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13-4 ジャングル物語の系譜6 有尾人(1939年)

小栗虫太郎作「有尾人」。

「少年王者」の中に砂漠で生きている有尾人が出てきます。福島鉄次の「砂漠の魔王」にも有尾人が出てきます。 手塚治虫にも「有尾人」という題名の作品があります。

これらは、小栗虫太郎作「有尾人」昭和14年の影響を受けていると思います。「有尾人(ホモ・コウダッス)」は 十三篇からなる短編連作「人外魔境」の第一作です。

他の短篇の題名を見ると、「大平洋漏水孔(ダブックウ)漂流記」「水棲人(インコラ・バルストリス)」「畸獣楽園 (デーザ・バリモー)」「第五類人猿(アンソロポイド)」「地軸二萬哩(カラ・ジルナガン)」といった奇怪な 名前の連続です。みなラテン語のルビをふっており、衒学趣味に満ち満ちています。

これらはみな、いわゆる秘境小説です。地球上には我々の想像を絶する、秘境がある、そのものすごい環境を描く のを、小説の主眼としています。

また、そこには、文明人の知らぬ、不思議な動物が棲息している、その動物の奇妙な形態、生態を描くのを主眼と しています。

山川惣治がアフリカやインドの物語を始めるとき、「暗黒大陸といわれたアフリカには、まだ文明人が足を踏みいれた ことのない、原始の密林が広がっています。」などと書くのは、小栗の秘境小説が最右翼にあるのを、多少意識して いるでしょう。

「有尾人」をちょっと読んでみると、ものすごい悪文です。最初は、ふつうならこう書くところだろう、といちいち 頭の中で翻訳して読んでいきました。精神衛生のため。

結局受験勉強するような気持で「有尾人」だけ読みました。舞台が物凄い割には、お話はむしろ古風です。有尾人は 主人公の友達であり、けっして怪物ではありません。アフリカの人類未踏地帯(テラ・インコグニタ)の探検の話です。 秘境探検に行くと、怪物・有尾人が出てきて大暴れ、というお話ではありません。

アーサー・C・クラークの小説にストーリーはさっぱり面白くないが、壮大な景観の描写はすごいというのが、しばしば あります。それに近いと思います。読者はだれに感情移入したらよいか、わからない。ヒロインをすきになったらいい のか、冷ややかにみたらよいのか、わからない。登場人物はあやつり人形のようです。「舞台が主人公」の物語です。

ひとつだけ、山川惣治が確実に真似したと言える箇所がありました。アフリカの秘境「悪魔の尿溜(ムラムブウエジ)」 の上空では気流が悪く、飛行機が近寄れない、という記述がありました。「少年ケニヤ」で、ナチの秘密の工場が 飛行機で発見されないのは、上空の気流が悪いためであると説明してあったのは、「有尾人」から拝借したもので しょう。ただし山川惣治は、フォン・ゲルヒンに窓をあけさせて、一面の雲におおわれた空を指差して説明させて います。語り口は山川惣治のほうがずっと洗練されています。

秘境の描写もすごいですが、名前もすごい。悪魔の尿溜(ムラムブウエジ)と聞いただけで、そんなところへは、 行きたくなくなります。


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