作品論10 銀星
桃源社が昭和50年(1975年)に復刻版「銀星・ノックアウトQ」を出版してくれたおかげでわたし
は往年の名作に出会うことができました。
そのころ、大学生も漫画を読む時代といわれ、筑摩書房の漫画選集「現代漫画」が1970年に、同じく「少年漫画劇場」
が1971年にハードカバーで出版されました。後者は戦後の少年まんがの代表作をあつめたもので、先日亡くなった
馬場のぼるの傑作「ブウタン」なども含まれていました。この「少年漫画劇場」の第1巻に絵物語「少年王者」と
「大平原児」が、第2巻に「砂漠の魔王」が収録されていました。おそらくこれがきっかけとなって、桃源社の復刻
シリーズが出版されたものと思われます。
野生馬・銀星の物語は、桃源社版の解説によると、「少年王者」の出版の翌年の昭和23年(1948年)から「漫画少年」
に連載されています。銀星の絵をみると「少年王者・おいたち篇」ほど洗練されていません。おそらく山川惣治は
「銀星」には「少年王者」ほど時間をかけられなかったのでしょう。
山川惣治の素晴らしい絵は、作者が十分の準備と仕上げの時間を与えられたときに出来上がることがわかります。
「銀星」と「少年王者・おいたち篇」の絵には、共通する特徴があります。それは空にペンを入れず、空白のまま
残してあることです。そのため、後年の作品にくらべると、書き込みが不足しているような感じがしないでもあり
ません。しかし「銀星」を読み進んでいくと、ニューメキシコのぬけるような青空が見えてきます。空白がかえって、
銀星が自由にかけまわる広々とした平原をあらわしているような感じがしてきます。次の作品「ノックアウトQ」では
一転して、東京の下町の細々した日常が微細に書き込まれるのをみると、「銀星」の絵の明るさが、アメリカ大平原
のとほうもない広さの表現のようにも思えてきます。また、戦後、東京は焼け野原となり、日本人が民族の誇りを失
って、きょうの食べ物にも苦労していた時代に、人々のこころだけは不思議に明るく、のびのびとしていました。
「銀星」の明るさは、その時代の反映のようにも思われます。
わたしたち山川ファンは、「銀星」と「少年王者・おいたち篇」の絵の時代を、「青天井の時代」と呼ぶことにいたし
ましょう。
銀星はウェル・メイドの西部劇です。善人と悪人がはっきりしているお話で、安心して読めます。
雑誌の連載は戦前の少年倶楽部時代に「サランガの冒険」の挿し絵の経験がありました。しかし、ストーリーを含めた
絵物語の連載は山川惣治生涯はじめての経験でした。かれがきわめて堅実に、わかりやすい、簡単なエピソードを選ん
だのは、うなづけるところです。
読者は誰が悪人であるかを、すぐ見分けることができます。主人公のトム、ジム、マリアンよりも先に気がつくことが
できます。しかし作者がどのように話を進めていくか、その手のうちを見ることはできません。山川惣治の語り口は
ものすごくうまく、わたしたちは、興味に引かれて、ただページを繰るだけになります。
最後のカーボーイ・レースの描写の最中に、泥棒団の大逮捕劇を3コマほどはさむなど、簡単な手法ですが、すばらしく
効果的です。山川惣治のトリックは、悪漢たちが、カーボーイ大会のどさくさに紛れて、盗品を
密かにアリゾナへ送ろうと計画したことにあります。彼等をアリゾナへの輸送の直前に逮捕しなければなりません。
したがってレースの興奮の真っ最中に、悪漢たちとの撃ち合いがはじまることになり、サスペンスが倍増します。昔
のアメリカ映画はこの手の二重進行の手法や、伏線の手法がよくみられました。古臭い手のように見えますが、現在
「銀星」を読むと、わたしたちは簡単にその手に乗せられてしまいます。
野生馬の王・銀星は、牧場で調教されたどのサラブレッドよりも賢く、速い....それはほんとうでしょうか。山川惣治は
アメリカの野生馬の由来をちゃんと説明しています。銀星が4才馬であることも説明しています。それは大事なこと
なのでしょう。野生の馬のほうがすぐれているというのは、一種のバーバリズムで、ゴリラに育てられたターザンが
普通の人間よりも強いということと似ています。狼の王ロボがどんな犬よりも賢いということと似ています。山川惣治
はバローズやシートンの作品に習ってあたらしい神話をひとつ書きました。実際におこりうるかどうかは別にして、
そのような神話は私達のこころに訴えかけるものがあります。雑誌出身の先輩たちに囲まれた紙芝居出身の画家
山川惣治にとってもそのような神話はさぞ愉快なものだったでしょう。
銀星の最後、トムがジムやマリアンとわかれて故郷に帰る日、彼等は銀星とも別れます。トム、ジム、マリアンとも、
軽く表面だけの描写しかされていないのに、彼らが別れ別れになることに、読者がせつない郷愁を覚えるのはなぜで
しょうか。ふりかえった銀星のたてがみをなでる、ニューメキシコの高原の風。そのさわやかさを感じた読者は、
絵物語「銀星」を無条件で支持するでしょう。