わたしも街道をゆく/1993年/北海道へ
わたしも街道をゆく 1993年 北海道へ


1993年7月7日 羽幌から稚内へ 本日の走行距離331Km

北のトホダー

 眠い、ただひたすら眠い眼を擦りつつ、朝食である。前回ここに宿泊した時には朝食のBGMはサティのジムノペティあたりがかかっていて、なんてオシャレなの…とおどろいたのだが、今朝のBGMはラジオ番組だった。
 のんびり食べ、のんびり準備をし、大阪2人組とSさんと4人で写真を撮り、大阪2人組を見送る。 吉里吉里 彼らは今日、網走まで行くのだ! と言っていたが(半分冗談半分本気だったようだが)網走までって500kmくらいあるのではなかろうか。果たしてどこまで行けるのだろう…。
 そして私もマスターと奥さんとSさんに見送られて出発である。今日撮ってもらった写真を見に、また来なきゃね。(Sさんとも年賀状友だちが続いてる。オフ車乗って現役バリバリたいしたもんだ)

 R232をいったん南へ戻る。苫前からR239を内陸に入り、目指すは朱鞠内湖。なかなか快適な道なのだが、いつになっても目的地に着かないのである。R275に曲がらなくてはいけないのにどこかで間違えたのだろうか。いやでもここまでずっと1本道、間違えようがない、と不安になってきた頃、やっとR275への標識。しばらくすると朱鞠内湖、という標識を眼にしてほっとする。
お花  国道から離れ、線路を越えるとすぐに展望台。そこを過ぎてキャンプ場のあたりまで行くと、もうそこは朱鞠内湖の湖畔だ。北海道で最初の人造湖だという。あたりには色とりどりの花が咲いている。ここでキャンプも気持ちがいいかもしれないな。

ボート  国道に戻り、湖に沿うように走る。時折木々の間から、しんと静まりかえった湖面が見えかくれする。湖はこうして少し、離れて見た方が美しいと思う。

 母子里、という集落を通る。ここは日本最低気温を記録したところだ。氷点下41度だっけ。東京の人間なぞは0度でも寒い寒いと大騒ぎ、ちょっとでも雪が降ろうものなら都市機能がすべて麻痺してしまう。マイナス41度の世界は想像できない。
 夏にだけ来て、北海道はいいなぁ〜などと言っているのはなんだかいけないことのような気がしてくる。厳しい冬も過ごしてみたい。などと気楽に言うのも所詮観光客のたわごとなんだろうな。

 美深からは手塩川に沿うR40へ、早くサロベツに着きたいのだがこれがまた遠いのである。北海道の景色たちには申し訳ないのだが、飽きてきた。眠くてしかたがない。どこかで休憩しようにも、それらしい場所どころか自動販売機すら見つからない。

 中川という町が終わるあたりだったか、やっと自販機を見つけた。砂漠にオアシスの心境である。はぁ、おいしい。オアシスには先客がいた。リュックを持った男の人、ハイキング中かな。私のバイクのナンバーを見て、僕も東京からなんだ、ということで、お話しをする。
 なんと彼は歩いて旅行をしている、いわゆる「トホダー」だったのだ(バイク旅するひと=ライダー、自転車で旅するひと=チャリダー、歩いて旅するひと=トホダー)。どの辺まで行くの? と、道内の地名が返って来る事を予想しつつ聞くと、「佐多岬」…え? なんと宗谷岬から九州の佐多岬まで歩いて行くのだという。役者をやっているそうだが、最近仕事が忙しくなりつつあるのでその前に…だそうだ。すごいなぁ、頑張ってね。歩き去る後ろ姿を見送ってから私も出発。

トホダーくん

 手塩町に入ると、道が確実に海に向かっていることがわかる。遠く俵型の藁が点々と並ぶ畑の向こうに、利尻山が見えた。
 やっと長い長い内陸の旅が終わる。道道を北へ向かい、手塩川に架かる橋を渡り終わるとその土手はもう花盛り。通り過ぎる訳にはいかない。ちょっと失礼して歩道にバイクを乗り上げて停め、土手に下りていく。

サロベツ
 黄色いユリはエゾカンゾウ、ひょろ長いタンポポのような黄色い花はブタナというちょっぴりかわいそうな名前。朽ちた舟を飾るみたいにハマナスが濃いピンクの花をつけ、丈の高い草むらは夏のにおいだ。

お花 お花

 橋の上は大きなトラックがひっきりなしに走り過ぎてゆく。時折クラクションを鳴らされる。こんなとこにいると危ないってことかな、とトラックの方を見ると、窓から手を振ってくれている。ありがとう、見えるかどうかわからないけど、私も大きく手を振り返す。

さいはては花盛り

 サロベツ原生花園までの20kmほどに一体どのくら時間がかかっただろう。道路と海岸との間には点々と絵の具を落としたように花たちが咲いている。バイクを停め、ヘルメットを脱ぎ、道路の下まで下りてゆく。エゾカンゾウ、ハマナス、オレンジ色のエゾスカシユリ。7月に来て本当によかったな。
 走り出すとまた花の群落が眼に入り、停まってしまう。これではちっとも前進しないのは当たり前である。海岸への道が見えた。今度は海岸に出てみようか。ハマヒルガオの咲く砂の坂を下りると、広がる日本海の向こうにくっきりと利尻島。横たわる流木に腰掛けて、ぼうっとする。

お花  稚咲内から豊富町に向かって内陸に入ると、サロベツ原生花園の真ん中だ。バイクを停めて、まずは自然教室でお勉強。そういえばお昼を食べていなかったことを思い出しレストハウスに入るが、それほど空腹でもないのでとりあえずミルクを飲む。そしていざ、遊歩道へ。

 20分の遊歩道、倍は時間が掛かっただろう。ここでもエゾカンゾウは盛りである。白いふわふわしたのはワタスゲだ。昼間と夕方のちょうど境目のようなこの時間の、きらきらした太陽の光を受けて楽しそうに揺れている。
 人がほとんどいない遊歩道、行く手を阻むのはお腹の黄色い小鳥、キセキレイ。そうっと近づいて写真を撮ろうとすると…逃げられた
 すたすたと歩いているとエゾカンゾウとワタスゲばかりが眼に入るが、遊歩道に座り込んで湿原にぐっと眼を近づけると、そこは小さな花たちの世界だ。5ミリほどの小さな薄いピンクの花はツルコケモモ。こんなに小さくて可憐な花たちを誰がどんな力で作りだしたのだろうか。
お花

 モウセンゴケの葉も見える。こんなに小さいクセにこいつは食虫植物で、葉に付いた粘液で虫を取るのだという。それらのまわりにも、小さな植物たちが緑の葉を元気に輝かせている。白いエゾイソツツジはもう季節が終わるのか、枯れた中に時々元気なのがいる。地上10センチ程の場所だけど、ここにもひとつの宇宙があるのだ。自然って不思議だ。

 いつまでもこの場所にいたいけれどもそうもいかない。名残を惜しみつつバイクの所に戻る。と…。

 アスファルトの舗装は弱く、特に暑いとすぐに柔らかくなってしまう。だからバイクを駐車する時には必ずサイドスタンドと地面の間に、ジュースの空き缶のつぶしたものを入れるようにしておかないと非常に危険なのである。だがこの時はすっかり忘れてしまっていたようで、サイドスタンドが地面にちょっとめり込んでいた。もしこれがもっと暑い日で長時間だったら、間違いなく道路に横たわっていただろう。気をつけなくては。

 ずいぶんのんびりしたのでここから稚内までは、一所懸命走る事にする。海の向こうの利尻島、明日の朝はあそこに行くのかと思うとなんだか不思議だ。稚内に入り、迷いながらも稚内モシリパYHに到着。
 YHとは思えないほどの内装の美しさに驚きつつ、夕食を食べる。なんとデザートがついていた。到着が遅くなってしまい最後の一人だ。申し訳ない。
 余市で織物の講習をひと月受けた後でせっかくだからと旅をしている人、礼文島で3つあるYHに1泊づつ泊まったという人、同室の彼女達と少しおしゃべりをしたり絵はがきを書いたりしつつ、夜はふけていく。