わたしも街道をゆく/1991年/東北へ
わたしも街道をゆく 1991年 東北へ


1991年8月5日 小泊から五所川原へ 本日の走行距離52Km

やっぱしねぶたの跳人は最高だべ

 さて一夜開けて、今日はいよいよねぶた祭りの日である。小学生の時からいつか絶対やりたいとあこがれてたねぶた祭りのハネト、とうとう私もやるんだと思うと胸がドキドキしてくる。

 小泊を出て、五所川原へ。友人二人と待ち合わせをしている。
 早めに着いたのでコインランドリーでお洗濯。前にもここで洗濯したんだっけ、まるで変わっていないなあ。

 お邪魔するのが2回目のT家は会社の先輩の実家、なんと今回は4人もお世話になっちゃう。本当にありがとうございます。お風呂、昼食といただいて、ねぶたの衣装を買いに行く。浴衣から帯も足袋もフルセット揃えたのだ。
 それぞれオカアサマに着付けをしてもらう。俺らもホントに出るの? って言ってた男子たちも浴衣を着たらすっかりその気になってきたみたい。みんな地元の人みたいによく似合うじゃん。じゃらじゃら鈴も嬉しいな。

 さあ車に乗って青森へ。市内へ向かっている他の車を見ると、浴衣着てる人たちがけっこういるね。ねぶたの通る道沿いに出来た見物席ももう満員だ。いよいよだなあ。
 Tさんのおかあさまが経営するスナックで、今日一緒に跳ねに連れてってくれるEさんとご対面。浴衣のあちこちにうるさいくらいに鈴付けて、三つ編みにまで鈴付けて、派手な花笠をかぶると立派なハネトが出来上がり。ステップ? を教わって、さあ、行くぞっ。

 車道には道幅いっぱいの山車がねり、歩道はこれから跳ねようというハネトと観光客で溢れかえらんばかり。ちゃんと花笠かぶってるもんだから観光客が一緒に写真撮りたがる。私たちも観光客なのにね
 Eさんに連れられて、列に入る。
 怪我する人も出るというねぶた、初めから終わりまでずっと跳ねてるわけじゃなくて、時々そのあたりに散らばってるリーダー格のおにーさんが中心になって跳ねる輪が出来る。ラッセーラッセーラッセーラって自分が青森でちゃんとハネトの格好してかけ声出してるなんてなんだかウソみたい。ずっと跳ねてると歩けなくなるよと言われても、やっぱり跳ねちゃう。

 メイン会場はR4県庁前あたり。道幅が広いほうがねぶたの武者人形の大きさが映える。なんだかその辺でTV局が取材してるなあと思ってるうちなぜか私の前にマイクが。楽しいですかーと聞かれたので、楽しいっ! と答える。Eさんが、私たちの事をアナウンサー氏に言ったので、なんと私はインタビューされてしまったのだ。これ東京で放映するんですか、って聞いたが地元のローカル局なので(RABって言ってたかな)東京じゃ見られない、残念。でも本当に私TVに写ったのかなあ。嬉し恥ずかしねぶたの思い出、である。

 運行順路の終る少し手前で列から出る。初めてのねぶたはここが終点。冷たいビールでお疲れ様の乾杯をする。動かないでいると寒いくらいの気温だけど、ビールがおいしい。4人はすぐには帰る気になれず、いつまでも武者人形の運行を見ている。あっちこっちでまだ跳ね足りない若い子たちが、歓声をあげてる。私たちも跳ね足りないね。
 最後の山車が通り過ぎ、今夜のねぶたは終わり。そのとたんあんなにいた観光客が、クモの子を散らすようにいなくなる。あちこちにころがっている鈴、なぜか草履まで落ちている。鈴を欲しがる観光客に、外してはあげる。長寿のお守りになるらしい。

 お店に戻って、もいちど乾杯。しばらく飲んでお店を出る。帰る途中で食べたラーメン、おいしかったなあ。お腹一杯で残しちゃったのが悔しいけど、チャーシューがステーキみたいにでっかくておいしい。縦7横15厚さcmはあるよ絶対。メニューはシナそば1種類で、おまけに安い。東京であれ食べたら1500円はすると思う、それが550円! また食べたいなあ。(たしかアスパム?の近くだった)

 帰りの車の中ではついつい居眠りしてしまう。こんな充実した気持ちいい疲れって久しぶり。20年来の夢を叶えられた自分にもちょっと感動して、ああもうこの夏一番の幸せな一日だ。Tさんのおかあさまのおかげですね、一同感謝してます。

 ちなみにこの頃にもすでに「からすはねと」は存在したらしくて、正式な格好をしない人たちがいてこまったもんだ、と話していたのを聞いた。今ほどひどいありさまじゃなかったんだな。