Scratch Noise 「碧玉 2」
「スウトニール大陸の秘宝!? 何かの間違いじゃないか?それは、知り合いから一時的に預かったものだ」
シルフのことを口すると、何かと怪しまれると思ったアヴェルスは、言葉を濁しながら答えた。しかし、その凛とした瞳は、ジッと警官を見つめたままだ。目を逸らしては、怪しまれると思ったのだろう。
「預かったものだと?誰からだ」
しかし、そんな態度に怯むような警官ではない。しかし、ここで言葉を詰まらせることなく、どうにかして納得させるようにしなければならない。アヴェルスは、真っ直ぐな瞳のままで、話を進めた。
「俺は、この大陸の出身じゃないから、その秘宝がどんなものか知らない。でも、秘宝ってのは、やっぱり1つしかないものじゃないのか?ここには2つのペンダントがある。ってことは、どっちが本物?」
預かったひし形のペンダントは2つ。きっと、遺志を継ぐものと補佐するものが、それぞれ持つのだろう。アヴェルスは、今警官が手にしているものと、テーブルに置かれたもう1つのデファンドルを手に取り、それを突き出した。すると、その勢いに負けたのか、警官は、一歩後ろに下がると表情をゆがめた。
「どっちが…… そっ、そんな事は、後から調べればいいことだ!」
焦りながら言うその言葉は、とても心に乱れがるようだ。それを感じたアヴェルスは、一歩前に進んだ。
「誰からの通報か知らないが、俺達をハメようとしてるなら、まだ近くにいるはずだと思うけどな」
アヴェルスは、鼻で笑い余裕な表情をする。
「いいねぇ〜 アヴェルス!もっと言っちゃって〜」
「ウルサイッ!そいつを黙らせておけっ」
警官は、横から野次を飛ばすカプリスをきつく睨むと、すぐにカプリスの側に居た警官が、上から押さえつけた。
「とにかく、話は警察署で聞く。取り押さえろ」
男の一声で、両脇を掴まれたアヴェルスは、不服ながらも抵抗せずに捕まった。ここで、抵抗しても、どうにもならない事が解っているのだろう。一方、もうすでに拘束されているカプリスも、無理やり立たされると舌打ちをしながら立ち上がった。
「連れて行け」
警官の言葉とともに歩かされる二人。カプリスは、思い切り不服そうな表情をしながら、横の警官を見つめた。
「何なんだよ…… あー、最悪。アンパレルのせいで気分も最悪」
「ぶ、ブツブツ言ってないで、歩け」
カプリスは彼を睨むと、グイッと顔を近づけた。
「気分悪いんだよ。吐きそうなんだよ。その時はお前にかけてやるからな」
「うっ…… 」
想像はしなくないが、今までの行動からして、きっとこの男なら遣りかねないと思った警官は、露骨に嫌な顔をした。
容疑者として捕らえられた二人は、そのまま護送用の鉄製馬車に乗せられ、スウトニール大陸の中心地ブリーズへ向かうことになった。馬車に押し込められた二人だったが、馬車が動き出すとアヴェルスが不思議そうな顔をする。
「…… なんか引っかかる事があるんだよなぁ」
「何?」
揺れる馬車の中で、口元を手で押さえて考え込んだ。そんなアヴェルスとは対象的に、両手を拘束されているカプリスは、何てことない表情でゆったりと腰をかけていた。
考え込んでいたアヴェルスだが、なにかを思ったようで、きょろきょろと馬車の中を見回した。
「そういえば、俺ら二人だけ乗せて、監視のやつとかはいないのか?」
「あぁ、いなくていいんだよ。これは、特注のの馬車だからね」
「特注?」
「アンパレルの腕輪とか、そいう類の力を抑える鉱物が入ってるんだよ。鉄の中に」
「へぇー。なんかいろんなもんがあるんだな。でもさ、ホント人が知らなくていい事をよく知ってるよな、お前」
アヴェルスの言葉に、カプリスはにっこりと笑った。先程も話があったように、カプリスは自分の興味がないことについては、本当に何も知らず、興味がある物については、えらく熱心になる。その基準がいまいち解らないが、きっと頭は良いのだろう。だが、それを表に出さないことが多いので、よく解らない奴と言われることが多いのだろう。
「で、この馬車については、それで納得出来るけど、やっぱりなんか引っかかるんだよな…… 」
腑に落ちない表情のアヴェルスは、また腕組みをし深く考え込んだ。どうしてこんな事になったのかを一から戻って考えてみる。スウトニール大陸の秘宝が盗まれた。そして、それと似ているシルフのデファンドルを、自分たちが持っていたのに気づいた人物が勘違いして通報。
「通報…… ?」
「ん?」
「おい、シルフの神殿から出てきてから何時間経ってる?」
「そうだねぇ〜、約2時間ぐらい?」
「だよな…… 」
アヴェルスは、勢いよく立ち上がると馬車の後ろへ移動すると、その扉を思い切り蹴った。しかし、びくともしない扉を蹴った足に残ったのは、ジンジンと痛い感触。アヴェルスは、痛さを堪えながらその場にうずくまった。
「くぅぅ…… 」
「ちょっと、ちょっとアヴェルス君!?そんな事したら罪重くなっちゃうよ」
「…… 罪も何も、こいつら絶対警官じゃねぇよ!」
声を荒げて地団駄を踏む、焦った口調のカプリスだが態度は先程と変わらない。
「なんで警官じゃないって解るの?」
「考えてみろよ。何かおかしいと思ってたんだ。いくら通報があったとしても、あんな人数の警官がすぐ来れるか?」
「来たじゃん」
二人の間に妙な間が出来るが、ここでカプリスの流れに捕まってはいけない。警官が来たのは事実だが、それが間違いなのだ。
「あー、もう!そうじゃなくてな。俺達が、ブリーズに向かうって事は、警官はそこの所属。大陸の秘宝なら重罪で、本署が動くに決まってるから、ブリーズからこの町に来たんだろうけど、ここからブリーズまで2,3時間はかからないか?」
「あー、そういえばブリーズって遠いよねぇ。って事は…… 騙された?でも何の為に?」
「知るかよっ!とにかくこの馬車がどこに行くかが問題なんだよ。もしかして、もうすでに無人で谷底へ…… なーんてないよな」
乾いた笑いをするアヴェルスの言葉と共に、大きく揺れた馬車。2人は、バランスを崩し、馬車の床へと叩きつけられた。そして、次の瞬間ふわりと浮く感触がし、一気に下へと落ちていった。
「アヴェルス正解だよ〜。すごいねぇ」
「バーカ!そんなの正解でも嬉しくねぇよ!」
楽しそうなカプリスと、半泣き状態のアヴェルス。周りが見えない為に、落ちているという事が解るだけで、この下が水なのか地面なのかすらわからない。
とにかく、まずこの馬車から抜け出さなくてはならない。しかし、もし抜け出せれたとしても、助かる可能性は少ないだろうが…… 。
「くそっ!なんとかならないの―― お前、早く言えよ」
どうしようもないと諦めかけていたアヴェルスだったが、ふとカプリスが視界に入ると、頭を抱えてため息をついた。いつの間にか、アンパレルの腕輪を取り外しいた彼は、凝った手首をほぐすようにぐるぐると回していたのだった。手が自由になれば、エレメンタルの力が使える。しかし、この馬車自体も、エレメンタルを吸収する力があるので、うまく使えるかどうかが問題だろう。
「出来るか?」
「もちろん。シルフに会ってから、エレメンタルを強く感じるんだ。イケるよ」
カプリスは、余裕に満ちた表情をすると、一瞬ニヤリと冷たく笑った。いつもの表情とは違うそれを見ると、アヴェルスは何故か背中に寒気がした。
気を集中させるために、静かに目を閉じ、大きく息を吸い込むと両手を高く上げた。人間には解らないエレメンタルの力だが、なにか空気の渦のようなものが、カプリスに集まっているようだった。アヴェルスは、今まで見たことのない大きな力に息を呑んだ。そして、カプリスが目を開き、両手を切るように降ろすと、一瞬にして強し日差しが2人を照らした。馬車が、まるで紙でも切るようにバラバラと崩れ、その光景に言葉を発する事がアヴェルスには出来なかった。
「ラッキー。川だよ」
下に広がった景色を見てカプリスは笑うと、ふわっと手を上げた。すると、川の水が重力に逆らい上へ上がると、二人を包むように受け止めると、切り刻まれた馬車が川へ大きな音を立てながら、落ちていった。
「…… こんな事も出来るのか」
アヴェルスは、自分を受け止めた水にそっと手を触れると、それは弾力あるひんやりとしたものだった。手などが濡れるという事もない不思議な感触に、ただ驚くことしかできない。
「初めてだよ。なんとなく出来るかなって思ったんだ。やっぱりすごいね、精霊の力…… 」
使った本人も、今更になって少し驚いたのか、カプリスはアヴェルスを見つめると吹き出すように笑った。そして、ゆっくりと町側の崖へ戻ると、それはすぐに元の液体へと形を変え地面を濡らした。
「さて…… これからどうするの?」
「どうするって。このままだとマズイだろ。でも、何の手がかりもないしなぁ」
遠くに見える町を眺めながら、途方に暮れるアヴェルス。ただの盗みなのか、シルフのデファンドルと知ってての盗みなのかはよく解らないが、とにかく盗まれたものを取り返さなければならない。きっと、シルフの存在ですら信じられていない世の中なので、ただの盗みの線が強いだろう。
どうしようと考えてはいるものの、あまり真剣さを感じない。が、アヴェルスは急に顔色を変えると声を張り上げた。
「そういえば俺の剣もないっ!」
「あぁ、そうだね。一緒に没収されたもんね」
「くっそぉ、絶対見つけだして、ボコボコにしてやる」
「えー、デファンドルよりそっちなの?」
「当たり前だっ!」
「ふぅ〜ん」
剣がいつもある腰元を押さえて、思い切り怒りを表すアヴェルス。カプリスの言葉通り、デファンドルよりも自分の剣が一番のようだ。手がかりなしの物探しは、困難を極めるが、そうは言ってられない。スタートから大きくつまづく2人。前途多難である。
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