わたしも街道をゆく／1991年／東北へ

わたしも街道をゆく　1991年　東北へ

1991年8月2日　鶴岡から秋田へ　本日の走行距離209Km

羽黒山へ

　疲れすぎてたせいなのか、昨夜は全然眠れなかった。

　疲れの取れない体に鞭打つように、今朝も雨。ユースの周りには合歓の花がいっぱい。鶴岡や雨に西施がねぶの花だ、まったく。雨の上がった隙に出発しようとすればまた降ってくるし道は間違えるし、もう…。

　Ｒ７、１２と再び鶴岡市内を通り抜け、道路をまたぐでっかい鳥居をくぐって羽黒山へ。道の両側に広がる深い森、こんな所に人が住んでるんだろうかと不安になるほどに人気がない。時折、宿坊の看板が目につく。目指す五重の塔への看板を左折すると、ますます森が迫ってくる。修業中の山伏たちの姿が木々の間にのぞけるような気さえする。
　山門まで行くとお土産物屋さんがあったりして俗っぽいけどほっとする。随神門をくぐって、幅のちっとも揃っていない石段を下りていくと、鬱蒼とした杉木立の中である。湿った空気のせいなのか、緑の深い匂いが気持ちいい。左右に小さなお社を拝みながら行くと滝。滝壷は小さいながらもどっかりと、不動明王が守っている。
　木立の向こうに見えてきた、国宝五重の塔。素木造りの塔が風雪に耐え、すっくと立っている。平将門創建、その後再建されたといったって、室町時代、足利義満が将軍だった頃である。室町から戦国へ、そして全国統一。太平の世を経て明治維新、近代化。戦争の暗い時代から今へ、６００年以上の間、全てをここで見ていたんだ。

　塔の周りには小さな石仏、かつてはなにか形のあるものだったような苔むした岩。ここで修業を積んでいれば凄いパワーが得られるに違いない、そんな気がしてくる。草の間を這う蛇さんも、神様のお使いかしら。

手抜き参詣人御用達……ではありません

　本当はここからずっと参道を歩き三神合祭殿に行くつもりだったのだが、この天気。小降りだけどずっと降っているんだもの、ちょっとズルして、羽黒山有料道路を登っていく。でも少しは修業の辛さを知れと言うことなんだろうか、霧で前が見えない。コーナーがどこからカーブしているのかも見えず、ひと苦労。やっと着いた駐車場はやけにだだっ広い。バイクはここに、と指示された所は、駐車場のど真ん中。たしかに満車の時には無駄なスペースで、バイクを停めるくらいしか使えないのかもしれないけど、こんなに空いてるのに。入ってきた車にぶつかられそうで心配になる。

　さてお参りを、と思ったところで雨がひどくなってきた。ああもう帰りたいよ、でもここまで来たらお参りをしていこう、と気分を奮い立たせて雨の中、歩き出す。もちろんカッパは脱げないまま。子供連れのオジサマに傘に入れていただき、三神合祭殿へ。

　ここには羽黒山とともに雪の季節には参拝できなくなってしまう月山、湯殿山も祭られている。有り難いことにここに詣れば三山とも行ったことになるそうだ。見上げれば屋根が萱葺で、その厚さはなんと２ｍ。いやたいしたものである。
　出羽三山を開いたのは、崇峻天皇の子、蜂子皇子という。彼の陵もここにある。石柱に囲まれた陵からは大きな杉の木が真直ぐに伸びている。蜂子皇子の魂を養分に育った杉なのかと思う。ちょっと怖い。

神域で殺生しちゃいけません

　雨に濡れないで見ることの出来る所、歴史博物館を見学することにする。その前にカッパを脱いでちょっと休憩、ジュース飲もうっと。ジュースを取り出そうとするまで全然気づかなかったけど、でっかい蛾、全長１５㎝はありそうなのが自動販売機に止まってた。きれいな薄いブルー。でもなんせ蛾とか蝶とか苦手だから、取り出し口に手が伸ばせない。気が付いてなかった時は平気だったのに。やっとの思いでジュースを取った。
　そこに来た観光客のオジサンオバサングループ。オジサンの一人が蛾を手で払ってしまい、雨の当るところに落ちてしまった蛾は動かなくなってしまった。どうしようこのまんまじゃ、あの蛾死んじゃう。でも触る勇気はない。オジサンひどいよ、神域で殺生していいと思ってるの？　バチ当っても知らないから。でもしばらくしたらぱっと飛んでいった、ああ良かったねえ。

　歴史博物館、受付のおねえさんが、濡れたカッパとヘルメットを預かってくれる。ありがとうございます。こういう親切がとくに雨の日には身に染みる。

　腰のあたりの動きがちょっと色っぽいインド風な仏像や、手の平に乗るような小さな仏像。小さな仏様たちは顔や細かいところがすっかり磨り減ってしまっている。修験者たちが持っていたんだろうか。神仏習合やら廃仏毀釈やらで神道だったり真言宗、天台宗と立場が時代によって違った出羽三山、いつ頃の人たちが持ってたんだろう。
　蜂子皇子画像はいつの時代に描かれたものなのか、アニメに出てくる悪者みたいな、それも動物っぽいふうに描かれているのはなんでなんだろう。勉強しなくちゃ判らない。悪い人だったの？ちょっと気味悪い風貌だけど、今ふうで面白い。
　三神合祭殿の前にある鏡池は、たくさんの鏡が発見されたからそう呼ばれている。平安の昔から、祈りをこめて自分の身代わりとして鏡をこの池に納める信仰があったそうだけど、今こうして池から引き上げられてしまった鏡の持ち主たちの願いはどうなってしまうんだろう。平気なんだろうか…。

やっぱ夏のツーリングはお天気よくないとね

　さてそろそろ出羽三山ともお別れである。ここはどんよりしてるけど、これから向かう下界には日が差しているのが見える。早くあそこに、お日さまの下に行きたい。もうわくわくしてきちゃう。

　Ｒ７は夏。晴れた空がまぶしいっ！　やっと夏のツーリングらしくなってきた。嬉しくてヘルメットの中で顔が自然に笑ってる。うへへ。

　山形県と秋田県をまたぐ鳥海ブルーライン、お天気良くて気持ちいい。山形側は楽しいワインディングが続く。そろそろ頂上かなという見晴らしの良さそうなあたりに何台か車が停まっている。大したことないよね、というオジサン（は失礼だな、まだお若そう）と話をする。ここは頂上ではなくて、ここから登山道を登ったところが山頂なんだって。なあんだ。それに日本海が見えるあたりももやってて、視界が悪い。そうは言ってもここだって標高１０００ｍ以上はあるんだけど。
　少し行くと県境。秋田県に入る。ビジターセンターで冷し中華を食べ、どんどん下界へ下りて行く。秋田側の方がカーブがきつくて一所懸命になる。

　だいぶ下ってきた頃、眼下に象潟（ちなみに「ぞうがた」ではなくて「きさがた」です）の平野が見えた。田んぼのそこここに小高い丘。ああ、あれがかつては島だったのか。今見ているあそこが海だったなんて信じられない。地震で干上がってしまったそうだ。そのかつての島の一つには、蚶満寺がある。観光客気分で来てしまったけど、本堂ではお葬式の準備、なんだか申し訳ない。

　ここは芭蕉で有名なところ。境内の裏手に廻ると、一つ一つ表情の違う石の観音さまや木登り地蔵、これは木の幹のふたつに分かれたところにいらっしゃる。敷地の端にはここがたしかにかつて島だったことを裏付けるように、舟つなぎ石がある。芭蕉や西行法師もここに舟を付けたんだろうか。田んぼに向かい、海だった頃の風景を想像してみるけど難しい。
　かなり古そうな山門の外には、合歓の花が盛り。白とピンクの糸のような花弁が揺れている。国を滅ぼすほどの中国の美女を思い浮べるのもちと難しいが私は芭蕉翁ではないので仕方ない。

　途中でオバサンをはねそうに？　なったりしながら（あれはあっちが絶対悪い）秋田に到着。自販機コーナーにビールがないサンルート秋田、室内の冷蔵庫のビール、３本とも飲んじゃっていいのかなあ。