな子どもに―― 」
何かを言いかけたカプリスだったが、言葉を止め面白くなさそうにまたそっぽを向いた。言いたい事は、なんでもポンポン言ってしまうカプリスが、言葉を止めるのは珍しい。アヴェルスもそう思ったのか、少し不思議そうな顔をしたがそれを問う事はなかった。
「まっ、とにかく。スィーム、きみだけに話があるんだ。カメリアさんだっけ? 悪いけど外してもらえるかな」
アヴェルスは、そうカメリアに席を外すよう柔らかく言った。彼女は少しスィームが心配なのか、しばらく見つめた後、静かに部屋を出る。一人残されたスィームは、より緊張の糸を張り巡らせ、表情を強ばらせる。
「―― さてと、何から話そっか」
アヴェルスは深くため息をつくと、力が抜けたようにもう一度椅子に腰掛けた。彼女とは、対照的に緊張の糸が解けたようなアヴェルス。
「何からって、そのまま言っちゃえばいいじゃん。シルフの使者、一緒に来てもらうよ。って」
ほおづえをつきながら面倒そうに言うカプリスに、アヴェルスは表情を歪めて頭をかいた。直球でそれを言ってしまうのは、どうだろうと思っていた為、カプリスの言葉にため息しか出てこない。
「お前なぁ」
「何だよ、一番簡潔で簡単だろ」
「…… ねぇ、シルフの使者って何のこと?」
「ほら、食いついた」
「食いついたじゃねぇよ」と怒鳴り出しそうなアヴェルスを無視し、カプリスはスィームに話しかける。
「オレは、ちょーっと嫌だけど、キミはシルフの使者なんだよ。シルフに選ばれた人間。シルフを守る存在」
カプリスはそう言って席を立つと、ゆっくりと二人のいるテーブルを挟んで向かい側へ回る為歩き出した。
「エレメンタルは、この世の全てって言ってもいいものだよね? これは解るよね」
「うん」
コツコツと響き渡る足音。いつもの表情とは違い、真剣に話を進める。どちらかといえば、つり目できつい顔つきのカプリスだが、その瞳が今は、余計に冷たく強く感じる。そして、獣人特有のは虫類のような瞳がさらにそう思わせた。
「何かの影響によって、エレメンタルの力はだんだんと弱まってるんだ。人間には解らない。でも、さっきいた子なら解るんじゃないかな? オレたち獣人には解るエレメンタルの力。それを取り戻す為に選ばれたんだよ」
カプリスは、アヴェルスの横に立つと手を差し出した。
「デファンドル」
「えっ。あ、あぁ」
あまり見たことのない表情のカプリスに気を取られていたのかアヴェルスは、慌ててデファンドルを渡すと、ペンダント型のそれがゆっくりスィームの首に掛けられた。
「これ…… 」
スィームは、首に掛けられたデファンドルを手に取ると、不思議そうな顔をする。暖かく優しい目と紅色した頬でデファンドルを見つめるスィームに、カプリスの口元が動いたように見えた。
「カプリス? 何か言ったか?」
「いや、なーんにも…… 」
ふと我に返ったようにアヴェルスに向き直ると、いつもの表情のカプリスがそこにあった。先程は、真剣な表情に見えたが見間違いだったのだろうか。
シルフのデファンドルを手にしたスィーム。アオルトでの生活は、何の不自由がない生活だが、着飾ったり、自分の一人のおもちゃがあったりするわけではない。不自由はないが、それ以上はない。きっと、綺麗な宝石を手にしたこともないだろう。
「すごくきれい」
まじまじとデファンドルを見つめる。緑色といえばそうなのだが、光のかげんによってそれは微妙に変化する。スィームは、いろんな方向から角度を変えて眺めてみた。
「スィームだっけ? 正直、シルフの使者が君みたいな子だと思ってなかった。本当なら、一緒に…… って一緒に来る必要は特にないか」
アヴェルスは言いかけた言葉をやめ、自分に問うようにそう言った。最終目的は、四大精霊の使者と補佐する者で、ここアオルトにて祈りを捧げる。という事は、いつか戻ってくるのだから、彼女はここにいても構わないという事になる。アヴェルス達は、シルフに直接命を受けたので、それぞれの使者と補佐する者を集めるが、スィームはここにいても問題はない。
「考えてみれば、ぞろぞろ引き連れて旅しなくてもいいんだよな」
「みんなアオルトに集合なっ!って言ってくると思うの?」
「…… 思わない」
自分の言葉をすぐに、自分自身で否定したアヴェルス。考えてみれば、見ず知らずの人間に、四大精霊から頼まれたと言われたも、どこかの怪しい勧誘にしか聞こえない。
「四大精霊を信じる方法は、やっぱ神殿に行くことだよな」
自分がそうであったように、まずは精霊の存在自体を認めなくてはならない。そして彼等から話を聞くことで、きっと誰でも納得するだろう。アヴェルスは一人で納得する。
「そんな面倒なことしなくても、デファンドルがあれば…… 」
「あれば?」
カプリスは、また言いかけた言葉を止め、不思議そうに言葉を待つアヴェルスをみた。
「あ、あれば、あれじゃん。力がみなぎる」
「それ、お前だけじゃだろ。それか獣人だけ。俺は、全然解んねぇもん」
少し態度のおかしいカプリスだが、おかしいのはいつもの事だと、アヴェルスはそれほど気にしていないようだ。一人で腕組みをし、自分の中で自問自答しているようだ。
「ねぇ。その旅あたし行ってもいいよ」
「へっ」
二人の会話を静かに聞いていたスィームが、街へ買い物へ行くことのように簡単にそう答えた。そのことに、二人して一瞬固まる。
「でも、旅なんだ。疲れるし、野宿だってあるかもしれない」
「それに、今は歩きだけどついてこれるの?」
「馬車なら、アオルトにあるよ。きっと、シスターに話せば貸してくれる。だって、精霊様御一行!って事になるんでしょ? すごいじゃん」
簡単そうに、そう言うスィーム。きっと、途中でいろいろ文句を言うに違いない。そう思うが、否定する言葉も見つからず、アヴェルスとカプリスは顔を見合わせた。
「それに、アタシが必要なんだよね? アタシにしか出来ない事なんだよね?」
スィームは、少し嬉しそうに俯くと頬を赤くした。
同じぐらいの年齢の子ども達がいるといっても、やはり成長するに連れて何かと不安だっただろう。ここにいる子ども達のほとんどは、両輪に見放された子どもだ。どうして、両親は自分を捨てたのか。そう考える子どもはきっと多い。そして思い悩み、自分で答えを見つけていく。しかし、スィームのように衝動的な行動に走る子どもも少なくない。彼女の場合は、人の気を引いて自分の存在を認めて欲しいがゆえに、人を騙したり、いたずらをしたりしていたのだろう。それが悪いことだと解っていても、やめられなかったのだ。
だが、今目の前にいる二人は、自分を必要としている。それは、彼女にとってとても嬉しいことであったのだ。
「うん。まぁ、行くって言うならなぁ?」
「馬車ゲット! やったね、アヴェルス!」
「…… そこかよ」
自分が、いかに楽出来るか、それにか頭にないのだろうか。アヴェルスは、カプリスと出会ってから確実に、ため息の数が増えている。それは、きっとこれからも増え続けるだろう。
「やったぁ! アタシも頑張るよ!ねっ、ザビルッ」
「!?」
「サビル? 誰ですかそれ」
全く違う名前を言われて、思わず敬語になるアヴェルス。言った本人も、なぜその名前が出たのか、不思議そうに首をかしげた。
「あれ? そんな名前じゃなかったっけ?」
「一文字あってるけど、全然違うから…… ま、いいか。俺はアヴェルスよろしく」
「アヴェルス? そっか、なんかザビルって感じだったんだけどな」
「なんでだよ」
楽しそうに笑うスィームとアヴェルスは、まるで仲の良い兄妹のようだ。その二人の様子を隣で静かに見つめていたカプリスは、珍しく何も口を挟むことがなかった。
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