失敗山日記 U−2
とび出した大型獣 in 田代岱湿原
(秋田・岩手県境、乳頭山付近,961012
by 山へ行っちゃあいけない男(登山不適格者?)
 
 その3 (後日談)
 東京に帰って、山で撮ったビデオを再生してみました。あの動物が現われたとき私は山を撮影していたので、ひょっとしたら近づいて来た動物がビデオに映っているかもしれないと、甘い期待をもっていたのです。

 画面には遠くの山がしばらく映った後、湿原が右から左に映りました。そしてその直後画面はゆれながら、2、3秒間木道を映し、次に私の指がレンズに触れたところで終わってしまいました。
 要するに、動物の出現に驚いた私が無意識にカメラを下ろしたので木道が映り、その直後逃げようとしたときにスイッチを切ってしまったようです。逃げるのに何もスイッチを切る必要はないのですが、とっさの時に私のような臆病者はこんなことをしがちです。

 そんなわけで、近づいて来た動物はビデオには映っていませんでした。近づいて来たときのガホガホという威嚇の声も入っておらず、僅かにハッハッという息遣いが聞き取れるだけでした。

 しかし諦めきれずにもう1度ビデオを再生してみると、木道がグラグラと映る直前の、湿原が右から左に映った画面の下のほうに、一瞬動物が映っていました。さらにスローで再生すると、茶色っぽい動物が10〜20mぐらい先で木道を右から左にまたいでいます。その横顔はたとえるとすればロバのような顔です。勿論その状況からロバとは考えられませんが。

 この画面を見てさらに分からなくなりました。というのは私が肉眼で見た動物はほぼ正面の顔、画面の動物は横顔と、見る角度が違うにしても、どうも同一の者の顔とは思えないのです。
 それにビデオが動物を写したのと、肉眼で動物を見たのとはほんの一瞬しか違わないわりには、それぞれの動物のいた場所が、ずれ過ぎているようなのです。新たに、動物は2頭いたのではないかという疑いが生じたのです。動物の正体はさらに分からなくなりました。

 その後、「カモシカ―氷河期を生きた動物」という本を買って、謎は少し解けました。カモシカの生態や写真が載っている本です。<脚注>

 たくさんのカモシカの写真の中に、肉眼で見た、近づいて来たときの動物に似たものが何枚かあったのです。まだ若いカモシカのもので、色も肉眼で見たとき同様に灰色っぽいものです。角も短く、あの時その存在に気づかなかったのも納得がいきます。
 ビデオに映った木道を渡るほうの顔は、動いていてボヤけているせいか、似た写真がありませんが、体つきが似た写真はありました。

 その後テレビにニホンカモシカの映像が出る機会なども増え、今では、あの動物はカモシカだったと断定しています。
 とは言え、引き締まった足のたとえとしてカモシカを使うのは適当ではないように思えます。湿原の中で見たせいもあるのでしょうが、実物は毛深いガッシリした足でしたから。
 動物が2頭いたかどうかについては、未だにはっきりしませんが、木道を渡ったのが母親で、ガホガホと近づいたのが子どもだと考えるのが自然なのではないでしょうか。

 更に調べると、ニホンカモシカは非常に好奇心の強い動物で、カメラなどにも興味を示し、また、けっこう執拗に人間を威嚇することもあるそうです。情けないことですが、私は子どものカモシカの好奇心の的にされ、ついでにからかわれたということになるのでしょうか。

 
 * 「カモシカ―氷河期を生きた動物 大町山岳博物館編、信濃毎日新聞社刊
 
*連載の読み物のように、1日1ページずつ読んでいただくのが私の希望です。
 
                
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