失敗山日記 V−3
ビバーク、ヒグマ、幻聴幻視、ビバーク、・・・
in トムラウシ(大雪山系,20007月) 掲載 20039
by 山へ行っちゃあいけない男(登山不適格者?)
 
その2
 すぐにまた、急なガレ場が始まりました。磁石と地図を較べたのはこのガレ場でだったと思います。トムラウシは南の方向なのに、この時進んでいるのは北西です。一時的に登山道が90度以上戻るのはよくあることですが、しばらく同様の方向に進んでいるのですから、地図にそのような道がないのなら、引き返すべきだったしょう。
 しかしある程度進んでしまうと、引き返したが間違っていなかったときのアルバイトを考えて、「もう少し」と進んでしまいがちな私なのです。山にひとりで行っちゃあいけない種類の人間なのです。1週間分の装備を入れた、30s近いリュックも戻るのをためらわせますし。
 また私は、山では特に非論理的になりがちです。たまたまこの辺りは磁場が狂っている場所なんだろうと、変な思い込みをして先に進みます。青木ヶ原樹海以外に磁場が狂った場所が、日本の山中にあるのかは今もって調べたことはありませんし、経験的にも、山の中で磁石が実際と違う方向を指すのを見たことのない私なのに。勿論、車中や町なかでは磁石が磁北を指さないのが当たり前の、電磁波だらけの世の中になってきましたし、身に着けた物(時計や金属部のある眼鏡など)の影響で 2、3度違ってくることはありますが。

 疲れもあったでしょう。この後の記憶は断片的ではっきりしない部分も多いのです。もう3年も経ってから書いているのですし。とはいえ、嘘と法螺は嫌いな私、少しでも正確な体験談になるように書いています。そのためどうしても冗長な文章になりがちで、御迷惑をおかけします。

 無愛想な男と言葉を交わした後、急なガレ場とそれにつづく短い雪渓のくり返しは全部で3つか4つあったと思います。この2つ目か3つ目のガレ場を進んでいるとき、ガレ場の終わりには、大きな水溜りとその横のはっきりとした踏み跡が見えていました。
 また、このガレ場だったかははっきりしませんが、右前方のピークを登って行く単独者が見えました。少なくとも私にはそう思えました。何度かそちらを見て、彼がだんだんピークに近づいていると思っていたのですから。
 前を行く登山者としっかりした踏み跡。言い訳のようですが、これらのことも、しつこく前に進ませた背景にあったのです。

 このガレ場の終わりの平坦な場所から単独者の登っていったピークへ向かうつもりで降りて来たのでしょうが、ピークの方向は踏み跡などないぬかるみで、そちらへ進む気にはなりません。こうなると、単独者のことはあっさり消し去って、踏み跡のつづく、更に次のガレ場へ降りていく私です。苦手な岩歩きからくる緊張で脳が栄養不足になったのか、行動の矛盾も気にならず、まるで行き当たりばったりです。

 最後のガレ場(4つ目?)を降りた所で、短い雪渓の横の踏み跡を歩いていると、雪渓の終わった辺りに焚き火の跡がありました。雪渓は日々解けていくものですから、数日前はここは雪渓上だったはずです。焚き火を雪渓の上でする者はいないでしょうから、この数日内のものと思われます。誰かが夜を過ごしたのでしょう。

 ところでここまで来るのに、標高差で100m以上は降っているはずです。トムラウシ周辺の地形図はちょっと見には分かりにくく、前夜忠別小屋でじっくり見ようと思っていたのを、到着が遅くなり、しておかなかったのも失敗の原因でしょう。それに羆の多い北海道の山には枝道などない ―― 枝道は羆との遭遇の危険性が大になるはずですから ―― という思い込みもあり、読図を軽んじてもいたのです。
 そもそも天沼からあまり遠くない地点から道があやふやになったのに、この時の私はトムラウシまで遠くない地点まで来ているような気でいたようです。冷静に地図を見れば、道を外れていることは分かるはずなのですが、この頃にはもう地図を見ることもせず、進退をはっきりできる地点まで行き着くことで頭がいっぱいだったようです。

 焚き火跡のすぐそばから小さな流れが始まりました。踏み跡は一部流れに吸収されつつも続きます。いつになっても上りにならないことを不信に思うべきなのに、逆に、ここで五色岳でのパーティの言葉が私を後押ししてしまうのです。
「トムラウシへ行くのなら、膝あたりまで水があって、絶対ビショビショになる
 所がありますよ。」との言葉が。
事実、私の靴の中は、水でジャボジャボになっていました。

 幅が少し広くなった流れの横に靴の跡はなく、赤土の斜面に獣の小さな足跡などがついているだけです。それでも流れは緩やかで、それ程降っている感はありません。もう少しはっきりするまでと意地になって急ぐうちに、急に水量が増え、滝だか、急流だかに出ました。川幅も相当に広くなりました。立派な沢です。
 こんな立派な沢なら、地図に明記されているはずです。トムラウシへの途中にそんな沢は書かれていませんから、いよいよ道を間違えていたと認めざるを得ません。

 すぐに踵を返しました。引きずっていた思い込みからやっと醒めたようです。もう逡巡している場合ではありません。人より羆密度の多い場所にいることも明白です。歩きながらこの先の事を考えます。
 
*連載の読み物のように、1日1ページずつ読んでいただくのが私の希望です。
 
   
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