Scratch Noise 「シルフの化身 3」



「それにしてもデッカイ門だよねぇ」

 カプリスは、そう言って門を下から上にゆっくりと見上げた。もともと灰色のような色だったみたいだが、所々に深い緑の苔のようなものがあったりするのを見ると、そこに建っている歴史が一目瞭然だ。
 そんなカプリスに声を掛ける事なく、アヴェルスは辺りを見回して脇門の方へ向かうと、その扉に手を掛けた。鍵はかかっておらず、ゆっくり扉を開くとキィという鈍い音が響いた。

「あっ」

 開いた扉の向こうに見えた景色にアヴェルスは、思わず声を漏らす。いつの間にか後ろにいたカプリスものぞき込むように中を見ると同じような表情をした。

「なんだー、おまえらっ」

 扉を開けた2人に遠くから小さな男の子が指を指す。そこには、その子どもだけではなく、何人も子どもがいてそれぞれに遊んでいたみたいだが、皆が来訪者に気づき手を止めた。

「だれ〜? お客さん?」
「シスターにいないよー」
「だれかきたよー」

 ざわざわといろんな声が聞こえる中、門のすぐ脇に建っている家から少女が出てきた。側にいる子どもに話しかけると、こちらへ視線を向け近づいてくる。
 年は、14,5といった所だろうか。赤い髪を1つに結って獣人特有の尖った耳をさらけ出している。一般的には、平等といわれている人間と獣人だが、一部の人間達には嫌悪の対象となっている。その為に、その特徴ある目や耳を隠そうとする者が多いのも事実。カプリスも髪から耳は見えているが長めだ。それを考えると、こうしてあからさまに露出している姿は珍しい。

「何かご用ですか? 今シスターは、不在ですが」
「シスター…… あぁ、えっと。ここにスィーム・メリノスって女の子がいるって聞いたんだけど」
「スィームですか?」

 アヴェルスの言葉に、赤い髪の少女は眉をひそめるとすぐため息をついた。

「もしかして、あの子また何かしたんですか」
「何かしたっていうか…… 」
「オレら警察からの帰りなんだよねー」
「カプリスッ!」
「そんな怖い顔しないでよ、ホントの事じゃん」

 カプリスは、アヴェルスにきつく睨まれるが、それほど悪く思っていないようで、手を頭の後ろで組むとそっぽを向いた。そして、目の前にいる少女は申し訳なさそうな顔をして深く頭を下げた。

「すみません。いつも言い聞かせているんですけど…… 」

 よく他人を警察送りにしているスィームは、一緒に住んでいる者に言わせると、きっと悩みの種なのだろう。彼女の様子をみると、アヴェルス達のようにこうやって来る者も少なからずいるようだ。そして、こうして何度も頭を下げているのだろう。

「いや、俺たちは別に不満があって来た訳じゃ」
「え?そうなんですか?でも、スィームが何かしたんですよね?」

 少女は不思議そうな顔をしながら頭を上げると、アヴェルスは言葉を濁らせて困ったように頬をかいた。

「ん〜、まぁその、シスターと本人とで話がしたいんだ」
「はぁ…… 」

 スィームのいたずらを怒っていないのだとしたら、何の話なんだろうと少女はさらに不思議そうにアヴェルスを見つめた。
 そんな深刻そうな雰囲気とは、対照的なカプリス。少し2人に慣れてきて、興味本位で近くに寄ってきた子ども達を一瞬威嚇し、驚いた表情をした子ども見て楽しんでいた。





 アオルトの敷地内にある古びた建物の奥へと、アヴェルス達は通された。外にいた子ども達とは別の子どももいて、バタバタと廊下を走る姿が見える。

「クレディ、ジャンティ廊下は走らないで。それにお客様よ」

 赤い髪の少女にそう言われた2人は、静かに立ち止まると謝り、そして挨拶をする。それにつられてアヴェルスもちょっと慌てたように、挨拶を返した。

「あっ」

 前を歩いていた少女が急に立ち止まると、くるりと方向を変え頭を下げた。

「申し遅れました。私、ここの年長者のカメリアです。あの子達に挨拶しなさいって言っておきながら、自分がまだでしたね」

 しっかりした少女だが、そう言って照れたように笑う姿は、まだ幼さが残っていた。

「こっちこそ、挨拶してなかった。俺は、アヴェルスこいつと一緒に旅してるんだ」
「ども、カプリスでっす」
「2人で?」
「あぁ、そうだよ」

 少し間があり何か言いたそうだったが、すぐに前に向き直り歩き出した。カメリアは、人間と獣人が2人だけで旅をしているという事が疑問だったのかもしれない。耳を出しているという事は、2つの生き物との関係を気にしていないという事なのだが、それは、このアオルト内だけの事なのだろう。

「2人じゃ大変じゃないですか?」
「あー、うん。まぁ、いろいろあるけど、思ったよりは大変じゃないかな」

 何が大変なのかは、あえて口に出さないカメリア。その言葉をアヴェルスもわかっているのか、どうとでも取れる返答を返した。

「こちらでお待ちください。シスターも、すぐ戻られると思います。スィームも呼んできます」

 カメリアはそう言って部屋のドアを開き、2人を招くとすぐに部屋を後にした。
 入った広い部屋には、3本の長いテーブルとそのテーブルにびっちり並べられている椅子があった。きっと食事をとる場所なのだろう。この席全部に人が座って食事をするのを想像すると、先程見た子ども達の印象もありとても楽しそうだ。だが、今はここには、誰も居ない。静まりかえった部屋で2人は顔を見合わせると、自然に素直な言葉が出てくる。

「アオルトって孤児院みたいな事もしてんだな」
「ま、妥当だよね。育てられない子を預けるには、神のもとで幸せにって?」

 皮肉がかった風に言うと、アヴェルスは困った顔をして返事をしなかった。そして、カプリスは部屋をぐるりと見渡すと、先程入ってきた扉の上に古い彫刻があるのを見つけた。

「ウンディーネ…… 」
「え?」
「ほら、あれウンディーネじゃない?こっちは、シルフ」

 カプリスは、扉の上を指さし、次は光が差し込んでいる正面の窓の上を指さした。実際会ったシルフとは全く違うものだったが、イメージとしてのシルフはきっとこんな風だろう。
 アヴェルスも同じように上を見上げるとぐるりと部屋を見渡すと、それぞれの方角に四大精霊の細かい彫刻が施されている。力強い彫刻のサラマンダーを見つめるアヴェルス。自分はこの精霊の化身と聞いているが、やはりいまいちピンとこないのだろう。小さく息を吐き、視線を彫刻からずらした。

「そりゃ、アオルトだからこういった彫刻は多いんじゃないか」
「まぁ、そう言われるとそうだけどさ。もっと感動してくれてもいいじゃん」

 カプリスは、面白くなさそうにしながら椅子に腰掛けると、あくびを1つした。





「スィーム、やっぱりここにいたのね」
「カメリア…… 」

 コツコツと歩く音を響かせながらカメリアはスィームに近づいた。
 アオルトの中心にある礼拝堂は、360度ある円形のものだ。中心にある祭壇を囲むように、円状に木の長いすが並んでいる。その場所を守るように建てられている聖堂は、数十メートルある高い天井と、四方には四大精霊を祀る祭壇がそれぞれある。それは決して煌びやかなものではないが、神聖な雰囲気をかもしだしており、誰もが祈りを捧げたくなる場所だ。
 祈りを捧げるという行為は、懺悔でもあり願いでもある。どちらかの心が、その人の胸中にあるのだろう。そんな広い礼拝堂に1人でいるスィームの姿は、どこか悲しそうに見えた。

「今日は、どうしてここへ?」
「ん、ちょっと」
「ちょっと? また何かやらかしたんじゃないの?」
「………… 」

 スィームは、少しむくれてぷいっと顔を背ける。カメリアは、少し笑いながら「ごめん、ごめん」と謝ると、金色の髪をしている頭をポンポンと叩きながら、緩いカーブのついている長いすに座った。

「礼拝堂へ来た理由になる人達が来てね、今食堂にいるの」
「えっ!?」

 スィームは、驚いてカメリアの方を見る。

「知ってるんじゃん」

 先程の質問は、全部知っていてものだと解ると、また途端に機嫌が悪くなる。

「何の用事か解らないけど、別に怒ってる様子じゃなかったよ」
「怒ってないわけないじゃん。アタシに用事なんてある訳ないしさ、どーせ、あんな事しアタシを怒鳴りつけて殴りたいんだよ」
「そんな風に言うけど、その原因を作ったのは自分でしょ? いつも言ってるけど、どうしてあんなこと―― 」
「わかんないって言ってるじゃん!悪い事って解ってるけど…… けど…… 食堂行ってくる」

 スィームは、溜めた言葉を飲み込むと、カメリアの顔を見る事なく礼拝堂を後にし、扉の外に出ると、差し込んだ太陽の光が眩しく、スィームは目を細めた。