大雪山に登る
朝食を食べてからすぐ出発出来るようにと6時に目覚まし時計をセットしておいたのに鳴らなかったようで、7時にやっと目が覚めた。すぐ朝食だ。
バイクと荷物を宿に預け、歩いてすぐ近くのロープウェイ乗り場へ。ロープウェイとリフトを乗り継ぎ、大雪山黒岳7合目を目指す。
ロープウェイは約7分間で5合目(約1300m)まで連れて行ってくれる。車内では回りに広がる景色についての説明のアナウンスが流れているが、ちゃんと「あいにくと本日は雲に隠れて見る事が出来ませんが…」という、天気の悪い日バージョンになっているのである。
ロープウェイを降りてリフト乗り場まで少し歩くのだが、その道の回りには高山植物のお花畑が作られている。あ、シマリスだ。やっと念願の野生のシマリスと会えた。ヤツは花の間を走り回り、ミヤマキンポウゲの花を食べようとしている。かわいいなあ。お花畑にはクロユリも咲いている。思ったよりも小さな花。ユリよりはキキョウに似ているような感じ、本当に黒い花なんだ。ピンクの小さなエゾコザクラ(かな?)や羽毛が花弁のようについているのはチングルマの果実、これはこの形が稚児車(おもちゃの風車のこと)に似ているところから来た名前だという。
〈黒岳お花図鑑〉
さすがにここまで来ると、寒い。持ってきたカッパの上着を着る。
リフトはペアリフトになっている。15分で7合目まで行けてしまうのだ。足元にもたくさんの花たちが植えてあったり、リフトを支える支柱には禁煙などの注意書きに混じって動物の足跡クイズも張ってあったりと、15分を飽きさせないための工夫が感じられるが、花はあまり咲いていないしクイズも問題の柱から答の柱までが遠すぎて答を忘れてしまうのだ。私などは両側の森を見て、ここでシマリスやエゾリスが生活しているんだなぁ…と思っていれば満足だったりするのである。人工のお花畑と森との境あたりにはクリーム色のウコンウツギも咲いている。
時々黄色いヤッケを着ている人たちが下りてくる。リフトの乗り場かなにかで貸してくれるのだろうか。
7合目に到着。さてとこれからが正念場、標高1984mの黒岳登山である。小学校の遠足の高尾山ですら半ベソかきながら登ったこの私に、果たして登れるのか? 1時間で登れるらしいが一体どのくらいかかるだろう。入山名簿を書かなくてはいけないというのがなんだかおそろしい。遭難するかもしれないってことか?
登山開始。歩き始めると、岩が自然の階段になっているところが多い。もちろん段差がそろっているわけもなく、手をついてよいしょと体を持ち上げないと登れない場所もある。雨でも降ったのか、細く水が流れていたりする。
しばらくするとこの水が雨なんかではないことがわかる。目の前に立ちはだかる、大雪渓…まあ、「立ちはだかる」も「大」も大げさだが、とにかく雪なのである。その上を歩かなくてはならない。残っている足跡を一歩一歩踏みしめながら、慎重に、滑らないように登っていく。岩の階段と雪渓との戦いに、はあはあと息が切れるが、見回せば花や緑にほっとする。
大雪はまさに今、春なのだろう。芽ぶいたばかりの葉は、もうまぶしいような緑。雪の下から芽を出しているのもある。山中の緑たちが、生きてるよって叫んでいるみたいだ。花たちも元気に咲いている。みんな頑張れ! 思わず声をかけてしまう。
その間もぐんぐんと道は頂上へ続く。途中にちょっと休憩出来るようにベンチのある場所がある。ここには人間が来るのがわかっているのだろうか、シマリスが森の中から出てきて登山者のご夫婦に餌をもらっている。キタキツネみたいなヤツだ。私たちもご夫婦からプリッツをもらって餌付けしようとしたがリスたちは森の中に消えてしまった。もらったプリッツは自分で食べた。(だめだよおん野生動物にお菓子なんてあげちゃ)
あと200m、100m…ラストスパートっ! と力んだと思ったらすぐ頂上に到着。やったぁ。7合目からといえどもよく頑張りました。
黒岳山頂には強く冷たい風が吹き渡っている。かつてカムイミンタラ(神々の遊ぶ庭)と呼ばれていたという大雪山系の山々は、まるで見えない。
シマリスたちはちょろちょろと出てきては走り回っている。ポテトチップスをあげている人もいるが、ポテトチップスにプリッツじゃ、ちょっと塩分の採り過ぎだ。Sはうちのリスに婿を持って帰るんだと、プリッツで釣って、シマリスを捕まえてしまった。野生のクセにそんなに簡単に人間に捕まるなんて困ったものだ。すぐにがぶりとSの手を噛んで逃げて行ったが。
〈黒岳シマリス図鑑〉
こんなに強い風のなかでも小さな花たちは健気に咲いている。岩に寄り添うように、イワヒゲが揺れている。がんばれがんばれ。
さて下山である。あれだけ急だったのだから下りもさぞ大変だろう。岩場はなんとかクリアするが、登りよりもどろどろになっている土の部分は滑ってこわい。そして雪渓…わあぁ〜とうとうやってしまった、大滑落。2m近くは滑ったのではなかろうか。ジーパンのお尻は濡れるし靴の中に雪は入るし、散々である。
雪以外の場所ではお花の写真をたくさん撮りながらのんびり下る。ちょうど遠足の小学生たちが登って来たところ。こんにちわぁと挨拶してくれるのでこんにちわ、頑張ってね、とお返事してあげる。でも先生、道の半分が雪、半分が土のところで土側で休憩されちゃうと私たちは雪の上を歩かなくてはならないのだ、滑って転んで小学生突き飛ばして谷に落としても知らないよ…。
も少し下りると、まるで小学校時代の高尾山での自分を見るような、もう歩けないと座り込んでしまったちょいと太めの男の子と付き添いの先生、頑張るんだ!
入山名簿に下山確認をして無事、黒岳登山は終了。疲れたけど楽しかった。雲が出ていなければもっとよかったのだが、まあそればかりはしかたがないことだ。
メルヘンやねー美瑛
リフト、ロープウェイを乗り継いで層雲峡まで下山、温泉街のラーメン屋に入る。どうもここは以前は喫茶店だったらしい(もっとくわしくいうと昼は喫茶店、夜はスナックだな)。内装を変えずにラーメン屋さんになったようで、テーブルが低くてとても食べ辛い。布張りの椅子も喫茶店っぽくちょっと変である。でもラーメン(旭川ラーメン)の味はなかなかだ。しかし北海道に来てからラーメンばかり食べているような気がするなぁ。
宿に戻って荷物を積み、層雲峡を後にする。宿のお土産屋さんでなにも買わなくてごめんなさいねオジチャンオバチャン。
R39を石狩川に沿って走り、旭川を経てR237を南下する。しばらく走って東神楽町のあたりには北海道立林産試験場・木と暮らしの情報館というものがあった。ここに寄った第一目的はトイレを借りることだったのだが、木で造られた物たち(小さなクラフト製品からインテリア、エクステリアまで)がたくさんありなかなか面白い。木工が仕事のSはあれこれ手に取っては喜んでいた。
まもなく美瑛町へ入る。気のせいかもしれないが、美瑛へ入ったとたん、回りの丘がうねうねときれいなのだ。わくわくしてくる。
右側にびっしりと色とりどりの花が植えてある小さな丘がある。ナントカ(忘れた)の丘という名前で、道路沿いには未舗装だが駐車場もある。とりあえず駐車場に入ってみたものの、あまりの人工くささに「なんか違うよ」とすぐにそこを去る。だが写真だけは1枚撮った、バイクから降りずヘルメットも脱がず…。
信号待ちをしている時に小さな標識を見つけた。拓真館、写真家前田真三さんのギャラリーだ。特に彼の写真のファンではないのだけど、ミーハーだし、とにかく1度は行ってみたいのだ。標識がないから行くのが大変だと聞いていたので、よかったよかったとほっとして、矢印に従って走る。
ここは本当に日本なのだろうか。麦畑やじゃがいも畑がうねうねと丘の向こうに続く、そんな丘が幾つも彼方へ重なっている。丘の高みには何本かの木が並んでいる。ただの畑なのに、ただの丘なのに、どうしてこんなに美しいのだろう。美瑛の風景はもう何年も変わらずにここにあるけれど、絵になる美瑛を見つけだしたのは大発見なのかもしれない。
「ふと我にかえって何気なく西側を振り返った時、馬の背のようになだらかな丘の上に、整然と並んだ一条のカラ松林を見た。それはあたりの風景と実によく調和していて、いや調和しているというよりも、この丘のカラ松のために、丘をとりまく大風景が存在しているという感じであった。私は電気に打たれたように、呆然と立ちつくしていた。「これこそ新しい日本の風景だ」思わず心のうちで大きく叫んだ」(『風景写真』VOL.1前田真三の世界より)
時間の余裕と機材に金の掛けられる金銭的余裕さえあればきっと誰でも彼と同じような写真は撮れるのかもしれない。ただ、その景色を発見したのは本当にすごいことだ。
景色を眺めながら走っているだけでも気持ちがよく、嬉しくてしかたない。途中には休憩所もあり、何人もがカメラを丘に向かって構えている。低く垂れ込めた雲さえなければ、丘の向こうには大雪山系の山々や十勝岳が見えるのだろう。ちょっとくやしい。
しばらくすると、突然、観光バスが何台も停まっているのが見えた。そこが拓真館である。
靴を脱いであがると、たくさんの前田さんの写真パネルが展示されている。写真の数よりも多い人々。上記の通り別に前田ファンではないし家に戻れば写真雑誌でいくらでもゆっくり見られると思っている私に、人がたくさんいる場所が嫌いな上に前田さんも好きじゃないS、あっという間に出てきてしまった事はいうまでもない。ちなみに入場料は無料である。
牛肉を食べない町、富良野
流れるような丘の間を縫って走り、R237に戻る。もうそこは富良野。上富良野を過ぎて中富良野へ。今日はここのキャンプ場に泊まる。羅臼での「ウニスペシャル」に続き、今日の夕食は「牛肉スペシャル」と決めている。ステーキ肉を(鉄板がないから)網で焼いて、お醤油とすりおろしニンニクで食べるのである。想像しただけでもよだれが出る。キャンプ場に入る前に国道沿いで買い出しをしてしまおう。
スーパーに入る。何はさておきと肉売り場に行くが、牛肉がない。肉屋さんで買えばいいよねと他の買い物を済ませ、肉屋さんを探して走る。あったあったと入っていったそこには、やはり牛肉がないのだ。「ごめんね、あんまり出ないからおいてないのよ」と肉屋のオバチャンは申し訳なさそうだ。Aコープならあるかもしれないという言葉を頼りに行ってみると、牛丼用という、薄い小間切りしかない。しかたなくそれと味付け肉を買ったのだが、富良野の人たちは牛肉を食べないのだろうか?富良野牛という名産だってあるのに…。何日も前から楽しみにしていただけにショックは大きい。食べ物の恨みは恐ろしいのである。
森林公園キャンプ場にテントを張る。
やけに盛り上がっている団体さんがいる。多分、テントを持ってのソロツーリストが集まっているのだろう。いいなあ楽しそう。ああいうのはひとりで走っていないと絶対に出来ないこと。男女2人連れは敬遠されがちなのだ。邪魔しちゃ悪いと思われちゃうんだよな。でもさすがの私もひとりでキャンプだけは出来ない。夜中にトイレにひとりで行くのも恐いし、いろいろ恐いものは他にもあるのだ。
木々に囲まれているからよくは見えないが、空には夕日に染まった雲が流れている。強い風に雲は速い。遠くに少しだけ見える山の雪が残る山肌は、うっすらと赤く輝いている。
ところでやはり牛丼用の肉はあまりおいしくない。あれこれ買い込んだお惣菜も今ひとつ。強風に負け、テントの中にこもって食べる。ああ、ステーキ食べたかったなあ。
テントを叩く強い風に夜中に何度も目を覚ます。