12-1-1.リアルな細密画と単純化した線画 1
杉浦茂はナンセンスまんがの「巨匠」として有名ですが、かれのまんがの特徴は、徹底したナン
センスの他に、リアルな背景と極端にデフォルメした登場人物の奇妙な対比があります。
最近のまんがでは絵物語風のリアルな細密画と、極端に省略した、まんがらしい絵とが組み合わされた作品は珍しく
ありません。杉浦茂はこのような組み合わせを最初に試みた張本人です。杉浦作品をはじめとして、この二つの描法を
組み合わせた作品をいくつか見てゆくことにしましょう。両方の描法の意味がよくわかると思います。
筑摩書房刊・杉浦茂マンガ館第一巻「知られざる傑作集」の解説で荒俣宏は杉浦作品に見られるこの特徴のルーツは
杉浦が戦前に書いた通俗解説まんが(学習まんが)「コドモ南海記」にあると指摘しています。
「コドモ南海記」の絵(いちばん上の絵)をみると、リアルなタッチでかかれた大海原と帆船の絵に、極端にデフォルメ
され、簡単な線画で表現された主人公が一緒に書き込まれています。すでに戦前から、絵物語風の細密画
と漫画の極端に省略された線との組み合わせが作品になっていたのです
「コドモ南海記」は啓蒙的な本ですので、帆船や飛行艇や土地の家などは正確にかたちを伝え、デフォルメなどは控え
なければならなかったのでしょう。これに対し、主人公の子供たちは、読者が親しみやすいまんがらしい書き方をした
のでしょう。このとき作者はまだ両者の対比による奇妙な効果などはねらっていません。
ついで杉浦茂の戦後の作品をみると、「アップルジャムくん」の中にジャム君たちがジャングルでであう、巨大
な飛べない鳥が書かれています。前世紀の肉食の鳥であるディアトリマがジャングルの中には居たという設定なの
でしょうが、この鳥が陰影をつけた、絵物語によくみられる手法でかかれており、そのためか、いっそうこわそうに
見えます。
鳥の陰影の付け方は、影の部分を塗りつぶして、コントラストの強い画像をつくった部分と、絵物語風に細かく陰影
をつけた部分があり、全体として、絵物語より簡略化し、まんがになじむ形式にしています。絵物語風におどろおどろ
しくしていますが、よく見るとやっぱりマンガの線なのです。
ジャングルの中のうねって真横にはえたような木も、陰影がつけられています。ジャングルの中の気味悪さを表現し
ていると思われます。
この「アップルジャムくん」は「少年王者」の下の余白に書かれていました。「少年王者」は単行本にしたとき、正方形
になるよう、雑誌のページの上80%しかつかっていませんでした。「少年王者」は2色刷りだったので、
「アップルジャムくん」も2色刷りでした。当時の雑誌では毎回2色刷りは破格の扱いです。しかし余白にかかれている
ことにかわりはありません。「ジャムくん」のすっとぼけたまんが
の上では、山川惣治がウーラが髪を振り乱したようなおどろおどろしい場面を展開していたのでした。杉浦茂と山川
惣治は1908年生まれの同年です。同年の作家が活躍する誌面の余白を利用して杉浦はまんがを連載していたのです。
ちょっと絵物語のパロディをかいてやれと杉浦が考えても不思議ではありません。
怪鳥の迫力とはうらはらに、「いけないやい」というセリフが杉浦茂のとぼけた態度をあらわしています。
(夏目房之介氏は杉浦茂の絵物語タッチの怪物がしばしば滑稽なセリフを吐くことを、「風雲マンガ列伝」
小学館2000年刊の中で指摘しています。「別冊太陽・少年マンガの世界 1」の中でも野口文雄氏が同様の指摘を
しています。)