わたしも街道をゆく/1989年/中国地方へ
わたしも街道をゆく 1989年 中国地方へ


1989年8月14日 松江から丹後半島へ 本日の走行距離273Km

大きな砂場、鳥取砂丘

 夜のうちに雨が降ったらしく、地面が濡れてる。嫌な天気。
 出雲大社でも会ったTくんと出発、米子までは一諸に走る。(年賀状のお付き合いが続いています。結婚して赤ちゃんが産まれたという頃に阪神大震災。彼らは神戸市長田区に住んでいたので、本当に本当に心配したものでした)

 雨が降っていないからと安心してカッパを着ないで走っていた私。ジーパンの裾そして靴の中まで濡れてしまう。お腹も空いたし、けっこう寒いなあ。カップコーヒーの販売機前で休憩、そしてカッパもやっと着た。
 なのに走っていくと路面が乾いてきた。せっかく着たんだから少しは降ってくれないとつまらない。と思ってたせいか、時々雨が落ちてくる。でも海の彼方に目をやると、水平線の近く、海と曇り空の間に青空がのぞいてる。

 鳥取砂丘に着いた時にはもういいお天気で嬉しくなっちゃうほど。もどかしい思いでカッパを脱いだ。
 風紋がさぞかしきれいなんだろうなあと思いきや、足跡の嵐。これじゃただの広い砂浜だ。海に向って広がる丘陵は見渡す限り観光客で埋まってる。アリンコみたい。お盆休み、しかたないか。

 馬車がいる。大きな荷台を付けられて、たくさん人を乗せ、黙々とうつむいて歩いている馬、なんだか悲しげな目をしていた。

 砂に足を取られながら砂丘を登る。息がきれる、苦しい、体力ないなあ。やっとの思いで頂上に着いた。眼下には日本海だ。吹いてくる風が汗ばんだ体に気持ちいい。
 所沢から来た二人連れとお話をする。ちょうどお昼、一諸に食べましょう、という事になって、砂丘を歩く。あんまり早く歩かないでよー。ゼーゼーしながら付いていく。

夏の音

 カレーライスを食べたら、快晴の空の下元気に走ろう。R9からR178に入ってすぐ、国道をそれると浦富海岸だ。
 リアス式に入り組んだ岩場の上を走る。暑い日差しの下、バイクを停める。エンジンを切ったとたん聞こえてくる、波の音、鳥の声、蝉の声。ああもう涙が出るほど、夏のツーリング。「音」は持って帰れないのがくやしい。エンジンを掛けるのがもったいないけど、そうしなきゃ前に進まない。心の中にしっかり録音した。

 浜坂から少しの間、山あいを走り、海に出たところが余部。そうあの大風で列車が転落した、余部鉄橋があるところだ。山陰本線は単線だから、線路も1つ、見上げると綱渡りのロープみたいに心細い。あの事故まで何も起こらなかったのが不思議。亡くなった人たちの冥福を祈りつつ、鉄橋の下を走り抜ける。

 ワインディングが好きな人ならとっても喜びそうな、但馬有料道路。景色も爽快、断崖の下に海がある。でも景色がいいところに限ってちょうどコーナーだったりして停まるに停まれず、一所懸命走る。

 『城ノ崎にて』の城崎温泉を通り越して丹後半島へ。ただの京都府のコブぐらいにしか考えてなかったのだけど、行ってびっくり、松林の向こうに広がる海岸線は、上品で静かなたたずまい。基礎知識がなかった分だけ、いい景色に出会えると嬉しい。明日も楽しみだなあ。
 ユースではチェーン張りを試みるも、最初にはずすべきネジすら自力ではずれず、結局やってもらった自分が本当に情けない。とほほ。

 隣の広場では盆踊りをしている。洗濯をしながらボーッと眺めた。