わたしも街道をゆく/1988年/四国へ
わたしも街道をゆく 1988年 四国へ

1988年5月7日 高知から高松へ 本日の走行距離151Km

 あんまりおいしくない朝ご飯を食べながら、天気予報から目を離せない。雨の確率90%だって、ああ、きのうおとといのあの五月晴れは一体どこに行ってしまったの。
 Uくんとは金比羅さんまで一諸に行くことにする。そのあと私は、もう明日には東京に帰るので、できたら瀬戸大橋を越えて本州に戻りたい。
 降りだす前に出発したいのでせっせと準備。カッパすぐ着られるように出しとかなきゃいけないね、なんて言ってたら、来たあっ、雨だ。ああ。

 お名残惜しい高知の街を後にR32を走り、琴平へ向かう。
 途中には、大歩危小歩危やかずら橋など観光名所がいっぱい。なのにこの雨ったらどんどん雨脚が強くなってゆく、元気いっぱいだ。
 約100km、ただひたすら走って、金比羅さんの門前に着いた。雨の中でカッパを脱ぐのはいやだけど屋根付きの駐車場なんてないよな…と思ってたらあった。お土産屋さんの中の一角にスペースがある。帰りになんか買えばいいよね。傘までお借りして、金比羅参りにいざ出発。

 覚悟して登り始めた石段、なんたって本宮まで785段あるんだから。Uくんなんて毎日お昼休みに金比羅さんの石段を上るために訓練してたって言うし。
 しかし予想を裏切って、本宮まで難なく(もちろん疲れたことは疲れたけど)登れちゃった、途中でお茶飲んで休憩したけど。(その喫茶店に面白いものがあった。なんらかの理由で本宮前で写真を撮れない人たちのためなのか、でっかい本宮前の絵が描いてあるステージみたいなものがあった…あまりうまくはない。)

 金刀比羅宮の本宮は、彩色がかなり派手だ。諸国からの老若男女で賑わっている。
 ここまで上ればもっとぼろぼろに疲れているはずだった私達は、なにか物足りないものを感じた。ここから更に538段の彼方にある奥社まで、この際だから行っちゃおうか。

 高くなるにつれて霧が深くなってゆく。ここまで来るとあんまり人もいない。霧の中で街灯が、ぼうっとときどき点いたり消えたりして気味悪い。
 さすがに上り甲斐があった。合計で1000段以上あったんだから。ここまで来てお願いしたことは絶対叶えてくださいね。明日は晴れますように。

 一気に下まで下り、お昼を食べてからさっきのお土産屋さんに戻る。なにか買わなくちゃ、と言ってももう桂浜でいっぱい買ったので、買う物がない(それにろくな物が置いてない)。さんざん迷った挙げ句にキーホルダー1個、思いっきり厭な顔されちゃった、ゴメンナサイ。

 さてとこれからどうしよう。本当は瀬戸大橋を渡って本州に行きたいんだけど、もう走りたくなくなった、それにこんな雨の中で瀬戸大橋渡るのはもったいない。Uくんは、屋島の国民宿舎に泊まろうかと思っているんだけどそうする? と言う。うーん、そうしようかな。
 でも国民宿舎は満室。じゃあ高松でビジネスホテルでも捜そうか、ということになる。
 あいも変わらない雨のなか、ほんの30km位なのにものすごく遠く感じる、信号で停まるたんびに顔を見合わせて、疲れたあ、もう走りたくない、とぼやく。

 やっと着いた高松の街、栗林公園も見たかったけど、今回はお預けだな。駅前でビジネスホテル捜し、思ったよりも都会的な高松駅前をカッパ姿でヘルメットも脱がずにうろうろする2人、ちょっと恥ずかしい。
 電話で見つけたビジネスホテルにようやくチェックイン、ああしんどかった。

 ひと風呂浴びた後、『豚太郎』というこのあたりでよく見かけるチェーン店のラーメン屋でみそチャーシュー麺を食べる。味が薄い!東京で食べるミソラーメンってドロドロしてるっていう感じたけど、これは薄い。チャーシューもハムみたい。土地によって本当に違うよね。
 ビールを買って帰り、しばらくおしゃべりした後、失礼して、お休みなさい。明日は早いゾ。


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