わたしも街道をゆく/1993年/北海道へ
わたしも街道をゆく 1993年 北海道へ


1993年7月9日 利尻から礼文へ 本日の走行距離38Km

ああ桃岩ユース

 眩しい…時計を見る。3時。なんでこんな時間にこんなに明るいんだろう、なにかの間違いに違いない、寝袋にもぐり込んでもう一度、寝る。
 なにかの間違いなんかではないのである。4時には太陽が顔を出す北海道では、午前3時にはもう完全に明るいのだ。つまり9時から3時までの6時間しか暗くない事になる。白夜のようだ。

礼文へ  今日もまた乗り遅れてはシャレにならない。手早く荷物をまとめて沓形のフェリーターミナルへ。6時50分に出航である。
 利尻島から離れていく。今度来る時は登山、挑戦できるだろうか?

 目の前に見えている礼文島へ船はどんどん近づいてゆく。7時35分、香深港へ到着、花たちは私を待っていてくれるだろうか。ここでは、昨夜Nさんに教えてもらった桃岩近辺とゴロタ岬近辺の2つのハイキングコースを歩き、1泊して明日稚内に戻る予定だ。

 駐車場にバイクを停め、デイパックにハイキング用の荷物(といってもカメラと防寒用にカッパと水とパン、『利尻・礼文サロベツ植物・花図鑑』(以下、図鑑と略す)くらいだが)を詰めてタンクバッグやヘルメットはコインロッカーに預ける。

 そうこうしているうちに、私達が乗ってきたフェリーが稚内に向けて出航する時間になった。…こ、これが例のお見送りか。3つのYHと(2つだったかもしれない)とほ民宿の星観荘のヘルパーさんたちに連泊の客も混ざっているのだろうか、紙テープが飛び交い歌や踊りの大騒ぎである。しかしやはりなんといっても桃岩荘YHの皆さんには、開いた口がふさがらないのを通り越して感動すらしてしまう。フェリーが港を出て行くまで、いってらっしゃ〜い、また来いよぉ〜、と体育会系ノリで叫んでいる。まわりで見ている一般観光客のオジサンオバサンたちは、目が点になっている。明日私達が出航する時も、お見送りしてくれるかな、と楽しみになってしまった。
 それにしても、あれはあれで、いい青春だよなぁ。桃岩YH、1度は泊まってみたいものだ。こわいけど

礼文島花巡り

礼文の花  香深の街を後にして少し内陸に入っていくと、「桃岩へ近道」という看板が眼に入る。そちらの道を選ぶとすぐに舗装は途切れ、ハイキングコースらしくなってきた。いやハイキングというよりは登山道だ。急な坂道、迫る草々、荷物が重い。はぁはぁ、もう息が切れてきた。これじゃあ利尻山なんて半分も登れない。今日だって最後まで歩けるだろうか、頑張らなきゃ。  2人ともお腹が空いてきた。道の端に寄って、休憩。パンを食べてペットボトルに入れたを飲む。この水は利尻・沓形岬キャンプ場の水道水を汲んできたものだがすごくおいしい。蛇口をひねって出て来た水がおいしいなんて、悪名高き金町浄水場にお世話になっている私には信じられないことだ。

 薄い赤紫色の花を見つけた。小さな鳥のような形の花が茎の回りに何段にもなってついている。ここに1本、あそこにも1本、なんだか感動してしまう。この花の名前はレブンシオガマ(ヨツバシオガマかもしれない)という。

 右の方には道路があるようだ。車の上部だけがちらちらと木の間から見えている。その道はどうもかなり高い所まで延びているように見える。という事はこの道もあそこまで登るということか、ふぅ
礼文の花 礼文の花

 道の左にそびえていた山肌がいつの間にか消え、見晴らしがよくなってきた。あ、さっきのレブンシオガマがたくさん咲いている! 1本だけ咲いているのを見て感動していたなんて、花の島・礼文をちょっと甘く見ていたようだ。このあたりから、道の両側は、花・花・花。レブンシオガマだけではない、薄紫や黄色の花がたくさん、なんだかすごいや。

 自動車道と合流するあたりに、トイレがあった。とりあえず行っとこうか。そこまでの道も花だらけなのがなんともうれしい。だがトイレのドアは鍵が掛かり、開かない。なんだ閉店中か。それにしても蝿が多いなぁそれにこの臭い、ふとトイレの脇を見ると…我慢できなかったんだねぇきっと、ティッシュの下には…。

 両側に広がる草原は、どこもかしこも花だらけ。こんなにすごいとは思わなかった。まだまだ道は登りだけど、お花を見ながら頑張るのだ。

 足元近くに咲いているのはチシマフウロ、薄紫の5枚の花弁が光りに透けている。まぶしいような黄色はミヤマキンポウゲだ。レブンシオガマやエゾカンゾウももちろん咲いている。にょきにょきと伸びた先の大きな白いかたまりをよく見ると小さな花がたくさん集まっているのはハマボウフウ。エゾモモイロネコジャラシモドキ、と勝手に命名してしまったのは、本当はイブキトラノオという。小さなピンクの花が穂のようについている。

 桃岩展望台に到着。見渡せば切り立った崖の下の海は真っ青、海まで続く緑の絨毯には花の刺繍が散りばめられている。 礼文の花

 またパンを食べつつ少し休憩。ここから先はそれほど険しくはないらしい。ああよかった、のんびり歩こうっと。

 緑の中をうねうねと細く続く遊歩道。次から次へと切れ目のない花たちの群れに何度も足が止まってしまう。
 ぷっくりとふくらんだ形の黄色いセンダイハギ。濃い黄色のレブンキンバイソウ礼文島の固有種だという。世界中にたった1箇所、ここだけにしか咲いていないなんてなんだかすごい。
 写真を撮ろうと足元に注意していた時のこと、ん? この花はもしかして…白くてその名の通り雪の結晶のような花、レブンウスユキソウだぁ! 急いでリュックから図鑑を出して確認してみる。間違いない。見たかったんだ、この花。嬉しくて嬉しくてしかたがない。7月に来て本当によかったなぁ。


〈礼文島お花図鑑〉
お花 お花 お花 お花

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 元地灯台のそばを通り、道はまだまだお花畑の中に延びている。利尻島をバックにエゾカンゾウ、紫色のヒオウギアヤメ、白く小さな花が玉状に集まっているギョウジャニンニクはその丸い頭を並べて風に揺れ、海に迫る険しい崖にはたくさんのカモメたち。
 時々葉っぱたちの上に白いものがふりかかっている。注意書きの看板を書く時にでもペンキをこぼしたのだろうか、不注意だなぁ、と思っていたのだが、今、それがなにかわかった。カモメのふんなのだ。高い所からぽたぽたと、落とし物をしているのだろう。私の頭の上には落としませんように、と祈る。
 よく見掛ける、お花畑を前景にした利尻島の写真の撮影場所、らしきあたりを通る。とりあえず同じ写真をとらないではいられないのはどうしてだろう。

 標高(というのも大げさだが)が下がり、土質が変わってきたのだろう。目新しい花たちが見られるようになってくる。艶やかな紫の花はレブンソウ、これもこの島の固有種だ。マメの花に形が似ているなと思ったらやはりマメ科だった。同じような形でピンク色なのはエゾノレンリソウだろうか。タンポポに似ているヤナギタンポポ、黄色いアヤメのようなのはなんだろう、エゾアヤメとでも名付けておこうか。ゲンゲに似ているエゾネギ、葉っぱは食べられるたしい。
知床 礼文と利尻山

 お馴染みのタンポポが目につくようになるとハイキングコースはもう終点。そこは知床、という小さな漁村だ。ジュースを飲みながら、香深に戻るバスを待つ。バス停の近くの作業所のようなところでは、ちょうど作業中。オジチャンオバチャンたちが手早くウニを殻から出している。単調で大変な仕事なのだろう。収入はどの程度なのだろうか、気候だけでも厳しいのに。東京でやってた自分の仕事、大変だ大変だと大騒ぎしていたけれど、そう考えるとのんきなものだな。

 バスに乗り、香深へ戻る。疲れたね、ハイキングの続きは明日の午前中にすることにして、午後はのんびりしようか。今日はテントは嫌だとSが言い、民宿を探すことにする。どこで見たのかは忘れたが、はまなす、という宿がなかなかよいという。電話をすると、満室。次にかけた宿も満室。ちょっぴり不安になりながら次々に電話をするがまるで空いていない。今日は金曜日、そんなに混むものなのだろうか…。
 フェリーターミナル内の観光係のようなところで聞き、香深の民宿がやっととれた。7月の礼文島、大人気なんだ。
 港からすぐ近くの民宿、H荘。まだチェックイン時間ではないが、荷物を部屋に置かせてもらう。

 港に面した食堂、その名も「みなと食堂」で昼食。普通のラーメンを食べる。これがまた、シンプルでとてもおいしい。悪いけれど札幌ラーメン横町のラーメンの何倍もおいしいのである。500円という値段もうれしいではないか。

 島の東海岸を走る。海と集落の間を通るその道は、あまり走りよい道とはいえないようだ。舗装は荒れているし、道幅も狭い。まぁこのほうが、島、らしくてよいと、観光客は勝手なことを思うのである。

夏の子どもたち

 しばらくする赤岩という集落で、左手の丘の上に続く石段に、幟が見える。神社の幟だ。石段の上には大漁旗もはためいている。お祭りかな。バイクを停めて石段を登る。小さな神社のお社の前では、子どもたちが相撲を取っている。お社前の階段には親たち、土俵の回りには子どもたちが座り、子どもも、行司役のオジチャンも、みんな普段着だ。私たちもしばし観戦といこう、と階段の端に座ったとたん、世話人といった役まわりのオジチャンが来てよく冷えた缶コーヒーをくれる。え、いいんですか? ありがとうございます。なんだかこれで、私たちもお祭りに参加できたような気になってしまう。

お相撲 お相撲

 土俵上では対戦が続いているが、のどかなものだ。どうやら男女混合学年別。でも対戦の組み合わせがきちんと決まっているわけではない。たとえば5年生の子が土俵に上がっていると、行司が「5年生いるかぁ」と手を上げさせてその中から相手を適当に選び出したり、ギャラリーのオカアチャンたちが、「ケンジ、出な!」「タカシタカシ、ほら出な」などと声を掛けたりしているのだ。この場合、自分の子だろうとよその子だろうと、名前は呼び捨て。そして、勝っても負けても、文房具やお菓子といった賞品を貰えるのである。ひとり1回とは決まっていないから、対戦すればするだけたくさん貰える。
 3つくらいの女の子も、みんながいろんなものを貰っているのが羨ましくなっちゃったようだ。お母さんと一緒に土俵に上がって、お母さんに釣り出しをキメられた。でもお菓子を貰って、よかったね。
 それにしても小学生くらいだと、女子の方が体格がいい。たいていの女子は男子より体がでかくて強いのだ。でも男子も女子も、一所懸命勝負に挑んでいる。多分東京あたりの小学生は高学年になると、相手を異性として意識しちゃって、相撲なんて絶対しないのだろう。島の子どもたち、元気で頑張れぇ。
 …でもみんな高校で北海道の本島に渡り、大学や就職で東京に出ちゃうのかな。

礼文

 上泊から久種湖方面へ曲がるとすぐ、高山植物園がある。私はそこへ、Sは釣りをしに久種湖へと分かれた。

 高山植物園、ビジターセンターで高山植物の資料を眺めてから庭へ出る。そこは見本園となっていて、培養センターで発芽し育成園で育った花たちが植えられている。図鑑でしか見たことのない花、自生しているのも見た花、たくさんの花たちが咲いているのだ。
小さいお花  そしてとうとう私は憧れの花、リシリヒナゲシに会うことが出来た。透けるような薄い黄色の可憐な花、いつか絶対利尻山に咲いているのを見るんだと、あらためて心に誓う。
 紫の花弁(実はガク)に囲まれて中に白い花弁が長く延びている様子が、一時期流行っていた音に反応して動く花のおもちゃにどことなく似ているミヤマオダマキ、同じく紫のイワギキョウ、白く長い雌しべを持つ、昆虫みたいな名前のシラゲキクバクワガタ。白と薄いピンクの不思議な形の花弁はコマクサ、高山植物の代表ってとこだろうか。他の株は枯れていた中で一つだけ咲いていてくれた白いハクサンチドリ。初めて会った花たちだ。
 他にも、レブンウスユキソウはもちろん、ミヤマキンポウゲもレブンソウもエゾカンゾウも、これだけの種類の花たち、それも栽培の難しい高山植物を登山なしでこんなに一度に見られるなんて、本当にすごいことだ。もちろん苦労して見た花の方が感動するだろうが。
 育成園の前の石畳の隙間から、なにかの植物が育ち、小さなつぼみが膨らんでいる。きみも頑張って

船盛りが食べたい

 最北の牛乳を作る牧場のある久種湖の畔を通り、島北部の二つの岬のうちの東側、金田ノ岬に行ってみる。…なんにもない。寂しげな港だけがあった。

 上泊で、Sが前方を走っているのが見えた。しばらくの間、追いかけてみたが、こんな狭い道でやけにペースが早い。まぁ追いついたからって何があるわけでもなし、どうせ同じ宿に帰るだけのこと、追いかけるのはすぐ諦める。だが気がつくとすぐ後ろにバスがいる。これもまた、早いのである。さっさと譲ればいいものを、なんとなく譲る気にならず、香深に入るまで、ずうっとバスの前を必死で走っている私であった。疲れた…。

 宿へ戻ると、Sが荷物を降ろしているところだった。洗濯と入浴を済ませ、いよいよ夕食である。なぜ「いよいよ」などと大げさなことを言っているかというと、ちゃんと理由があるのだ。
 それは予約をした時のこと。私たちは刺身関係が大好きなので、「夕食に船盛りお願いします」と注文したのである。ところが宿のオジサンは「こっちも商売だから作るのはかまわないけど、うちの夕食は量が多いから食べきれないと思うよ。見てから頼んでよ」と言うのだ。これはチェックインした時にもまた言われた。
 そこまで言うんだったらさぞやすごい食事なんでしょ〜ねぇ、んん? 私たちはワクワクしながら食堂に向かったのだった。
 うん、確かに種類も量も多い、それは認めよう。だが肝心なのは味、である。まぁなんというか、普通だ。だが私たちは礼文島に来ているのである。普通のものじゃなくておいしいものが食べたいのだ! Sは酒、私はビールばかりが進むのであった。

 明日は朝一番からハイキングだ。早く寝よう。