Scratch Noise 「シルフの化身1」




「また少し移動した…… 」

 迷いのない歩みをぴたっと止めると、彼女は遠くを見つめた。燃えるように真っ赤なその瞳は、なにかを追うように真っ直ぐと広い海を見つめる。瞳とは対照的な海の底のような藍色の長い髪をかき上げると、きらりと見事な装飾のピアスが光った。





「あー、いい天気だねぇ」

 カプリスは、にこやかな表情で両手を上げてグッと背伸びをすると、登り始めた太陽を眩しそうに見つめた。
 デファンドルを奪われた事件から1ヶ月が経っていた。競売の商品を持ち逃げした事と店を出るときに壁をぶっ壊した事で、かなりヤバイ連中に目をつけられてしまった2人。最初の数日は、普段にないスリリングな日々を送っていた。行くところ行くところ、追いかけ回され、毎回ギリギリで逃げ切る始末。カプリスは、なんとなく楽しそうな様子だが、アヴェルスは何かに取り憑かれたように暗い顔をする毎日。しかし、ここ数日はそんな日々からやっと抜け出せたようで、見るからに怪しい感じの男に出会う事もなく、出会ってもこちらがドキリとするだけで関係ない人物ばかりだった。
 そして、シルフのデファンドルが指す光を辿りスウトニール大陸から世界の中心であるアーム大陸へと繋がる大橋までやってきた。アーム大陸に掛かる大橋は、全部で4つ。大陸へ向かうには、この大橋を渡りアーム大陸を1度通らなければいけない。大陸同士を繋ぐ唯一のものだった。一応、船での行き来も出来るが、大抵の人間は自分の足で大陸を渡る方が多い。船の旅はそれなりに金がかかるからだろう。
 
「アーム大陸へ渡るのは、久しぶりだな。スウトニールでは、本当にいろいろあったよなぁ」

アヴェルスは、懐かしい出来事を思い出すように腕組みをしながら数回頷いた。

「そうだねぇ〜 泥棒に間違えられたり、賞金首捕まえたり、その懸賞金落としたり、精霊にあったり、危ない人に追い掛けられたりねぇ」
「嫌な事ばっか思い出させるんだな。しかも全部お前のせいで俺が酷い目にあってる出来事ですけど、知ってましたか?」
「そーだっけ?」
「そーです」

 素知らぬ顔で答えるカプリスだったが、本当に覚えていない訳はない。しかしこれが彼流の言葉なのだと解っているアヴェルスは、それ以上言い合いをするのも面倒な様子で諦めたように手を振ると橋を渡り始めた。
 橋の全長は30キロ程。大陸同士を繋いでいるだけあって、その距離はとても長いものだった。最も長いのは、フォール大陸北側からの橋で、これは100キロ近くある。この橋は全長もすごいが、幅員も相当なもので、1キロもあるらしい。面積からすれば、1つの小さな村よりも遥かに大きい。ここまでくると、もう橋と言うより大陸に近いような気もする。

「しっかし、いつ渡ってもすごい橋だよねぇ」
「お前でも、褒めたり感心したりするんだな」
「そりゃするよ」

 アヴェルスに言われた言葉に怒る事もなく、カプリスは素直に言葉を返すと、雄大に広がる海を見つめて話を進めた。 

「オレ達が生まれるずっとまえから、この橋はあるわけじゃん?でも、いつ作ったの?誰が作ったの?不思議じゃない?」
「誰がって、そりゃすごい腕のいい大工じゃねぇの」
「…… アヴェルス君の頭は飾りじゃないよね?」

 カプリスは、馬鹿にしたように口元をゆるりと持ち上げると同時に目尻が下がった。そして、人差し指で自分のこめかみを軽く叩く。

「どういう意味だよ…… 」
「つまりはぁ〜 1つの川に架ける橋だってどれぐらいの期間で架ける?結構期間はかかるよ。それを大陸まで繋げるなんて普通にあり得ないでしょ」

 歩きながらコンコンと橋を叩きカプリスは話す。

「そ、そう言われれば」
「ある人はこう言いましたー。雨にも負けずぅ、風にも負けずぅ、波にも負けずぅ、長〜い期間をかけて造ったんだよ。ほぉ〜、そりゃすごい人もいたもんだ。しかし、もう一人の人が言いましたー。これは、四大精霊のノームの力で、一瞬にして出来たんだ。えー、ウソォ〜あり得なーい」

 立ち位置を変え、くるくると一人で芝居をするカプリス。橋を通行している他の人たちも、変わった奴がいるという風にチラリと見るが、関わりたくないという気持ちのが大きい為すぐに目をそらす。

「何の一人芝居だよ…… っていうか、恥ずかしいから止めろよっ」
「この橋を今、渡ってる人に聞いても、同じアヴェルスと同じ答えだろうねぇ。ちょっと前まではオレもそうだったかもしれないけど、今は信じるよ。四大精霊説」

 カプリスは、普段見せる事がない真剣な表情をすると、アヴェルスに同意を求めるように肩をすくめてみせた。

「ノームが一瞬にして造った…… か」

 石で出来た橋をアヴェルスは、ゆっくりと撫でると無言になる。

「どしたの? アヴェルスくーん?」
「今、だんだんとエレメンタルの力が弱ってるんだろ?そしたら、いつかは崩れたりするのか」
「ンー。まぁ、そうかもね。一気にドッカーン!ってなくなるかも。アハハ」
「笑い事じゃないだろ」

 確かに笑い事ではない。しかし、そうならないとも限らない。実際にエレメンタルの力がどれほどの減少しているのかは誰も解らないのだ。四大精霊は、それを一番に感じているのだろうか。エレメンタルがなくなれば、精霊達はどうなってしまうのだろうか。そして、その力が必要だというこの大地は、その時どうなってしまうのか。大地に影響があるという事は、もしかしらた獣人達にも何らかの影響があるのかもしれない。アヴェルスは、笑って先を歩くカプリスの背中を見つめてから、もう一度広い海を見た。





 世界の中心アーム大陸の「サントル」この街は、それぞれの大陸から集められた情報が1つにまとまる場所である。
 人の多さはもちろんだが、スウトニール大陸では、あまり見かける事がなかった光を放つ照明すなわち、エレメンタルを取り込み一定量で発せられる街灯が等間隔に並んでいる。
 アヴェルスも初めてきた場所ではないが、いつ見てもこの風景には驚かされる。今回も、常に発展し続けているこの街を見つめて、遠くを見つめた。

「やっぱすごいな。来るたびに風景が違うような気がする」
「そぉ〜お? こんなもんでしょ」

 アーム大陸の出身だというカプリスは、たいして驚く事もせず、首に掛けたデファンドルを気にしながら歩きを止める事はなかった。

「変わらないのは、アオルトぐらいか」

 この近代的な街のどこからでも見える世界の中心サントルの大聖堂「アオルト」この場所には不釣り合いの古い建築だ。だが、そう言ってもただ古いわけではない、まるで生きているもののように年月を経る度に、大きく偉大な存在になってくる。外観のヒビですら素晴らしいものに思える。

「祈りを捧げる…… か」

 シルフに言われた言葉を思い出すと、アヴェルスは小さく呟いた。しかし、祈りを捧げるとはいっても、実際にどうすればいいのだろうか?四大精霊の化身4人並んで、何をどう祈るというのか。

「…… 先の事考えてもしょうがないか」
「おい。アヴェルス!ねぇ、ちょっと早く〜」
「あ?」

 アヴェルスは急かされて駆け寄ると、不思議そうな表情でシルフから預かったデファンドルを見つめていたカプリスと目が合う。

「どした?」
「あー、いやぁ。光の方向が変わった」
「光の方向が?」
「うん、シルフの化身の方だけど、急にぐるっと」
「急にぐるっとってことは…… すぐ側にいる!?」

 驚いた表情で見つめ合うと、カプリスはデファンドルを握り締め、その方向へと走り出した。アヴェルスは、デファンドルを手にしていない為、それが指す方向がわからない。すなわち彼の後ろを着いていくしかないという事だ。
 大通りから右手に曲がり、狭い路地を行くと少し広い通りに出た。大通りとは違って、生活感が溢れている。光を辿りまた右に曲がる。

「光が直線になったよ」
「じゃぁ、そのまま真っ直ぐの所にいるはずだ。シルフの力を宿す化身の人間が」
「…… あ、あれ?また右の方にゆっくり曲がった」
「大通りに出たのかも」
「もう!なんだよ、そんなに移動するなよっ」

 それは、無理な注文である。半ばキレ気味のカプリスだったが、もう一度大通りへと戻ると、人混みに紛れ真っ直ぐと光が伸びているようで遠くを見つめた。

「カプリス、解るか」
「たぶん」

 そう一言いうと、光の糸を手繰るように人を避けながら歩く。すると急にカプリスの歩みが止まった。

「居たのか?」

 アヴェルスの言葉に返事をすることなく、カプリスは眉間に皺を寄せて、大通り沿いの店を覗いている一人の人間に近寄った。デファンドルを握り、ゆっくりとその人物に向かって歩く。

「マジでぇ…… 」

 カプリスは、信じられないといった様子でシルフの化身を見つめた。一方アヴェルスも、少し後ろからではあるが驚いているようだ。
 不審な目で見られているのにも関わらず、カプリスはデファンドルを掲げながら周りを行ったり来たりした。

「アヴェルス…… コイツだよ。光がずっと追ってる」
「ウソだろ…… それ子どもじゃないか」