Scratch Noise 「碧玉1」




「しかしさー。ホント不思議だよねぇ〜コレ。なんだっけ?デ〜なんとか」

 シルフの神殿から町に戻った2人は、宿屋の一室に居た。カプリスは、シルフから預かったペンダントを持ち上げ楽しそうに笑うと、その状況を見たアヴェルスが少し険しい表情をする。

「デファンドルだろ。壊すなよ、シルフの化身と使者を探すために必要なんだからな」
「解ってるよ」

 自分でも解っている事を言われたせいで、少し気分が悪くなったのか、カプリスは口を尖らせシルフのデファンドルを静かにテーブルの上に置いた。
 シルフから預かったペンダントは、デファンドルと言われるもので、四大精霊がそれぞれ所有している守り石がはめ込まれたアクセサリーだ。精霊の力が込められた石であるそれは、その精霊の手から離れれば化身と使者を求める力があるらしく、石からは薄い光が2つ真っ直ぐと伸びている。シルフの話では、この緑の光と白い光の先に求める人物がいるということだった。

「この光ってさ、緑色が化身で、白が使者だよね?」
「あぁ、確かそう言ってたよな。同じ方向に伸びてるって事は、この2人案外近くに居るのかもな」
「それは、解んないんじゃない?同じ方向でも、1人がめちゃくちゃ離れた場所かもしれないじゃん」
「そうか、そうだよなぁ。まぁ、同じ方角だから少しは楽だな」

 真逆じゃなくてよかったと言うアヴェルスの言葉に返す返事もなく、カプリスはもう一度デファンドルを見つめた。次第に眉間に皺を寄せ始める姿に、アヴェルスは声を掛ける。

「……ど、どうした?」
「うーん。ちょっと疑問。この光ってさ、今はあっちむいてるけど、もしこの光が差す人物が俺達の居る場所から世界の半分。ちょうど真裏だったら、どうなるのかなーって思って」
「は?」
「光は両方向に射すと思う?それとも地面かな?」
「…… 変な疑問持つなよ」
「だって気になるじゃん」
「ならねーよ」

 いつも変なところに疑問を抱く相棒に、今日もまたため息をつくと、ちょうどドリップしていたコーヒーが出来上がった。良い香りが立ち込めるそれを、カップに移しカプリスの目の前へ差し出すと、アヴェルスも椅子に腰をかけた。

「で、問題はこれからどうするかだ」
「何で?この光を辿っていけばいいでしょ?簡単じゃん」

 簡単という言葉を聞いて露骨に嫌な顔をするアヴェルス。その表情の意味が解らずカプリスもまた、似たような表情をする。

「なんでそんな顔するんだよ。そーゆー事じゃないの?」
「あのなぁ、そんな簡単な訳ないだろ。相手は止まってる置物じゃないし、これはシルフのデファンドルだから、他の精霊のデファンドルも必要になる」
「はぁ……」

 ズズズと音を立てながら、据わった目でコーヒーを口に運ぶカプリス。

「…… お前聞く気ないだろ」

 きっと話が長くなる事が嫌なのだろう。と悟ったアヴェルスは、思ったままに口にする。しかし、そんな彼を気にしていると、話が進まない事が解っているようで、そのまま言葉を続けた。

「今居るのが、サントルの神殿があるアーム大陸からみて南のスウトニール大陸。緑の光が伸び出るのは方角は、北だから、アーム大陸で間違いないな。で、もう1個が、北東だからフォール大陸か。しかも、その方向には、きっとサラマンダーの神殿があるはず」
「全然意味がわかんないんだけど…… 」
「なんでだよ。世界地図ぐらい解るだろ」
「解んないもん、見せてよ」
地図を見る

 旅をしている癖に世界地図が解らないという状況に、今日何度目かのため息をつくと、何か適当な紙がないかアヴェルスは辺りを見回した。かれこれ1年は旅をしているのに、初めて知った事実に、少し悲しくなりながらアヴェルスはペンを動かす。

「こんな感じだな」
「下手な地図だな」

 カプリスの言葉に一瞬固まるアヴェルスだったが、さほど気に留めていない風に話を進める。しかし、その顔は引きつっていた。

「…… と、とにかくだ。シルフの2人がサラマンダーの神殿近くというのは確実だから、2人に近づきつつ、神殿に行くのがいいんじゃないか」
「でもさぁ、サラマンダーの神殿に行って、デ〜?なんとか貰うじゃない?」
「デファンドル」
「うん。それ貰って、リシエス大陸の方指してたらどうすんの?面倒じゃん。それだったら、先にウンディーネの神殿を探した方がよくない?」
「いや、それはどっちに行っても同じだろ」
「…… あー、そうか」
「どうせ、全部の神殿に行くんだ。早く仲間を見つけた方が何かと楽だろ、たぶん」

 どちらへ向かっても、デファンドルが射す光の方向が解らない今同じ事だ。それならば、仲間を増やしながらの方が効率が良い。いざという時に、分かれて行動する事も出来る。

「しかしまぁ、どの大陸に行くとしても、まずアーム大陸へ渡らないとな」
「あそこは、世界の中心だからね。大きな大陸へは、橋が架けられてるし、船もいっぱい出てるしね」
「世界地図知らないくせに、そういう事は知ってるのが不思議だよなぁ」
「え〜?常識でしょ、そんなの」

 頬杖を付き少し上目遣いでアヴェルスを見るカプリスは、口を緩ませるとすこし笑った。

「お前、世界地図知らないなんて嘘だろ。わざと言いやがって」
「そんな事ないよ。知らないねー」

 知っている事のにわざと知らないふりをする事は、カプリスによくあることだった。だが、なぜそういう事をするのか、その真意については長い付き合いのアヴェルスでさえ、未だに解らない。ただ、対処法としては放っておくのが一番らしい。

「ったく。本当、解んねぇ奴だな、お前」
「解ってよ」

 ニコニコと笑いながらそういうカプリスだったが、何やら窓の外から聞こえる声に気を取られたのか、席を立って窓際へ移ると外を眺めた。
 宿屋の2階から下を見下ろすと、10人ほどの警官たちが、この宿へ入り込む所だった。

「アヴェルス。なんかあったのかな?この宿」
「何が」

 カプリスの言葉を、軽く無視しながら自分の書いた世界地図を見つめ、なにやら考え込むアヴェルス。

「なんか大勢入ってきたけど」
「大勢?団体客なんじゃねぇの」
「あれは、客じゃないでしょ」

 何が大勢入ったのか、その言葉を伝えない限りきっとアヴェルスには届かないだろう。気に留める事無く、地図を見ながらコーヒーを口に運ぶアヴェルスだったが、突然の来訪者達に持っていたカップを手から放すと、腰にある剣に手をかけながら振り向いた。
 ドアが激しく音を立てて開き、カップが割れる音と共に、目に入ったのは銃を構えた警官たちだった。

「何なんだ」
「団体客なんでしょ?」
「そんな訳ないだろっ!!」

 いきなり訳の判らない状況に、声を荒げるアヴェルス。しかし、銃を構えた警官たちも、素早く彼等を捉えようと行動する。

「動くなよ。抵抗するようなら、命はないと思え」

 いくつもの銃口が自分を狙って居る状況で動けるわけもなく、アヴェルスは、指揮を取っているであろう警官を睨んだ。

「そっちの獣人も動くなよ。奴には、アンパレルの腕輪を」
「ア、アンパレル!?そ、そんなの使わなくてもエレメンタル使わないって!!」

 アンパレルの腕輪と聞いて、一瞬にして顔色が変わったカプリスは、目の前に迫り来る警官たちを避けようと一歩。また一歩を後ろに下がり壁際へと追い込まれる。

「それ、苦手なんだよ。気分が悪くなるんだ、ヤメロよ!!」

 カプリスの抵抗も虚しく、アンパレルの腕輪を両腕にはめられると力を失ったようにその場に膝を着いた。

「ウッ……」
「カプリス!!」

 アヴェルスは、倒れこんだカプリスに駆け寄ろうとするが、そうする事も出来ず警官たちに取り押さえられた。

「カプリスに何をしたっ」
「…… アンパレルの腕輪も知らないのか。まぁ、普通の人間が知るわけもないか」

 警官の言葉の意味が解らず、黙り込むアヴェルス。その姿を見て、警官はカプリスに近づきながら話を進めた。

「アンパレルの腕輪は、獣人専用の拘束具だ。エレメンタルの力を押さえ込む力がある」

 膝を付き、顔色の悪くなったカプリスを見てニヤリと笑うと、銀色の髪を掴み頭を上げさせた。

「腕輪の存在を知っている事は、獣人なら当たり前だ。しかし、それをはめた状況を知っているという事は、前にも一度何かしらの罪を犯したということだ。アンパレルの腕輪は、罪人以外に使う事は、許されていないからな」

 表情を強張らせ、カプリスを睨む。しかし、腕輪のせいで力が奪われているにも関わらず、カプリスは少し笑って見せた。

「何を笑っている…… このっ」
「カプリスッ!!」

 力づくで頭を床へ叩きつけると、掴んでいた銀髪を手から離した。

「何してくれてんだよ!一体何なんだ、お前等!!」
「何なんだ。だと?」
「その腕輪は、罪人にしか使えないんだろ!?なのに、何で使ってんだよ!」

 アヴェルスの言葉に一瞬空気が止まり、その直後、警官は声を出して笑った。そして、取り押さえられているアヴェルスの前を通り過ぎると、机の上に置かれているデファンドルをおもむろに手に取り、目の前へ差し出した。

「盗みは、罪人がすることじゃないのかな。これは、スウトニール大陸の秘宝。数日前に、盗まれたのだよ」

 秘宝といわれたペンダント型のデファンドルは、アヴェルスの目の前で、不思議な光を放ちながら、ユラユラと揺れていた。