わたしも街道をゆく/1992年/近畿へ
わたしも街道をゆく 1992年 近畿へ


1992年7月18日 八木から王寺へ 本日の走行距離77Km

ここが日本の真ん中だった

 朝一番、藤原宮跡に立つ。正面に耳成山天香久山そして畝傍山に囲まれた、なんにもない広い野原。ここに都大路が延び、たくさんの人たちが往来していたのか。遺跡を訪れる時に必要なのは知識よりもむしろ想像力なんじゃないかって気がする。

あまのかぐやま みみなしやま うねびやま

 今見渡すと、畑の手入れをしている人がいるくらい。足元には露草が咲いてる。ここが日本の中心だったこと、あなたは知ってる?露草さん。

 奈良の薬師寺が元はここにあったという本薬師寺跡。ちょっと細い道だけどバイクで行っちゃえ…片側が田んぼの細くて舗装してない道はがくっと曲がってすぐ礎石の並ぶところに出てしまう。駐車場のようなスペースがなにもないのだ。礎石に向かっていくわけにもいかない。ああどうやってこの道から抜け出すのだ。なんてことをしてしまったんだ。バックしたら田んぼにハマるはず。…だが成功。よくこんな道で切り返しが出来たもんだと感心しながら元の道に戻る。礎石なんてちっとも見ちゃいなかった。疲れただけだった、ああ。

藤ノ木古墳

 今日も歴史のお勉強、橿原考古学研究所付属博物館へ。かなり内容が充実していて見応えがある。修学旅行の下見なのか学校の先生らしき人たちがいた。歴史に興味無かったら、こんなとこ来てもつまんないね生徒たちは。記録ビデオが見られるコーナーでは藤ノ木古墳発掘レポートにしばし見入る。棺を開けて水を抜き、副葬品はどんな細かいものまでも一つ一つ取り出し、最後は副葬品を入れた骨壷と銘文を納めて棺の蓋を閉めるまでの行程。千年以上の眠りから覚めた物たちに手を触れる、緊張と興奮の一瞬だろうなあ。ふと外を見ると、ありゃが降ってる!ヘルメットが濡れちゃう。本当は一回出たら入ってはいけないのだが、スイマセーンとヘルメットを取ってきてまた続きを見た。

 どうやら通り雨だったみたい。出てきたときには雨は上がってた、よかった。

ああ栄光は奈良で輝く

甲子園はまだ遠い スカウトのおじさん
 お隣の橿原球場では高校野球の地方予選の真っ最中。ちょっと見ちゃおうか。
 奈良県大会一回戦、吉野高校VS志貴高校。やっぱりみんな甲子園を目指しているのかな。試合前の応援団への挨拶の時、一番最後まで頭を下げていたマネージャーの女の子、予選ではベンチ入りできるんだね(当時。今は本大会でもベンチ入りできますね)。一応(と言っては失礼だが)、スカウトらしき人も座ってる。もちろん家族は応援に来ている。お父さんお母さんと弟かな、手を振る先を見れば重たい背番号のお兄ちゃん。試合には出られないかもしれなくたって、うれしいんだろうなあ。試合の方は志貴高校がリード。5回までしか見なかったが、最終的にはコールドで勝ったそうだ。たまにはこんなツーリングも楽しいもんだねえ。

 八木西口駅の裏手の今井町、まるでタイムスリップしたような町並み。細い路地の両側の家々は江戸時代からのもの。バイクでウロウロしている私はなんて不似合いなんだろう。住人たちの視線がちょっと痛い気がする。でもどこにでもいそうな、一台のスクーターを囲んだちょっとヤンキーぽいオニイチャン達、君たちも不似合いだぞ。

なぜか大阪ツーリング

 これも『街道を行く』で読んだ竹内峠を目指す。が、西へ行かなきゃいけないはずがなぜへ向かっているのだろう。暑い中、いやになってきた。でも引き返すために走った県道がなかなか気持ちよくて得した気分。アップダウンを繰り返しながら、右手を見ると大和三山がよく見えるのだ。
 しかし竹内峠は車がびゅんびゅん通ってて、峠で振り返り大和国中を見る間も無く、大阪府に入ってしもたでー。でもR25で、すぐに奈良に戻る。まあ大阪は今度ということで…。

生駒夜のドライブ

 斑鳩の法隆寺、前まで行ったけど今日は時間がない。明日ゆっくりね。

 数年前に長崎で知合ったMちゃんと王寺のロイヤルホストで待ち合わせ、4年ぶり2回目のこんにちわ。今夜はお世話になります。
 夕ご飯の後、バイクじゃ走れない、志貴生駒スカイラインをドライブ。大阪の夜景がこんなにきれいだなんて。連れてきてもらってよかった!でも車酔いが心配だった私は大丈夫なのに、Mちゃん運転してるのに具合悪くなっちゃったの?すごいコーナーだものね、バイクは通行止めが正解かもしれない。ぜひとも走ってみたい奈良街道、暗峠の上も横切る。写真とおんなじ石畳だった。

 ビール片手におしゃべりして、気持ちよくぐっすり、いい夜でした。