作品論16-5
少年ケニヤの登場人物4 ワタルの父親村上
村上もまた「少年ケニヤ」になくてはならぬ人物です。全十三巻の冒険は主人公ワタルが父親村上に出会わんが
ためにやむを得ず行うのですから。
しかしそれだけではなく、村上には物語の中でもっと重要な役割をもっています。
最初のうち、村上はポラ族のやりをふとももに受けて、長いあいだ養生しています。まったくいいところなしです。
つぎにナチのフォン・ゲルヒンに救われますが、そのへんから村上のいいところがでてきます。その後も土人につかま
っては助かることをくりかえして、あまりぱっとしませんが、だんだん活躍するようになります。
村上は文明人が野生のアフリカで生きていくのがいかに大変かをしめす役割を演じているのです。新聞の大人の読者
の共感を得る役目をしているともいえます。
村上は次第に密林生活に適応して、活躍するようになります。ワタルは子供なので適応が早く、物語のはじめのほうに
ジャングルで生きる能力を身につけてスーパーマンになりますが、その後の成長はあまりありません。村上は大人なの
で、適応に時間がかかりますが、物語のはじめと終わりでは随分印象が違います。
「少年ケニヤ」はワタルの成長の物語ではなく、父親村上の成長物語なのです。
村上が土人たちのために毒蛇退治にいくとき、自信無げに承諾するのです。そして最後に拳銃で撃ってもあたる状況になっても、
用心して小銃を使うのです。そして、凡人らしく、「ああ退治した、よかった」と思うのです。太い溜息がでて、緊張が
取れると、タバコがのみたいなーと思うのです。それと同時に「ああもう半年にもなる。ワタルどこにいる」とつぶや
きます。折角再会したのに、また別れてしまったのです。読者はワタルの父親の手柄に喝采せずにおられない。それと
ともに子を思う父親の気持ちに同情せずにおられません。
最後にワタルと村上がどうして出会うことができたか、そのエピソードを思い返してみると、「少年ケニヤ」が村上の
成長物語であることがいっそうはっきりするでしょう。「少年ケニヤ」は単なるエピソードの繰り返しでなく、長編
小説にふさわしいゆるやかな大きな流れを持った物語であることがわかります。小説としてもざらにはない成功を納めて
いることがわかります。