Scratch Noise 「碧玉 3」
言い表しようのない表情をしながら森の中を歩くアヴェルス。それはきっと、剣や風のデファンドルを盗まれたという事だけではなく、単純な罠に引っかかった自分に対してのものなのかもしれない。そんな彼とは対照的なカプリスは、のんびりと後ろについて歩いていた。
「そんなにカッカしてても、しょーがないんじゃない?ゆっくり行こうよ」
「ゆっくりしてるうちに、どうにかなったらどうするんだよ」
「どうにかって?どんな奴らに取られたかも解らないのに?」
気が立っている人間を余計にイライラっせる言葉を向けると案の定それを聞いてアヴェルスの足が止まり、ぐるりと180度方向を変えカプリスに歩み寄った。
「だから、それを調べるために早く街に戻るんだろ!」
風圧があるような言葉を受けて、カプリスは渋い顔をし耳を押さえた。
「…… そんなに怒鳴んなくてもいいじゃん」
言葉に対する返事はなく、アヴェルスはまた街の方向へ向き直ると、何やらブツブツ言いながら歩き出した。
一体誰が何のために彼等を騙したのだろうか。ただの盗みならば、あそこまでの偽装をする必要はない。警官のふりをしてでも手に入れたかったものは、やはりあのペンダントだろう。風のデファンドルやシルフの事を知っている者がいるとは思えないが、いないとも言い切れない。世界を支える四大精霊の1つシルフの研究などを行っている者は五万といる。アヴェルスたちを含む関心のない者は、全く知らないが、その道では有名なものなのかもしれない。それともシルフとは、全く関係なく。本当にスウトニール大陸の秘宝と酷似している為に、盗まれたのだろうか。しかしどちらにしても、短時間であれだけの事が出来る集団というは、そうそうないだろう。それを調べれば、おのずと何か見えてくるはずだ。
1時間ほどして、2人は先程までいた街に戻ってきた。自分達の状況とは関係なく、活気の良い声やら、笑い声などが聞こえる。
「歩きながら考えてみたけど、アンパレルの腕輪にしても、あの護送の馬車にしても、一般人には絶対手に出来ないもんだろ?」
歩いている最中に少しは落ち着いたのか、言葉に先程までの刺々しさはなくアヴェルスは、いつもと変わらない口調で話した。しかし、カプリスはその言葉を聞き、少し眉間に皺を寄せた。
「当たり前じゃん。誰でも持ってたら、ヤバイでしょ」
「だったら、裏というか。そういったヤバイ奴等が犯人ってことだ」
「…… 今更何言ってんの?」
そんな当たり前のこと言わないでよ。とでも言いそうなカプリスは、肩をすくめ小馬鹿にしたようにアヴェルスを見つめた。
「なんだよそのむかつく顔。お前がまた「なんで?」とか言うと思って解りやすく説明しただけだろ」
「あっそ。でも、オレそんなに馬鹿じゃないよ」
そっぽを向いて、頬をふくらませる17才の男。先程怒鳴られたのが機嫌が悪い理由だろうが、なんとも気持ちが悪い。そんな彼に対しての対処方法は、アヴェルスが一番よく解っているらしくため息を1つつき、何もなかったように話し始めた。どうらやら、対処法は、そのまま放っておくのが一番いいらしい。
「…… んじゃぁ、夜開きそうな店の下調べでもするか」
裏の事情については、夜の店。という典型的な考えのアヴェルス。きっと間違ってはいないのだろうけど、そんな簡単に見つかるのだろうか。1人で歩き出したアヴェルスと足を踏み出せないカプリス。怒った態度をしたせいで、素直についていくのを戸惑っているようだ。
「おい、行くぞ」
少し離れてアヴェルスがそう言うと、少し嫌そうな顔をしながらも歩き出した。
あれから数時間経ち、街は暗闇に覆われた。ぽつぽつと灯る火を頼りに、昼間何となく調べた店の前へと辿り着く。他の飲み屋とは違って、薄暗い中の様子にカプリスはため息をつく。
「何度見ても、いかにもって店だよねぇ。絶対厳ついマッチョがマスターって感じ」
「そんな、いかにもな店じゃねぇだろ。きっと普通だって」
昼間の些細なケンカなどなかったように、怪しそうな店という題で会話が弾み、中の様子について笑いながら話す。
「で、そのマスターが用心棒みたいな奴なんだよ、きっと」
「犬みたいにつまみ出される?」
「そうそう」
ケラケラ笑いながら店の扉を開けると、どんよりとした空気が流れる雰囲気に2人は固まった。客はまばらにいるものの、皆どこかの組織に入っているような、ガラの悪い連中ばかりだ。楽しく笑っていた声が乾いた笑いに変わり、アヴェルスは開いた扉をそっと閉めると、くるりと振り返った。
「ヤバイだろ!?この店」
「…… そ、そーだけど。このヤバさは、きっとビンゴだよ」
いくらシルフのデファンドルとアヴェルスの剣を取り返すと言っても、所詮は17才の若い2人だ。そこそこの腕はあるものの、怖いものは怖いらしい。この先遊び半分では済まないと直感的に思う2人だったが、そこから逃げられる事が出来ない状況に陥ってしまう。
「いらっしゃい」
「えっ…… 」
アヴェルスは、声を聞き振り返ると、低い声と共に開かれた扉の向こうには、カプリスの予想通り身長が2メートル近くあるマッチョなマスターが立っていた。
「いや、俺達はその…… なっ、なぁ?」
何を否定するのか解らないまま、ブンブンと手と顔を横に振りながら後ろにいるカプリスに助けを求めるアヴェルス。
「ってぇ、いねぇ!!」
振り向いた先にいるはずのカプリスが、忽然と姿を消していた。1人ツッコミのように大声を上げる。
「…… くそっ、やられた」
普通なら、自分1人を見捨てて逃げた仲間に怒りを覚えるのだが、彼の性格をよく知っているからこそ、この行動に妙に納得し悔しがるアヴェルス。今までもこういう事が何度もあり、いつもとばっちりを食うのはアヴェルスであった。逃げ足が速いというか、要領がいいというか、勘がいいというか…… 食えない奴なのだ。
「お客さん1人ですね。どうぞ中へ」
「あー、ちょっと、待ってください。お客って訳じゃぁ」
どうにかして逃げようと考えるが、マスターにぐいぐい引っ張られ、店へと入れられカウンターへと無理矢理座らされた。今から何をされるのかと、引きつりながら周囲を気にするアヴェルス。剣があれば、なんとか対処が出来そうだが、その剣も今は腰にない。ふと自分の拳を見つめて、苦笑いをする。
「殴り合いは、絶対負ける…… 」
このマスターだと殴り合いで勝てるわけがない。相手の攻撃を避けることは出来るだろうが、アヴェルスの倍はある腕の持ち主に殴られれば一発でKO間違いなしだろう。
カウンターマスターが戻ると、不敵な笑みを浮かべながらアヴェルスの顔を寄せた。
「よく来たな…… 待ってたぜ」
「…… はい?」
それは、いらっしゃいませ。という意味ではないという事は解る。その内容は解らないが、うまくすればデファンドルと剣の情報が入るかもしれないと思ったアヴェルスは、なんとなく返事を返した。
「えーっと。お待たせしてすみません」
「いや、いいんだ。まだアレには時間がある」
「アレ…… ですね。あとどれぐらい?」
「そうだなぁ。2時間ぐらいじゃねぇか?今日は、金持ちとかも多く集まるらしいからな」
何かを待っていた。そして、今から始まり、金持ちが多い。アヴェルスのは、難しい顔を見せないように、考えながら話を進めた。なんとなく予想がつくアレについて、もうすこし探りを入れようと遠回しに聞いてみる。
「そうですか。そういえば、スウトニール大陸の秘宝が盗まれたっていう話聞きました?」
「あぁ、あれな。まったく、派手なことになってるよな。でも、今日出るって話だぜ」
秘宝の話は、彼の予想が外れていても何気なく流せる話題。しかし、マスターから出てしまった決定的な言葉で全てを悟ったアヴェルスは、口元を緩ませた。
「…… そうですか。楽しみですね」
「そうだな。どれだけ上がるか楽しみだ」
「きっと、すごく上がりますよ。…… 今夜の競売」
「あぁ」
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