Scratch Noise 「碧玉5」
「四大精霊シルフ…… 実在しないものだと思っていたが、そうではないんだな。素晴らしい」
オーナーは、そう言って首から下げたもう1つのデファンドルを触ると不敵な笑みを浮かべた。スウトニール大陸の秘宝として運ばれたものだったが、2つあった事で、きっと最初から不思議に思っていたのだろう。そしてそれが、精霊と関係するものだと聞き、本物であれば精霊を信じる研究者なら、喉から手が出る程ほしい研究材料になるだろう。そうなると莫大な金が手にはいるに違いない。なにしろ、今までは直接精霊に関わる資料など全くなかったからだ。
「お前達は、一体何者なんだ。精霊達の意志を継ぐ者とはどういう意味だ」
オーナーは、目をギラギラさせながら2人に近づいた。シルフとエレメンタル減少の事は、別に口止めされているわけでもないが、なんとなく隠さないといけないような気がしていた。その為、2人は黙ったままオーナーを見つめるしかできなかった。
「どういう意味なんだ。精霊シルフは存在するのか」
「…… そんなの存在するわけないじゃん」
痺れを切らせたのは、カプリス。欲のかたまりとなった者の目をしてるオーナーに、サラッと言うカプリス。こういう場合だと、カプリスのポーカーフェースはかなり役に立つ。今の彼を見ると、きっとこの意見を押し通すつもりでいるらしい。
「大体さぁ、いい年なのに精霊なんて信じるわけ? 神話でしょ? あんなの」
哀れみのような、馬鹿にしたようなそんな目をすると、カプリスは鼻で笑った。しかし、それに動揺するようなオーナーではなかった。ジッと2人を見つめ静かに言葉を返す。
「誤魔化そうとしても無駄だ。神話と言うなら、どうしてそういう話になったのか話してもらおう」
アヴェルスの口から出た、「シルフの意志を継ぐ者と補佐する者」という言葉が引っかかっているのだ。そして、このペンダントがここへ来た経緯を知っているであろうオーナーなら、2人から奪った者だという事はもう解っているだろう。
「何の事だか、さっぱりー」
「白を切るつもりか…… いいだろう。どうせ1つはこっちにあるんだ」
片方のペンダントが、自分の所にある事を主張すると、オーナーは余裕の笑みをみせる。
「ス、スウトニール大陸の伝説を知らないのか」
いきなり話始めたアヴェルス。オーナーは普通に視線を向けたが、カプリスは、余計な事を話すなよ。といったような嫌な顔をした。
「この大陸の伝説?」
「知っての通りそのペンダントは、スウトニール大陸の秘宝と酷似している。それには、深い意味があるんだ」
伝説を思い出しているような、今、まさに話を作っているようなすこし緊張した面持ちで話すアヴェルス。きっと、確実に後者だと思われるが…… 。
「1つは、本物の秘宝。そして、レプリカとして2つ存在している。それが、この2つ。神話でこの大陸はシルフが守護する大陸と言われていている事は知ってるだろう。だから秘宝は、シルフの涙と言われたんだ。そしてレプリカの2つは、それぞれ本物とは違って、それを護る人がいた」
「…… あの、全然意味解りませんよ、アヴェルスさん。何だよ、シルフの涙って。ダッセー」
「ウルサイな…… だから、シルフってのは精霊の意味じゃなくて、そのペンダントって意味なんだよ」
半ば切れ気味でそう言うと、アヴェルスはオーナーの反応を待った。
「そんな作り話を信じると思うか?」
「ほら、バレバレじゃん」
アヴェルスは、再びカプリスを睨む。
「あぁ!もうどうでもいいよ。カプリス、デファンドル取ってこい!」
「逆ギレかよ…… ってかオレが行くの〜?」
アヴェルスはそう言い放つと、手に持っていたシルフのデファンドルをカプリスへと投げた。緩やかなカーブを描いたデファンドルを受け取ると、カプリスはチェーンの部分を手に巻き付けしっかりと握った。精霊との契りで強くなったエレメンタルの力。だがそれをもっと強めるデファンドルの力。カプリスは、デファンドルを握りしめた右手に左手を添えるとオーナーに向かって突き出した。
「なっ!? オイ!誰か―― 」
オーナーが声を上げると同時に、巻き起こった突風はまるで命があるように彼の胸元に下げられたデファンドルとふわりと持ち上げた。突然の突風に両手で顔を覆うオーナーの目に映ったのは、宙に浮かぶデファンドルだった。
「待て、誰かいな…… 」
「それ以上声を出すと、どうなるか解らないよ」
デファンドルに気を取られていた為、アヴェルスの行動に気が付かなかったのだろう。剣をのど元に突きつけられたオーナーは、声を上げる事が出来ずに身を強ばらせた。
「アヴェルスOKだよ」
「よし。じゃぁ、おいとましようか」
「言い方ジジくさいよ」
「ほっとけ」
2人で軽く笑いながら、きつくオーナーを縄で縛り上げるカプリス。口には猿ぐつわを噛ませており、怒って何かを言っているようだがさっぱり解らない。
「あっ、服取りに行かないと…… 」
アヴェルスが、今着ているのは、借り物のスーツ。結構良い服だとは思うが、これで出ていくわけにもいかず服を更衣室まで取りに行くようだ。オーナーがこんな事になっていると、気づかれる前に終わらせなければまた騒ぎが大きくなる。
「パッと行っちゃえば大丈夫じゃない?」
「だよな」
結構暢気な2人である。パラディーアンフェールと闇競売。結構ヤバイ系統のオーナーだという事に気づいていないのだろうか。顔もばっちり覚えられている為、今後また何かが起こるかもしれない…… 。
パッと行ったお陰で、騒ぎになる前に店を出た2人。無事に取り戻したシルフのデファンドルとアヴェルスの剣。しかし、このまま街に残る事はさすがに危険だと思ったのか、真夜中の街を出た2人は、デファンドルが指す光を頼りに北へと歩き始めた。
|