わたしも街道をゆく/1991年/東北へ
わたしも街道をゆく 1991年 東北へ


1991年8月6日 五所川原から脇野沢へ 本日の走行距離190Km

私も行きたい北海道

 昼のフェリーで北海道に向かう彼と一緒に、友人二人より一歩先にT家を出発。Tさん、本当にありがとうございました!

 青森フェリーターミナル、北海道に行けないのにこんな所にいる自分が悲しい。ここにいる人たちのうち北海道に行かないのって私のほかには職員の人だけに違いない。このままフェリーに乗っていきたくなっちゃう。けどまあしゃーない。気をつけて行ってらっしゃい!

 フェリーが出ていくときってなんだか寂しくなるのはどうしてなんだろう。しばしのお別れでもしゅんとしちゃうし、誰も知ってる人が乗っていなかったとしてもしんみりしちゃう。フェリーが遠くに小さくなるまで見送って、気を取り直して私も出発。

 フェリーターミナルを後に、青森市内を通り抜け(なんと今夜のねぶたの席取りをもうしてる人もいる、まだ1時前なのに)向かうは下北半島。空は青空いい天気、でも風が冷たくて寒いほど。夏泊半島のつけ根を抜け、野辺地町でさんざん迷って郵便局を探し、資金調達。

2度目の脇野沢

 このあたりからは下北半島。R279、下北の首に沿って北上していく。さっきまで行く手は青空だったのに、むつ市が近付いてきたら、あらら降ってきちゃった。気が付けば前方はどんより雨雲。ざーっと来る前にカッパ着よう。
 でも今回のツーリングでは始めからずっとそうなんだけど、着ると晴れる脱ぐと降る。雨がやんでも寒いから着ててちょうどいいって気もするが、路面が乾いてるのに着てるのも悔しく、海岸線に出る前に、カッパを脱ぐ。

 やはり前に来た時に目にして感動した漁村の風景をもう一度見たくて今回も脇野沢を目指している私。海岸に点在する小屋のある景色だったのだが、こっち側じゃない? 半島の北側だったんだきっと。
 でも小さな神社の隣の、すべり台や鉄棒が草に埋もれている忘れ去られたような公園、コスモスの花の向こうに伸びてる参道など、お気にいりの景色をいくつも見つけ、大満足。カメラのシャッター切ったり、ぼーっとしたり、心ゆくまで時を過ごす。

 3年ぶり2回目の脇野沢村。考えたら下北半島に行ったことのある人間が何人いるか知らないけど、その中でも脇野沢に2回も来たヒトなんてあんまりいないよねえ。我ながら感心してしまう。(そんなことないよなあ)

 今日はユースに宿泊、そこの都合で外のお風呂に行かなくてはいけない。保養センターまでR338を2km半、まだ明るいうちにVTZで行く。んーやっぱ広いお風呂は気持ちいい。缶ビールを買ってこっそり持って帰る。帰ったら飲も。
 ところがこの後が悲劇なのだ。外は真っ暗。こんな中走るのは初めてだ。ヘッドライトがこの世のモノではないような怖いものを照らさないことだけを祈り、歌を歌って走る。でもこういうときに思い出す歌ってなんで相手がいる歌なのかなあ、森の熊さんとか静かな湖畔。変なものと輪唱しちゃったら困るのに。でももっと困るのはここでコケることだ。きっと朝まで誰も助けに来てくれない。慎重になってしまう。戻ってメーター見たらなぜか往復で9kmも走ってた。4kmも余計にどこ走ったんだろう。ゾゾー。

 ひゅーひゅー冷たい風。あすも天気は悪いんだろうか。