Scratch Noise 「始まり3」
「なっ、なんだ!?」
辺り一帯をまばゆい光に包まれ、それに耐え切れなくなり手をかざし目を瞑った。しかしそれは一瞬の事、強い光はすぐに消えてなくなり、2人はゆっくりと目を開けた。
「―― これは」
2人は、自分の目に映るものに呆然としながら立ちすくむ。深い森の中に居たはずだったが、今目の前にあるものは森などではない。足元には板石が敷き詰められた道がまっすぐ続き、道の両端には石造が等間隔で並べられている。そしてその先には、神殿であろう建物がそびえ立っていた。
「ハハッ、ホントに来ちゃったよ。夢じゃないよね」
ウンディーネの使者の力が必要だと冗談半分で言っていたカプリスも、いざ実際にこの場に立ってみると、あまりにも現実から離れすぎていて、笑いながらも表情は固かった。それもそうだろう、一番彼自身が誰かの声が聞こえた自分の耳を疑っていたのだ。興味本位でアヴェルスにこの話題を話し、神殿を探してみたはいいが、こうも簡単に見つかるとは思ってもいなかった。そして神殿が、本当に四大精霊のシルフのものだったのなら、あの届いた声は本物であり、カプリスに告げられたウンディーネの事も本当なのだろう。
「しかし、あれだな。瞬間移動なんてエレメンタルの力を大量に使うものが、あんな物質でしかない石版1つで出来るなんて…… これが本当のシルフの力なのか」
「だよねぇ〜。そうだとしたら、すごい力だよ。おもしろい」
「じゃ、行くか。ウンディーネの使者の力が必要なんだろ?」
「アレは冗談。ま、冗談じゃなくなるかもしれないけどね」
先程あんな信じられない出来事が起こったというのに、もうそれに馴染んでいる2人。いつもの事だが、すぐにその状況に合わせて行動に移してしまう。自由気ままで、自分の好きな事や興味のあることなどには、とことんのめり込むカプリスと、冷静ではあるが、好奇心旺盛なアヴェルス。この神殿に興味が湧いた2人は、辿りついた時とは違い、何の迷いもない様子で足を進めた。
神殿の内部は、大理石のような石で造られたものだったが、冷たい感じではなく、どことなく暖かく感じられた。これも、もしかすると四大精霊の神殿という神聖な場所であるからこそなのかもしれない。誰の案内を受けるわけでもなく、自然と導かれるような不思議な感覚の中、2人の耳に聞こえるのはお互いの足音のみだった。
「アヴェルス…… 」
一切言葉を交わすことがなかった2人だが、ふとカプリスが立ち止まった。いつもとは違う声に、アヴェルスもどうしたのかと思い振り返る。
「どうした、カプリス?」
「強い」
振り返ったアヴェルスは、その様子を見て驚いた。他人に本当の姿を見せないように、いつも1枚仮面をつけているような表情のカプリスが、何かに怯えているように見えたのだ。少し息を荒くしながら、震える自分の手のひらを見つめ、それを止めようと強く拳を握るカプリスの姿に、アヴェルスも心配そうに声をかけた。
「おい、大丈夫か?」
「…… すごいエレメンタル量。大丈夫、ちょっとビックリしただけだよ」
「じゃぁ、本当にシルフが」
「この奥だよ、たぶん」
真剣な表情のカプリスが指差した先は、装飾が施されている大きな扉だった。見た目でも解る今までとは違った扉の前に立つと、アヴェルスは一呼吸おいた。
「開けるぞ」
「いつでもどうぞ」
重い扉を開き目の前に広がったのは、神殿に相応しい大きな広間。きらびやかな空間ではなく、静かで重い空気を感じる。広間の一番奥には、祭壇のようなものがあり、その中心には緑色に輝く球体が浮かんでいた。神聖な空気というのを実際に感じだ事はないのだが、圧迫感を感じその場に立ち尽くした。
「ちょっと!!遅いじゃない!!」
「うわっ!!」
静かな空間で、いきなり場違いな声をかけられ自然と驚くアヴェルス。声の主を探そうとする必要もなく、それは目の前にプカプカと浮かんでいた。いや、正しくは飛んでいた。
「な、何だこいつ」
「何だとは失礼じゃない!来るの遅すぎっ」
アヴェルスは、目の前にいる羽根のついた小さな女の子に唖然とする。しかし、そんなアヴェルスのことなどお構いなしに、彼女は頬を膨らませ怒った。
「うわぁ、獣人の鳥系でもこんな小さいの見たことないよ」
カプリスは、自分もその不思議なものを見ようとアヴェルスを押しのけて、飛んでいる彼女に手を伸ばしたが、ふわりと高く飛び上がり上から見下ろされる。
「触らないでよっ!わたし怒ってるんだから!遅いじゃないウンディーネの使者」
「は?ウンディーネ…… ってことは」
「このちっちゃいのが、シルフか」
「そうよ。四大精霊のシルフよ。ってか、ちっちゃいって言うなっ」
やっと自分の正体に気がついた2人に、シルフは、自慢げに腰に手を当て鼻先で笑った。
「つーかさ、もっとすごいのかと思ってた」
「カプリスもそう思うか?俺もそう思ってたんだよ。なんというか、もっと大きくてさ」
「そうそう!ワハハ!とかいう笑い声でさ」
「どっかの魔法のランプみたいに?」
「あ〜 それそれ!」
四大精霊という、この世界のエレメンタルを統べるものが目の前にいるというのに、そっちのけで自分達の会話を進める様子に、シルフも愕然をした。彼女自身も、もっと感動やら驚きの態度を期待していたのであろう。
「なんなのよ!もっと驚いてくれてもいいじゃない!」
「………… わー、すごい」
「………… びっくりしたなー」
シンと静まった後の感情のこもってない台詞。シルフは深くため息をつき、もういいと一言言った。
「とにかく、遅かったのは許してあげる。こうやってサラマンダーの化身である人間を連れてきてくれたんだから」
「はい?」
「今なんて?」
さらりと流された言葉だったが、アヴェルス達にとっては、初めて聞くことで動揺しながら聞き返した。
「だから、許してあげるってば」
「いや、その後」
「後?サラマンダーの化身ってとこ?」
「誰が?」
「あなたが」
何を今更言っているのかという表情で、アヴェルスを指差すシルフとは逆に、何を言っているのか理解できていないアヴェルス。
「ちょっと待て。何かの間違いじゃないのか?俺はこいつについてきただけで」
「間違いなんかじゃないわよ。あなたからは、サラマンダーの気を感じる。それに、この神殿に入れるのは、精霊の使者と化身のみ。それが証拠よ」
真剣な表情でアヴェルスに話すその姿は、まさに四大精霊なのだと感じさせられる雰囲気を放っていた。言い返すことの出来ないアヴェルスの肩にカプリスが手を乗せる。
「仲間だねぇ」
「簡単に言うなよ。だいだい、神話的な話でしか聞いた事ない四大精霊が実際に居たって事ですら驚くことなのに、使者や化身がいるという事がどういう事か解ってるのかよ」
「どういうことよ?」
「その存在があるのは、いいとして、それがこうして精霊に呼び出されたって事は…… 何かあるって事だろ」
カプリスに向けていた視線を、シルフへゆっくり戻すと、彼女は悲しそうな表情を浮かべた。
「そう。わたしがウンディーネの使者に呼びかけたのは理由があるから、何もなければここへは、呼ばないわ」
「でも、オレはウンディーネの使者でしょ?キミはシルフなんだからシルフの使者ってのを呼べばよかったんじゃない?いるんでしょ?」
「もちろん居るわ…… でも、もうそんなに言葉を飛ばせないの。ウンディーネの使者。あなた、フェールの力を感じるでしょ?強く感じる?弱くなったと思わない?」
「フェール?」
「あなた達がエレメンタルって呼んでるものよ。わたし達を自らの力を放ったものをフェールと呼んでるの。で、どう思う?」
「エレメンタルの力ねぇ。弱くなったとは、そんなに考えた事はないけど」
「そう、まだ感じないのね。でも、フェールは、確実に弱くなっている。だから、それぞれの使者と化身の祈りが必要なの。フェールを元に戻さないといけない」
「このままでも、やっていけないのか?エレメンタルの力なんて、獣人の魔法に使うだけだろ。最近では、その特殊な力を使って犯罪なんかもたくさん起こってるし、その力のせいで、獣人たちが迫害を受ける事もある。ない方がいいんじゃないか」
「フェールは、魔法だけのものじゃないわ」
シルフの言葉に、アヴェルスとカプリスは顔を見合わせる。それもそうだ、エレメンタルの力とは、体内で気を集める事でその力を外に放出できるというもの。獣人という種族にのみその力が使え、他に利用する事は出来なかった。もしも、科学が発達し、その力を自由に操る事ができるなら、いろんなものに活用ができるだろう。実際に研究も進められているみたいだが、その成果はまだ一度も聴いたことがない。
「フェールは、目に見えないもの。その力を集めて、一部の種族がそれを物質化できるの。でも、フェールはこの世界のすべてを守っているのよ。それが崩れれば、何もなくなってしまう」
「自然現象なんかも、関係してるって事か?」
「そう、すべてがフェールの作用」
「じゃぁ、なくなっちゃうと畑とかもダメになるってこと?」
「そうね。それも関係してる。だから、力が必要なの。四大精霊の使者と化身を集めて、世界の中心であるサントルの神殿で祈りをささげて。それが出来るのは、あなた達だけなの。お願い」
シルフの悲痛な面持ちに、アヴェルスは、ふと笑みを見せた。
「サントルの神殿っていうと、アオルトの事か…… 別に構わない。な、カプリス」
「…… アヴェルスがそういうなら、オレはそれでいいよ」
「ほ、本当にっ」
「それが出来るのは、俺達だけなんだろ?」
「正義の味方っぽいのは嫌いだけど、唯一って言葉は好きだね」
笑顔で答える2人に、シルフも笑顔になった。が、その笑顔を見て、二人はニヤリと笑う。
「もちろん、お礼とかあるんだろ?」
「え?」
「タダ働きなんてないよね?」
「な、何言ってるの。世界を救うためにやってくれるんでしょ」
「そんなの知らないよ。オレ達正義の味方じゃないもん」
「こっちは、資金もなにもないんんだけど」
ニヤニヤと笑う二人を、少々ムッとした表情で見るシルフだったが、深くため息をつくとそれに合意する。
「…… わかったわ。そこらへんは、なんとかする。じゃぁ、誓いの言葉を……」
「誓いの言葉?」
「名前と祈りをささげる事を誓ってくれればいいのよ」
シルフの簡単な説明を受け、二人は祭壇の目の前まで来ると、緑の球体に向こう側にシルフが移動する。
「我、サラマンダーの遺志を継ぐ者。名はアヴェルス・ライン。シルフの命によって、聖地サントルにて祈りをささげる事を誓う」
「我、ウンディーネを補佐するもの、名はカプリス・ルイ。シルフの命によって、ウンディーネの遺志を継ぐ者を……えーっと、マスターとし、……えー、頑張る」
一部誓いの言葉に不安を感じる部分もあったが、シルフの命により、ここから2人の新しい旅が始まる。
四大精霊の使者と化身は残り6人。
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