わたしも街道をゆく/1993年/北海道へ
わたしも街道をゆく 1993年 北海道へ


1993年7月10日 礼文から枝幸へ 本日の走行距離197Km

今日もハイキング

 今日は午前中にゴロタ岬あたりをハイキングし、午後には稚内に戻らなくてはいけない。6時半頃、朝食代わりにお握りを作ってもらったのを持ち、荷物とSのバイクは宿に預け、私のバイクにタンデムで出発する。ちなみに運転するのはSである。私はタンデムでは恐くて走れないのだ。

コンブ  朝の海はコンブ漁の真っ最中である。利尻島を背景に何艘もの舟が浮かぶ。おとうちゃんが長い竿で海底のコンブを取り、舟に乗せる。岸に付けるとおかあちゃんやらばあちゃんやらねえちゃんが待ちかまえていて、コンブをリヤカーにどんどん移す。ばあちゃんは時々コンブをこぼしてしまうがよいしょよいしょと干し場まで運んでいく。干し場では小学生の子どもたちも一緒になって、コンブを広げる作業をしている。多分昼間はノーヘルで彼氏のスクーターの後ろに乗っているような、髪の毛茶色いおねえちゃんも、黙々と働いているのだ。
 自然を相手に働くこと、これこそが人間の本来の姿なのではないだろうか。朝の光の中でひたすら働く人々が、なんだかとても美しいなぁと思った私だった。ああ、ツーリングって人生の勉強になるなぁ。

 さて、島最北端、スコトン岬へ。トド島を見ながらお握りをひとつ、食べる。眼の前のトド島はコンブ番屋があるだけの無人島で、漁師さんの舟に乗せてもらうという行き方しかない。今日は無理だけど今度は絶対、行ってみたいな。岬のすぐ下にある民宿にも泊まってみたい。
 ゴロタ岬に向かって走り、舗装が途切れたところから別行動。Sは釣りに行くという。ゴロタノ浜の先、西上泊の港で待ち合わせる。フェリーの時間があるんだからあんまりのんびりするなとくれぐれも念を押される。はぁい。


〈礼文島お花図鑑〉
お花 お花 お花 お花

 レブンシオガマやエゾカンゾウ、ハマボウフウに囲まれた道を登ってゆく。こころなしか道の勾配が昨日のハイキングより、きついような気がする。笹が目立ち、花の種類も量もこちらの方が少ないようだ。
 ゴロタ岬が近くなってくると、草原の表情も変わってくる。花の数も増えてきた。息を切らしながら登りきったところで、休憩。断崖の下の海が青い。その海に向かって咲く、エゾカンゾウやハマナスたち。きっといつもこんなふうな風が吹き付けているのだろうが、彼らはしっかりと立ち向かっているのだ。強いなぁ。レブンソウがそこここに見られる。その紫色は本当に美しい。
礼文の花

 たくさんの花たちと青い海を見ながら立っている。桃岩の方にはたくさん人がいたのに今日は歩き始めてから誰の姿も見ていない。今この瞬間はこの空も海も私だけのもの、花たちも私のために咲いているんだ、などという気がしてしまう。なんと贅沢な、感動的なひとときなのだろう。ああ、シアワセ。

ネズミさんこんにちわ…

 下るに連れて花が姿を消す。道の両側は丈の高い草でおおわれ、歩く足元も見えないほどである。ちょっと前までは、ひとりでいることに感動していたのだが、今はひとりなのが恐い。草むらから急に手でもにゅっと出てきたら恐いよなぁ、とあらぬことを考えてしまう。
 草丈は短くなってきたが今度は表面が砂っぽくて滑りそう。あまり足をかける場所もないから、気をつけて歩かなくちゃ。と、足元に注意しながら歩いていると、少し前方の道の中央になにかがある。遠巻きにしてよく見ると…げ、ネズミの死骸だ! どうして道の真ん中で死んでるのだろう、血も見える。ああでも道はこの道1本きりだ、あそこも通らなくては先に進めない。踏んだらどうしよう、ドキドキしながら道の端を、ネズミを見ないように顔を背けながらそろりそろりと通り、事なきを得た。

 しばらくはネズミに気が動転していたのか早足である(なにネズミだったんだろう…。今となってはよく観察しときゃよかったと思ったりする)。気がつくとゴロタの浜、道は海岸に沿って延びている。
 どこにでも咲いているハマボウフウはここでも元気だ。薄いピンクのエゾカワラナデシコもあちこちに咲いている。岩場の岩の隙間には青紫のハマベンケイソウが群れている。キキョウをとても小さくしたような形で、みんな遠慮がちに下を向いている。これも図鑑で見て、本物に会いたかった花だ。つぼみのうちはピンク色をしていてとてもかわいい。他の草や花を踏まないように岩を伝って近くまで行き、かわいいねぇ、と見とれてしまう。小さな白い、ハマハコベも、黄緑の葉っぱを輝かせていた。一重のタンポポみたいな花のハマニガナに、タンポポ、この時期にナノハナも咲いている。ナノハナは青い海と空を背景にして、ますます黄色が鮮やかだ。

礼文の花 礼文の花

 道が舗装路になると、鉄府の集落だ。向こうから小学生が何人か歩いて来る。どうもよそ者(私のことである)が気になるらしく、みんなちらちらとこちらを見ては友達同士で目配せをしている。と、ひとりの男の子が私に向かって言った、「おはようございます!」…なんだか私は、日本に来た外人が、「ハロー」と言われているような気分になってしまった。

お祭り  このあたりでもお祭りがあるようだ。家々の軒下にはお祭りの飾りが付けられている。細い竹ひご状の棒に紙で作った5つのピンクの花と先端に黄色い飾りがついている、そんな飾りものがいくつかづつ、張り付けてある。

 鉄府の港を過ぎると最後の難関だ。澄海岬と名前不明のもうひとつの岬、2つの岬を乗り越えれば西上泊である。
 この2つの岬は、最後の難関にふさわしいものだった。まぁ花自体があまりなかったのも事実だが、花をめでる余裕などまるでない。はぁはぁ言いながらやっとの思いで越えると、道路との合流点に真っ赤な鳥居。その向こうに西上泊の港がある、終点だ。どこだろうと見回すと、休憩所の駐車場に私のバイク、港にSの姿が見えた。港に停泊中の舟はどれも、赤や黄色の旗を立てている。なんだろう。赤はウニ、黄色はコンブなどと、何を採っているのかわかるようにかもしれないな。 西上泊

さよなら礼文こんにちわ最北端

 港で残りのお握りを食べ、アトリエ仁吉という木彫りのお店をのぞいてバレッタを買って、香深へ戻る。途中、レブンアツモリソウの群生地に行ってみるが5月から6月にかけて咲く花のこと、そこにはなにもなかった。

お宿にて  宿経由でフェリーターミナルへ。昨日宿を予約して貰った観光案内所の前を通りかかると、宿を探しているハイキング姿のオバチャンが「ユースしかもう空いていないんですよねぇ」と案内所の人に言われ「それはどこなんですか」と聞いているところだった。礼文島は観光客でいっぱいなのだ。

 予定通り昼(1時15分)の船に乗れそうだ。ターミナル前の食堂(喫茶店かもしれない)で、Sはタコカレー、私は軽く、トーストと最北の牛乳。船酔いすると困るので、あまり重いものは食べられないのだ。

 フェリーに乗り込み出航を待つ。お見送りが楽しみだ。が、なんと悲しいことに、宿泊者がこのフェリーに乗っていないからなのか、桃岩YHのお見送り隊は来てくれなかったのである。ほんのちょっぴり、紙テープが飛んでいただけ。がっかりである。やはり泊まらなくてはダメか…。

 フェリーの中でうとうと居眠りしているうちに3時20分、稚内港に到着した。そのまま停まらずに走り出す。たった丸2日、島にいただけなのに、稚内の街が大都会に見えるのは何故だろう。R40沿いの大きなスーパーに夕食の買い出しのために寄った時も、文明に眼がちかちかしてしまった。
 R238を宗谷岬へ向かっている。あれ、こんなところになんてあったっけ? 左は海のはずなのに。海には波一つなく、まるで鏡のようだ。鏡というのは静かな海面を指すのによく使う比喩だけれど、その日の宗谷湾は、本当に鏡のようにおそろしいほどなめらかだった。

宗谷岬  日本最北端、宗谷岬。やはり波のほとんどない海を見ながらジャガ揚げを食べる。水平線にはカラフトが見える。まぁお約束ということで、最北端の碑の前で写真でも撮ろうか。悪いことにちょうど観光バスが次々に着き、写真を撮る人が順番待ちをしている。みんな、前の人がどくや否や、碑に走り寄っているといった感じだ。私たちもよそのオバチャンにカメラを託し、順番を待つ。何人目かで碑の前に立ち、やっと撮ってもらった時のこと。「はい、降りて降りて」…言わずと知れた団体ツアーのおばたりあん、である。むかぁ〜、ここはあんただけのもんかぁ?まったく腹の立つオバサンである。ああはならないように気をつけようっと。

真夜中のキタキツネ

夕焼け  さて私たちは枝幸の千畳敷のキャンプ場を目指している。暗くなる前に着きたいので、約100km、わき目も振らず一所懸命走る。私の大好きなオホーツク海沿いを走っているというのに。
 枝幸市街に入る手前を左折し、なんとか明るいうちにキャンプ場に入ることが出来た。テントを張り食事の仕度をしていると、空には夕焼け。太陽が沈む位置は見えないが真っ赤な空に感動し、三脚付けたカメラを持って走り回る私であった。

 陽が沈み、夜も更けてくると空には今日も満天の星。あまりの寒さに焚火をバイクとテントの間に焚き、私はテントを背にして座っている。
 Sがトイレに行っていた時のこと。寒いなぁ、と焚火に手をかざしながら、星空を見上げていた私。その時、バイクと焚火の間をなにかが通った。犬かな、猫にしちゃ大きいし…。するとそいつは、私のすぐ左、手を伸ばせば届きそうな場所に立ち止まり、こちらを向いた。
 キタキツネだ
 星空の下、焚火の明かりに照らしだされるキタキツネと私。まだ冬毛なのか、ふわふわとしたきれいな毛並みと厳しい瞳のキツネと地面に座っている私は眼の高さがほとんど一緒で、しばらくの間、じーっと見つめあってしまったのだった。Sの戻ってくる音で暗闇に消えていったが、それはそれは不思議な時間だった。
 どうせ餌をあさりに来たんだろうし、人間に媚びて生きているキタキツネを私は本当は大嫌いなのだが、この夜ばかりは、ドキドキしてしまったのだ。