9 魅力ある悪人たち3 カリガリ小僧とネッド・ウインゲート
「少年タイガー」を読む愉しみのひとつは、アーレン、ブラック・サタン、カリガリ小僧などの一筋
縄でいかぬ悪人たちのふてぶてしさを鑑賞することです。
なかでもカリガリ小僧は、個人的な身体能力が優れていること、銃などの飛び道具を使おうとしないこと、政治権力
には無関心であること、少年タイガー・進治にかなわないと無理に対決しないなどずるいところがあることなど、
いちばん興味ある悪人です。
アジアの女王に背中をひっかかれたりしますが、それくらいでは全くめげません。アーレンと負けずに取り引きができます。
トラの顔の手練の拳銃からもすばしこく逃げることができます。
カリガリ小僧は進治に匹敵する身体能力を持ちながら、身を過って悪の道を歩むようになった少年で、主人公にもっとも
年令が近く、主人公の鏡像でもあります。
「荒野の少年」のネッド・ウインゲートが、カリガリ小僧によく似た役割を演じています。最後に改心するところなぞ
そっくりです。というより、カリガリ小僧はネッド・ウインゲートの焼き直しであり、バリエーションなのです。あるいは
戦前の紙芝居版の「少年タイガー」にカリガリ小僧が登場しておれば、それがすべてのプロトタイプなのかもしれません。
ジャック・ロンドンの短編に、幼少時からライバル意識を燃やしていたふたりの科学者が、人間のからだを透明にする研究に
しのぎをけずり、ひとりはからだを限り無く白く、ついに見えなくなるほどにすることに成功し、一方もうひとりは人間の
からだを限り無く黒く、ついには見えなくすることに成功した話があります。物語の最後に、このふたりの科学者は自らを
透明人間とし、白系透明人間と黒系透明人間との間でおそろしい決闘----見えない決闘が行われるのです。
山川惣治はこのジャック・ロンドンの短編のように、正義の主人公の裏返しとしての悪のスーパーマンを創造し、正義と
悪の対決を書きました。