Scratch Noise 「シルフの化身 2」
シルフのデファンドルの光は、1人の少女へと導いていた。勝手な想像ではあるが、それぞれの精霊の化身と使者は自分たちと同じぐらい、又は年上だと思っていた。しかし、そこにいるのは、自分たちの腹辺りまでしか身長がない子どもだった。目も冴えるような金髪の髪をツインテールにし、髪と同じ色の目でこちらを睨んでいる。
「何よ、人の事ジロジロ見て。もっ、もしかして変質者?きゃぁ、アタシが可愛いからって、誘拐しようとしてもダメだからねっ」
口ではそう言いながらも、どこか嬉しそうなのは気のせいだろうか。1人で、ペラペラと喋る少女を、少し呆れたように表情で2人は見つめた。
「アヴェルス、パス」
カプリスは、思い切り嫌な顔をして、首から下げていたデファンドルを外すとアヴェルスに差し出した。
「子どもは嫌いなんだよね。しかもウルサイし」
何度渡せと言っても自分が持つと聞かなかったデファンドルを、そんな理由で手放すカプリス。「お前の我が儘も子ども以上だな」と言いそうになるのを押さえて、デファンドルを受け取るとアヴェルスの目に光が見えた。
「…… お、お嬢ちゃん、いくつ?名前は?」
少し引きつった表情で笑うアヴェルスだったが、すぐに襟首を後ろから引っ張られ、潰れたような声を出した。
「アホでしょ!それ思いっきり誘拐犯じゃん!」
「じゃぁ、なんて言うんだよ!」
「…… お、おうちはどこかな?」
「それもダメだろ」
「止めてっ!アタシの為に喧嘩なんてっ。それもこれもアタシが可愛いから…… 」
「それ、全然違うし!」
アヴェルスとカプリスが口を揃えて言う姿は、まるで漫談のようなテンポで、目の前にいる店のオヤジも口を挟む隙がなかった。
2人の事を怪しいと言いながらも、どこか楽しげに話す少女は、否定された事にむくれると中断していた買い物を始めた。
「おじさーん、リンゴ3つ、くっださいなぁ〜」
「あっ、あぁ…… 45モーラだよ」
「えぇ、高くない?35にしてよ」
「…… まいったなぁ」
2人の存在がなかったかのように普通に買い物している姿が、カプリスには気にくわないらしく小さく舌打ちをした。
「何なんだよ、このガキ」
カッとなったカプリスは、少女に近寄ると思い切りその腕を掴みあげた。
「オレを無視しないでよ」
「おい、やめろカプリス!」
「キャァァァァ!!!!!」
耳をつんざくような悲鳴に、思わず掴んでいた手を離して手を耳押しあてた。
「で、こうなるわけだ…… 」
2人は、サントル中央警察署内の取調室にいた。
あの後、少女の言葉で通りにいた人間に押さえつけられ、駆けつけた警官によって連行されたのだ。まぁ、よく考えれば見ず知らずの小さい女の子に声をかけ、おまけに腕を掴み上げるなんて事をすれば、きっと捕まるだろう。
取調室で待機するように言われた2人の姿は、対照的なものだった。どういい訳をしようか、下を向きながら考えるアヴェルスと、ふくれっ面で机に片肘をつきながら、もう片方の手で机をトントンと叩くカプリス。それぞれの性格がよく解るというか、なんというか…… 。
「待たせたね」
そう言って静かに入ってきたのは、若い警察官だった。取り調べだというのに、その手には何も持っておらず、体1つで2人の目の前へ腰を下ろした。
「あの、何か書いたりしないんですか?」
不思議そうな表情をしながら警官へ質問するアヴェルス。カプリスもまた、それが気になったのか、手の動きを止め視線だけ動かした。
「あぁ、いいんだよ。何も書かなくて」
警官の言葉に、2人は顔を見合わせた。と次の瞬間、カプリスは急に立ち上がると警官に向かって指を指した。
「お前、偽物でしょ! 闇の取り引きで競売とかしてんでしょ」
「お、お、おいっ、馬鹿!」
こう見えて馬鹿な奴ではない事は、アヴェルスが一番良く知っている。わざととしか思えない態度に慌てて彼を押さえつけ、肘をカプリスの首に回し締め付けた。
「わざとだろ? 絶対わざとだろっ」
「じ、じがいばず(違います)」
「それでまた俺に罪を着せようとしてんだろ」
「じでない、じでない。ぐるしぃ(してない、してない。苦しい)」
「あの子だろ? 金髪でツインテールの”スィーム・メリノス”」
2人の様子を呆れたように見つめていた警官が、苦笑しながら静かに言うとアヴェルスの腕の力が弱まった。その一瞬の隙にカプリスは腕から抜け出すと、喉元を押さえて何度も大きく呼吸した。本気で苦しかったのか、目にうっすらと涙が溜まっている。
「え、あの子の名前、知ってるんですか?」
「…… あぁ、よくあるんだよ。あの子絡みでここに来る人」
その言葉で、先程疑問に思った事の答えが解った。あの少女は、何かにつけて警察を呼び、その場を回避しているようだ。呼ばれた警察は、何も無いとは解っているが、一応形式上でも対処をしなければならない。これで何の記入もない。言った理由が解る。
しかし、今回の件に関しては、アヴェルス達にも不審な行動はあったと思うが、何も聞こうとはしないようだ。
「と、いう訳だから、あの子絡みの事情聴取は形だけなんだよ。もう帰っていいよ」
「えっ…… そんなんでいいんですか」
「やった、ラッキー!」
「『ラッキー』じゃねぇーよっ」
素直な言葉で言ったカプリスだが、アヴェルスには引っかかる事が多いようで、腕を組み首をかしげた。
警官の話を聞いていると、何の罪もなに人でもこうしてこの場所へ連れてきているという風に聞こえるが、何かしら出来事はあったにちがいない。問題は、どうしてあの少女がそんな事をするのか。という事。
「あの…… あの子、どこ住んでるか教えて頂けませんか?」
「えぇ!? 行くのぉ?アイツあんまり好きじゃない」
「そんな事言ったて、これが示すのはあの子なんだ」
首に下げたデファンドルに目線をやると、カプリスも渋々といった感じだが「わかったよ」と小さく呟いた。
警察から解放され、少女―― スィームの住んでいる場所を教えて貰うと2人はそこへ向かった。
街の中心から離れると、先程までの喧噪が嘘のようになくなった。景色が一瞬にして変わり、緑だけが目に入る。そしてそこから1本の道がのび大聖堂アオルトへと繋がっていた。大聖堂のせいか、街から続くの静かな道はなんとなく神聖な空気が広がっているようで、2人の間には何の会話もなく、ザッザッと歩く音だけが耳に入った。
「まさか、ここに住んでるとはねぇ」
「ってかさ、コレってどっから入るの?」
大聖堂アオルトを目の前にすると、その大きさと雰囲気にやはり圧倒される。普段訪れる時には、たくさんの民衆が集まり賑わっているが今日は違う。綺麗な模様が掘られたアオルトの門は固く閉じており、まるで現世との交流を拒んでいるかのようだった。
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