わたしも街道をゆく/1992年/近畿へ
わたしも街道をゆく 1992年 近畿へ


1992年7月14日 川湯から紀伊田辺へ 本日の走行距離212Km

ゆけゆけ熊野古道

 朝方降っていた雨も出発前には上がってくれた。熊野古道を訪ねる旅の始まりなのだ。なにしろ普通の地図には載ってないような細かい道、観光協会発行のイラストマップだけが唯一の頼り。よろしくたのむよ

 熊野詣が盛んだったのは中世の頃、その行列がまるで蟻のようだから、蟻の熊野詣と言われていたそうな。長い道程、休憩や宿泊も出来る神社、「王子」と呼ばれるものがたくさんあって、それらが総称して「九十九王子」と呼ばれてる。

祓戸王子  熊野本宮神社の横の道を入り、細い坂道を走っていくと、ここが祓戸王子。長い旅を終えた人々が本宮をいよいよ目の前にして最後に休息し、禊ぎをして身を清めたという。今は鬱蒼とした木々に囲まれて小さな石塔があるだけで、登校途中の小学生が歩いてるようななんでもない場所だけど、ここにたどり着いた中世の人々にとっては天国への扉みたいだったんだろうなあ。

 スタンプがあったから押す。童心に帰って集めてみようか。

在所っていわれても

狭い道  一度R168に出てから少し走って細い道に入る。分かれ道にはちゃんと道標がある。どっちだろうと見ていると、通りかかったオバチャンが、「どこ行くの、本宮?」って声をかけてくれた。「伏拝王子ってどっちですか?」と聞く。「そうねえ在所3つ4つ越えるかねえ」……と教わったとおりに行ったつもりなんだけど、間違えたかしら。在所なんてとうに5つ以上越えている。突き当たるって言ってたけど、突き当たりになんてちっとも出会わない。そのうち道が左右に分かれてしまった。どっちだろう、この選択にはきっと重要な意味がありそう。こういう時は、アレに限る。「ドチラニシヨウカナ(おととい詣った伊勢神宮の)アマテラスオオミカミサマト(昨日詣った熊野大権現の)スサノオノミコトサマノ言ウ通リ」ってやったら卦は左。
 …二人とも嘘つきだ。道はどんどん細くなっていくし、崖が崩れて石がポロポロ落ちている。ヤダもうこんな所、分かれ道まで戻って今度は右へ行く。こっちの道が正しかったようで道標が見られ始めた。ああよかった。

和泉式部も大変だったのね

伏拝王子  あったあった小さな村の一角に、熊野古道・伏拝王子へ、と矢印が。VTZを置いて石段を登っていく。ここが初めて歩く、熊野古道。その道は休憩所の前を過ぎて、林の中へ延びている。休憩所から小高い丘に上がると、伏拝王子の碑と和泉式部の歌碑がある。熊野にお参りに来た和泉式部はその時ちょうど月の障り(ぶっちゃけていうと生理っつーことだ)だったそうな。そういう時はお参りをしちゃいけないことになっているから、残念だという歌を作って、それが歌碑になっている。でも夢の中に熊野の神様が出てきて、気にしなさんなって言ったんだって。(う、私もそうなんだけど……気にしなくていい?)

生理で悪いか山の向こうは熊野
 振り向くと連なる山々、もうひとつの熊野への道、大雲取山、小雲取山も遥かに見える。ここは遥拝所としての性格も持っていたと言う。長い旅も終わりに近付いて、ここから眼下の熊野へ手を合わせた人たちの気持ちはどんなだったろうか。そして今もうるさいぐらいのこの蝉たちは、その時も旅に疲れた人びとの上に鳴いていたんだろうか。

わたしは何人目の来訪者なのだろう

 細い道は続く。道がダートになってしまい、まいったなあと思ったそこが発心門王子。道をはさんで小さな朱塗りのお社と、休憩所がある。かつては随分と大きな神社だったらしい。

熊野古道  休憩所でぼっーとしていてふと思う。旅の途中、ここで休息するのは、私で何人目なのだろう。千年もの昔からいったい何人の人がここを歩いたのかなあ。その時通り抜けていった風はなんだかとってもやさしくて、幸せな気持ちになった。

ガクアジサイさん 熊野の林

あのー観光客もいるんですけど

 R168を戻り、新宮へ。熊野速玉神社はもうすぐお祭りが始まるらしい。こんな時に来る観光客が悪いとばかりに、境内のあちこちには屋台の準備で物が積んであり、ばたばたと人が行きかう。神社なんて元は氏神様、だとすれば地元の人のためのものなんだからこういうのもごく当たり前のことだよね。観光地のくせに観光地じゃない顔が見られて、ちょっといいなあ。 熊野新宮

のんびり古座街道

 R42を勝浦、太地と走り抜け、『街道をゆく』に出てきた、古座から古座川に沿ってR371で内陸へ進む。古座の町は古びていて、時が少し戻ったみたいだ。川に惹かれて川原に下りて行く。きれいな川を見ながらジュースを飲んで休憩、ふと座った足元を見て気が付いた。……石ってこんなにきれいなんだ。突如石拾いに目覚めてしまった私はそれからしばらく夢中になって、いろんな石を拾ってまわる。

 くねくね道がずっと続くけど、シールドを少し開けて深呼吸すると気持ちがいい。さすが紀=木の国、杉の香りもおいしい。

一枚板  なんだか唐突にでかい岩がある。赤黒いような巨大な岩が、その辺にぼこぼこあるっていうのも変な景色。そして名勝一枚板。天を突くようなそれはもう本当に大きな岩が、古座川の向こうに立っている。それを見た私の感想は、たしかにでかい、とそれだけ。美しいもんじゃないし。それよりも、こんなものがたくさんあるこの土地を切り拓き、耕して田畑を作った人たちの苦労を思ってしまうなあ。

 進むにつれてどんどん山が深まってゆく。なぜ捨てられてしまったのか、道の脇にはガラスも割れ、瓦にも草が生えてしまっている、廃屋が。ここを離れてどこに行ったのだろう。死んでしまったものから目を離して道の向こうを見ると、小さな子供の杉の木がきれいに並んで生きている。対照的だ。(えーと、もしかしたらたたりだったのかもしれないんですけどお、この廃屋を撮影したフィルム、ダメになっちゃったんですー。こわー)

ほんとはカッパが好きなのか?

 国道を離れて周参見へと曲がったとたんに雨がざーっと降ってきた。木陰に避難。出発する時には荷物の上に出していたカッパ、今日は降りそうにもないやと思ってお昼にしまっちゃった。慌てふためいて荷物の中からひっぱりだして着る。カーブミラーにカッパ姿の私が映ってた。雨のせいで埃がたたないからシールドを開けて緑のにおいを(雨粒も)受けながら走る。

カッパ♪

 あ、通行止め。山側の崖が工事中だ。休憩時間まで通れないらしいのに、次の休憩は2時間後だって。こんな道、また戻らないといけないの?他にも道はあるのだろうか。現場にいるオバチャンに聞いてみよう。バイクを下りて走って近付いていったらオバチャンも走って来てくれた。もう少ししたら通れる、って。ああよかった。オバチャン色真っ黒で、なあんかいい顔してたなあ。このあたりの人たちは、林業と農業と両方やってるのかなあ。一つの田畑の面積はとても小さいけれど、みんな大事に育てているに違いない、どこも田圃は緑色

ああ! 買い物がしたい

 やっと周参見で海に再会。今日の泊りは紀伊田辺。市内に入ってから見当違いの所をうろうろしてしまったが、交番で聞いて到着。
 ここ紀伊田辺Sホテルはとってもきれいなホテル。でもごめんなさい所詮紀伊田辺だよなあと思ってしまったの、1階から3階までがスーパーなんですもの〜。夕ご飯の買い出しついでに探険する。洋服売場ではミニキュロット800円!つい2着も買っちゃったもんね。食料品も安くってこの日の目玉は、卵1パック98円、ティッシュ5箱で298円、買って帰りたい。主婦の血が騒ぐ。

 まだやっと3日目なのにずいぶん長く走っているような気がする。