10-2.「少年ケニヤ」は「ゴジラ」に影響を与えた2
(2)「ゴジラ」の代表的なシーンは「少年ケニヤ」から拝借し、発展させたものである。
映画「ゴジラ」の代表的なシーンは、なんでしょうか。高圧塔を破壊するゴジラ、ジェット戦闘機をたたきおとす
ゴジラ、民家に白熱光を吐きかけるゴジラなどの印象的なシーンが思い浮かびますが、なんと言っても、炎上
する大東京をバックに仁王立ちになるゴジラが、最も代表的なシーンでしょう。このようなシーンは、産経新聞社
刊「少年ケニヤ・第五巻」の表紙にヒントを得て、極端に押し進めたものです。
ゴジラは恐竜の形をしていますが、大砲の弾丸をも跳ね返し、高圧電流にも耐えます。恐竜の強さを100倍にしたような
怪物です。動物は火を恐れて近付きませんが、ゴジラは平気です。まさに人類に対する悪夢の具現です。ゴジラはあま
りにも大きいので、炎をバックにゆっくり移動する巨体ははるか遠方からながめることができるのです。これが悪夢で
なくてなんでしょう。外国の特殊撮影を用いた映画でも、このようなおそろしいシーンはそれまでありませんでした。
山川惣治の絵物語は、米映画「キング・コング」などから、随分アイデアを拝借していますが、「少年ケニヤ」において
、ティラノザウルスがコンゴの一部落を襲撃し、そのためにおこった火災にもひるまず、悪鬼のように暴れまわる姿
を描いたとき、外国映画にもない、すごい場面を創造したのでした。山川惣治自身、そのことを自覚したのでしょう。
単行本としてまとめるとき、「少年ケニヤ・第五巻」の表紙は紅蓮の炎を背景に暴れるティラノザウルスを遠景に
とらえた構図にしたのです。「少年ケニヤ・第四巻」ではティラノザウルスの、歯をむきだした禍々しい顔が大きく
描かれていますが、第五巻では一転して遠方からながめた構図としたのです。遠くから見ても、それはおそろしい場面です。
そのようなことは絵空事ではなく、現実に起こりうるという事を空襲を経験した日本人ならだれでも知っていたのでした。
小説では、H.G.ウェルズの「宇宙戦争」の中に、火星人の、飛ぶ機械が集まった人々を熱線で焼き滅ぼしているのを遠景
からみた場面がでてきます。また馬車に乗った主人公は、大きな三本足の戦争機械が松林を破壊しながら進んでいくのに、
でくわします。しかし三本足の戦争機械がロンドンを焼き払っていくのを遠方からみた場面はが描かれませんでした.
ジョージ・パル製作の米映画(1953年、昭和28年)でも、町を焼くのは空飛ぶ機械(秀逸なデザイン!)だけで、
背の高いロボットのような歩行機械が出てくる場面は描かれませんでした。遠くからみえるような大きな怪物が、町を
焼き払っていく場面は映画「ゴジラ」がはじめてで、「少年ケニヤ」はその先駆と思います。
「ゴジラ」のスタッフが真似たといわれる映画「原始怪獣現わる」(1953年、昭和28年)のラストにも、恐竜と炎
の組み合わせが出てきますが、この場合、火炎は怪物によってもたらされたものではなく、怪物を焼きほろぼすものとし
て、描かれていました。ハリー・ハウゼンはのちの作品「恐竜グワンジ」でも火は恐竜をほろぼすものとしています。火炎
をもたらす怪物、火炎をバックに仁王立ちする怪物のイメージは、東京の炎上する悪夢の夜を過ごした事のある日本人が
作ったものです。それは偶然ではなく、歴史的必然性があったと思います。
ゴジラのスタッフは、その代表的な場面を独
自に思い付いたのではなく、「少年ケニヤ・第五巻」を見て、その表紙の意味するところを悟り、これを極端に押し
進めたシーンこそ、今から作ろうとしている未曾有の映画の眼目であると考えた、というのが「少年ケニヤ」の愛読者で
ある私の意見です。