12-3-3.吹き出しを持った絵物語3
宇田野武の「醍醐天平」。
絵ゴマの外の地の文と、絵の中の吹き出しの共存。リアルな筆致のペン画。
ある意味では山川惣治以上にリアルで、地味で、美化がすくなく、古風でした。
右のコマの「犬山はついに・・・」というのは吹き出しではなく、地の文であって、絵のはじっこにかきこまれていま
す。これはまんがでよく説明の文を書き込む場所です。
左のコマで主人公に向かっていく書生(お嬢さんの柔道のコーチ)と、主人公と、投げ飛ばされたお嬢さんとの3人の
吹き出しをごらんください。これらはいずれも相手に向かって言われたせりふではないのです。書生のセリフは口に
出されたものとしてもいいですが、あとはそれぞれの人物の気持ちを説明しているのです。なげられたお嬢さんは、
強いなあ、
何段だろうと口にだしては言いませんが、そんな気持ちでみているのです。主人公も「こうなったらやるぞ」と口に
出して言っているわけではありません。そう思っているだけです。吹き出しはまったく説明的なものです。
地の文に「今度はおれだとばかりに犬山は怒り狂って天平にむしゃぶりついてきました。天平も、こうなったらやるぞ
と覚悟を決めて犬山と組み合いました。お嬢さんは今まで、こんなに見事に投げられたことがなかったのでかえって
感心してしまいました。さすがのお転婆も、思わず手をついたまま、つよいなあ、何段だろうとあらためて天平を
見ました。」とあって、絵には吹き出しをかかないのが山川惣治流正当派絵物語です。しかし地の文を読んでから
絵をみるより、絵の中の吹き出しに登場人物の気持ちが書いてあったほうが即物的で、一瞬で事情がわかります。
吹き出しをつかったほうがスピーディーなわけです。
まん中の地の文「天平は女のくせに・・・」は、左のコマで天平がお嬢さんを投げたことを遅れて説明し、ついで
右のコマで書生犬山がおこって組み付いてきたことを先に説明しています。ここは急にゆっくりになり(字を読むほう
が時間がかかる)、しかも前後のコマを同時に説明しているわけでして、緩急のタイミングがまことにぎごちない。
前のコマで犬山がおこってしまったことを書いてあるのにもう一度繰り返したりしています。
私はこの作者の絵物語が好きなのですが、なぜすきかというと、このコマの運びと地の文の説明が、まことにぶっきら
ぼうで訥弁で、何がおこっているか、よく考えないとわからないのがいいのです。場面の展開も、どういう道を通って
次の場面になるのか、上手な作者ならときどきその場の全景を出したりして、雰囲気をもりあげるのですが、この人
のはものすごく省略していて、前衛映画を見るようなのです。
しかしこの作者の「月影四郎」(少年画報付録)はよかった。惜しくも風呂の焚き付けにしてしまいましたが、浅慮
でした。訥弁でも感動は伝わるわけです。この作者はえらぶったり、格好をつけたり、権力に媚びたりするところが
全くない。寒々とした景色を背景にかくことが多かった。華やかなところがないので、おそらく人気は出なかったでし
ょうが、私は好きでした。ご存じの方がいらっしゃるでしょうか。
この作品のように絵物語の中には、台詞のはいった吹き出しを持っていて、まんが並みのスピーディーな展開を
こころがけるものもありました。しかしそのような絵物語でもコマの外の地の文をなくすまでには至っていないものが
多く、手法的に混乱していたと思います。