作品論16-3
少年ケニヤの登場人物2 ゼガ
ワタルの師であり、友達でもあるゼガは「少年ケニヤ」のもう一人の主人公といってもいいくらいです。
ゼガはワタルを訓練して投げ槍の名人に育て上げ、アフリカで生きていくのに必要な体力をつけさせます。これは
「少年王者」ならゴリラが、「少年タイガー」なら猛虎「アジアの女王」が受け持った役割です。ゴリラや虎が人間の
子供を育てるのはたいへんロマンチックであり、それにくらべて、アフリカ人が日本人の子供を訓練するのは、
ずっとリアルです。「少年ケニヤ」の基本設定は「少年王者」や「少年タイガー」に比べてずっとリアルなのです。
「少年ケニヤ」第一巻を読むとゼガがやせた得体の知れない老土人として登場してきます。その後だんだんゼガという
ものが読者にわかってきます。最初はこんな感じでワタルの前にあらわれたのかとなつかしく感じます。
ゼガはペン画の名手である山川惣治自身の投影かもしれません。山川惣治は修行の時期
が長く、小松崎茂より七つ年上なのに小松崎と一緒に樺島勝一先生の使い走りをしていました。したがって少年王者
で人気が出た頃は相当ベテランになっていたと思います。「ゼガは長年の経験と勘で---」というような、経験と
いうものを重んじる文章がでてくると、ベテラン山川惣治の思い入れが入っているような気がします。
あるいは作者が修行時代に尊敬していた絵の名人(たとえば山川以上にペン画の名手であり、教養もあった樺島勝一)
から受ける感じをゼガに注入したとも想像できます。ゼガは修行を積んで達人となった人間の素晴らしさを具現して
います。ゼガはけっして権力を持とうとしません。権威を持ってせまろうともしません。修練を積んだ一個人の実力を
示すだけです。
このような魅力的人物はマンガの世界でもあまり描かれていません。
「少年ケニヤ」のすばらしいところは、誇り高いアフリカ人、剛勇ゼガが文明に接するところが描かれ、まことに
ゼガのゼガたる態度が示されることです。
ゼガがインド商人に大金を渡して、盗んだ金と誤解されたとき、どうしたか。
2.3年前、テレビでアフリカかニューギニアで、原始そのままの暮らしをしている村に日本人の若者がホーム
ステイをする番組がありました。若者たちのために村長さんは弓矢でサルをとって丸焼きにして、ごちそう
します。しかし日本人の娘などは気味が悪く、かわいそうで、サルが食べられません。最後にテレビ局の
スタッフは裸でくらしてきた村長さんを日本につれて来ます。村長さんは自動車やネオンサインに驚愕してしまい、
こんなすばらしい国に住んでいるひとに粗末なもてなしをしてすまなかったとあやまります。私はその番組が非常
に残酷なように思いました。
それと同時に「少年ケニヤ」の中で汽車にゆられて憮然たる表情であったゼガの態度というものは山川惣治の全くの
創作であることがわかりました。余程の自信がないとそのような態度は取れないのです。ほんの少し前まで終戦直後の
日本人は占領軍にぺこぺこしていました。日本人はもっと毅然たる態度をしめしてもいいのじゃないかと作者は考え、
文明社会に対しても卑屈な態度をとらないアフリカ人を創造したのではないでしょうか。
はじめて紙幣を使ったゼガがワタルとケートのために何を買ったか。
ゼガがはじめてジープや汽車に乗ったとき、どういった感想を持ったか。
このような描写があるためゼガの人間像がいっそう深く理解され、魅力ある姿になっていると思います。