Scratch Noise 「碧玉 4」
明るく煌びやかな照明。火を使わない明るさは民間人にとって、まだあまり普及していないものだが、そこにはそれが無数に並び、夜という時間を感じさせない。そして高級という言い方が一番合っている空間。基調を赤としたこの空間には多くの席が並べられており、その中にもVIP席というのだろうか。他のと違った豪華なものがいくつか見られる。空間の前方には、ステージが組まれておりこれから始まる競売の準備が着々と進んでいた。
宝石、絵画、骨董品と様々な商品の中、あのシルフのデファンドルもその順番を待つようにステージの袖へ運ばれていた。
アヴェルスが入った店の地下で行われている競売。しかし、一般的に裏と呼ばれている輩ならば、この店から出入りも出来る。が、その他の金持ち連中がこの店へ入るのは絵的におかしい。そして、それは建物の反対側からの店で解消されていた。寂れたバーの反対側。それは、有名なギャンブルの店「パラディーアンフェール」だった。
「おい、新入り!丁寧を扱えよっ」
「ハイハイ…… ったく人使い荒いよ」
相手に聞こえるようにそう言うと、競売に出る大きな壺に寄りかかりため息をついた。
「おい、コラ!落として割ったらどうすんだっ!」
「そんときは、そんときでしょ」
「…… お前な」
普通、新入りならば張り切って仕事をするものだが、あまりのやる気のなさに不安そうにする。そんな奴などつまみ出せばいいのだが、それが出来ないということは、結構お人好しなのかも知れない。
「で? これで全部なの?」
「あぁ、今日出るのはこれで終わりだ。あとは、雑用とか片づけがあるから逃げるなよ」
「うーん。どうしよっかなぁ」
きょろきょろと辺りを見回しながら、またため息が出るような言葉を言う。のん気な新入りは、並べられている商品を品定めするように、1つ1つ見て回っていた。それは、何かを探しているようにも見える。
一通り見終わったようだが、まだきょろきょろと部屋を見回すと一瞬顔が明るくなり、部屋の隅に集められている商品を見つけた。
「ねぇ、これは出さないの?」
「あぁ、それはいらねぇもんだ。売れやしねぇよガラクタだ」
欲しかったら持っていって良いと言われた新人は、迷うことなくそれに手を伸ばした。
「じゃぁ、これ貰っていい?」
「勝手に持ってけ。でも、その前にちゃんと働けよ」
「解ってるって」
今までとは違った返事に一瞬驚いたが、すぐ満足げに2、3度頷いた。
「ガラクタねぇ。そんなの聞いたら怒るだろうなぁ。でも、それもおもしろいかも…… 」
新人は、手に持ったガラクタを見つめると口元を緩めた。
「あぁ、そうだ新人。お前、名前聞いてなかったな」
「そうだっけ?」
「名前は?」
「オレは、カプリスってゆーんだよ」
「そうか、じゃ、しっかり働けよカプリス」
「ハイハイ」
「こんなもんか。というか、なんでこんな格好…… 」
店のマスターと話を合わせてしまった為、早く準備をしてこいと更衣室に案内されたアヴェルス。更衣室といっても、綺麗なものではなく、使われてないただの空き部屋だった。地下に位置するこの部屋には、窓などもなく。すこし湿った空気が漂っていて少々気分が悪い。
なぜ着替えるのか、それとなく聞いてみると、どうやら今夜の競売の司会が急遽変更になり、アヴェルスは、その彼になってしまったのだ。黒いスーツに身を包んだアヴェルスは、今更嘘だとは言えず着慣れないスーツの堅苦しさに首元や肩をしきりに気にする。すると、店の方でテーブルが倒れたような大きな音が聞こえた。
「なんだ!?」
一体何が起こったのかと、急いで店へ向かう。もしかしたら、カプリスが来たのかもしれない。とでも思ったのか、アヴェルスは勢いよく店へ繋がる扉を開いた。すると、1人の若い男が、店にいたガラの悪い客に袋だたきにされていた。
「あの、一体何が?」
アヴェルスは、マスターの側に寄ると、おそるおそる尋ねた。
「フンッ、バカな奴だぜ。お前の偽物だ」
「…… 偽者、あぁ、そう」
アヴェルスは、困った奴ですね。などと言いながらも引きつった笑いをして、頭をかいた。
本当は、彼が本人なのだが、もうすでにアヴェルスが本人だと思っているマスターにとって、そいつは偽物でしかない。競売の商品目当てで、進入しようとする奴は少なくともいるようで、かなり痛めつけられている。
「ゴメン…… 」
「あ? 何か言ったか?」
「いえ、なにも」
「おっと、こうしちゃいられねぇ。もうそろそろ時間だ。会場の方へ向かった方がいい」
ボコボコにされている彼を気にしながら、マスターに案内されて店の奥の通路を進んだ。
薄汚い通路を通り抜け、会場に足を踏み入れると先程と全く違った世界が広がる。
「うわっ、すごい」
「そうだろう? パラディーアンフェールと繋がってるからな」
「あのパラディーアンフェールと!? そりゃすごいはずだ」
マスターは、まるで自分の店のように自慢げにアヴェルスに話すと、大きく笑った。一方アヴェルスも、パラディーアンフェールという大きな会社が絡んでいる事と、こんな裏の顔もあった事に驚いているようだった。
「俺は、もうここまでだ。ほら、あそこにいるのがオーナーだから、奴に話を聞くといい」
「あっ、はい。ありがとうございます」
「じゃぁ、またな」
マスターは、そう言ってアヴェルスの肩を軽く叩くとまた、薄汚い通路へと戻っていった。
オーナーと教えられた人物に、もう一度目を向ける。恰幅が良い感じのいかにも社長風といったようなオヤジだ。何やら真剣に話をしているようだが、このまま何もせず突っ立っているのもおかしな事なので、アヴェルスは彼に向かって歩き出した。
「おっと、ゴメンよぉ」
「あっ、すみませ…… 何で居んだよ」
会場で荷物を運んでいた男どぶつかりそうになったアヴェルスは、とっさに謝ったが、その相手の顔を見て、うんざりといったような表情をした。そこには、自分を置いてさっさと逃げた相棒のカプリスが居たのだ。
「あっら〜 アヴェルス君!ステキな服着ちゃってどしたの?」
どうしたの。と言いつつも、ニヤニヤした顔でアヴェルスを見つめると、もう一度まじまじとスーツ姿のアヴェルスを見つめた。
「うーん、似合ってないね」
「うるせーよ…… って、そんな事よりどうやって入り込んだんだよ」
いくら大きな店が絡んでいるとはいえ、そう簡単にここまでたどり着けるはずがない。でも、こうやってこの場にいるということは、どうにかして入り込んだのだろう。
「どうやって。って、表のパラアンから入って、ちょーっと怪しそうな人に尋ねたら教えてくれたんだよ」
「尋ねたら? 脅したの間違いじゃないか?」
「尋ねたの」
語尾にハートマークが付きそうな感じでカプリスが話す。きっと、強くなったエレメンタルの力を使って尋ねたのだろう。彼の性格を考えると、これ以上聞いても教えてくれないと思われる。
「よくパラディーアンフェールと繋がってるって解ったな」
「うん、なんとなくそんな感じじゃん。あんなデカイ商売してる店と同じ建物に古くさいバーがあるなんてあり得ないし」
「というかさ、そう思ったなら、それ早く言えよ」
「あ、そうそう。こっち来てよ」
「俺の話は、やっぱり無視かよ…… 」
いつもの事ながら、淡々と自分の事を進めるカプリスにうんざりしながらも、彼の後に素直に着いていくアヴェルス。オーナーの横を通り過ぎ、商品が並ぶ部屋へと入ると思わず声を漏らす。
「すごいなぁ」
「あぁ、うん。それよりこっちこっち」
アヴェルスの感動など、関係ないようで奥へと手招きするカプリス。これから始まる競売の商品を1つ1つ確認するように見ながら歩く。ここにある商品達は、一体どれほどの値がつけられるのだろうか。想像も出来ない程の値段になるものもあるだろう。
「あっ!シルフのデファンドル!!」
頑丈そうなガラスケースに入れられたデファンドルを見つけると、アヴェルスはケースにべったりと張り付いた。一瞬どうすればいいか考えた後、力ずくで開けようとしてみたり、叩いてみたりしたが、びくともしない。
「ちょっと、アヴェルスこっちだってば」
「あぁ? 今、それどころじゃねぇよ」
カプリスが奥で呼ぶが、デファンドルをどうにかして取り戻したいアヴェルス。そんな彼の様子に肩をすくめると、剣を手に持ちアヴェルスの所へと戻った。
「ほら、これ」
「あ?」
少しイライラしながらカプリスの方を見ると、その手にはアヴェルスの剣があった。目を少し大きくして、口元がほころぶ。
「俺のっ!!」
デファンドルに夢中だったアヴェルスだが、自分の大切な剣を見るとカプリスからそれを奪い取った。
「感謝してよね。それ、処分されるところだったんだから」
「処分!? 何でだよ!」
「ガラクタだから、いらないって言ってたよ。だから、オレが拾ってやったんだ」
ニコニコとするカプリスと、ガラクタと言われ不機嫌なアヴェルス。
手に持った剣を握りしめ、引きつりながら笑うと、デファンドルが入ったケースを見つめる。
「ガラクタかどうか、試してやろうじゃないか」
「アヴェルス?」
ゆっくりと鞘から剣を抜き取り、円を描くように1度回す。そして、腰を少し落としケースに刃を向け、一気にそれを振り下ろした。
すっぱりときれいにとはいかないが、ヒビを周りながらケースを分断させた。
「おぉ〜」
「まっ、こんなもんだな」
刃の状態を少々気にしながらも鞘に収めると、ケースに入っていたデファンドルを手に取る。すると、初めて手に取ったときと同じように、シルフの力を持つ者への道しるべである光がスッと方向を示した。しかし、何か引っかかるものがあるようで、アヴェルスは首をかしげた。
「…… なんか忘れてる気がしないか?」
「何を?」
ぶらぶらと揺れるペンダントを見つめながら、その何かを思い出そうとする。
「俺の剣と、シルフのデファンドル…… 」
「何かあったっけ?」
2人して首をかしげる。手に持ったものになにか違和感があるのだ。
「ペンダントは対だった」
アヴェルスは、思い出したように顔を上げると、「そうそう」と頷きながらカプリスの肩を叩いた。
「そういえば2つだったよな。シルフの意志を継ぐ者と補佐する者。さすがカプリス」
「オレ何も言ってないよ。言ったのは、後ろにいるオッサン」
「え?」
カプリスがそう言って指をさしたのは、アヴェルスの後ろだった。ゆっくり振り返ると、そこには、先程オーナーと教えられた男が立っていた。その胸元には、もう1つのデファンドルがある。
「シルフの意志を継ぐ者…… か。その素晴らしい話を聞かせてくれないかねぇ?」
足を踏み出すたびに聞こえる靴音が、辺りに響きわたった。
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