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12-5-2.なぜ絵物語はマンガに負けたか2

手塚治虫の「ケン一探偵長・放射能アブ事件」のラスト。このコマ運びをみてみましょう。右上 から左下へと読んでいきます。


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ソボレフ博士は放射能アブを格納した天文台を時限爆弾で爆破してすべての証拠をなくそうとします。ケン一や 警官隊はいそいで天文台から退避します。(コマ1)
ところがマウスボーイだけは逃げず天文台によじ登っていきます。(コマ2)
ケン一は下からマウスボーイに逃げろと叫びますが、マウスボーイは逃げません。(コマ3)
登りきったマウスボーイはソボレフ博士と撃ち合います。どちらが早かったか、わかりません。(コマ4)
ソボレフ博士は倒れており、マウスボーイは倒れているものの、まだいきており、時限爆弾を拳銃でねらいます。 (コマ5)
拳銃は発射され、時限爆弾は破壊されますが、マウスボーイはそのまま気を失ってしまいます。(コマ6)

映画のクライマックスのような瞬間を手塚治虫は易々と描きますが、これを絵物語で書くとどうなるでしょう。マンガ では6コマ使っていますが、絵物語はせいぜい2コマです。したがって最初の3コマを一つにしたものと、最後の3コマ のうち、第5のコマのみ描く事にします。地の文では、マウスボーイの心の中に入っていくことします。これはマンガ ではなかなかできません。

習作絵物語「天文台ドーム上の死闘」へ

「ケン一探偵長・放射能アブ事件」のラストは山川惣治の「魔獣トルーガ」のラストをちゃっかり拝借しています。 手塚治虫が「魔獣トルーガ」を読んでいるのは、「銀河少年」の中に、「まじゅう」という言葉が出てくることから 明らかです。この変な造語が他の作品で使われるのを読んだことはありません。「魔獣トルーガ」で主人公が敵に むかって引き金を引くと同時に気を失ってしまうのは、「ケン一」でマウスボーイが時限爆弾を撃って破壊すると 同時に気を失うのとそっくりです。発表の順序からして、手塚がマネしたものと思います。しかしそのインパクトは マンガのほうが言葉で一切説明しないためにかえって強いように思います。とくにいつ爆発するかわからない時限爆弾 を負傷しながら拳銃でねらうマウスボーイの執念というか、ガッツはものすごい。そのため、最後のコマの効果が「魔獣 トルーガ」以上になっています。マネしたほうがよくできているとするとおそろしいことで、マンガの形式のほうが 絵物語よりすぐれていることになります。

ストーリー・マンガでは細かくコマを割って、無言のシーンの連続により、語らずして語ることができます。これに 対し、絵物語はあくまで語りにより、筋を進ませなければなりません。また、すべての瞬間を絵に書くことは できません。したがって絵で説明していない瞬間が出てきます。絵を見せずしてその瞬間を想像させる、これが 絵物語の要諦です。しかし地の文で説明してしまうために、なにも語らず、重要な一瞬を数枚の絵でしめすだけ のマンガに負けてしまう瞬間があると思います。

「ケン一探偵長・放射能アブ事件」では、このあと病院での感動的なラストが続きます。雑誌連載時には、 「ペロ大統領の秘宝事件」があとですが、全集では順序が入れ替わって「放射能アブ事件」が最後になっています。 「火星の土地事件」などは収録されていません。作者が「放射能アブ事件」のラストを気に入っている証拠と思います。

マンガのコマとコマの連続の仕方については前述のスコット・マクラウド著「マンガ学」の中で、もっと明快に解説して あります。コマとコマの間にわたしたちはドラマを見るのです。コマ運びの手法を捨てて、絵物語はもっと感動的な ドラマを語ることができるでしょうか。

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