8-2.ガイコツ仮面は正義の味方2
日本において、「紅はこべ」的小説設定を導入したのは
大仏次郎が最初と言われています。彼はフランス革命にあたる時代は日本においては幕末であると考え、幕府の役人や新選組
から謹皇の志士を守る謎の人物「鞍馬天拘」を考案しました。「鞍馬天拘」は映画化されてヒットし、映画の方が有名
なくらいになりました。それにより、「怪傑黒頭巾」(高垣眸作)など覆面の主人公を持った模倣的作品が続出しました。
(「怪傑黒頭巾」は直接「紅はこべ」からアイデアを拝借したと「懐かしの少年倶楽部時代」には書かれています。しかし
「鞍馬天狗」のほうが先ですので、「怪傑黒頭巾」は、別のマネ方をしたのであって、「天狗」の影響をうけていると言える
でしょう。)
少し脱線しますが、映画で鞍馬天拘を演じた最も有名な俳優である嵐寛寿郎の偉大な発明について。彼は映画の主人公が覆
面で目以外をすべて隠してしまうと、表情の演技ができなくなり、しかも陰気に見えることに慧眼にも気付きました。彼は自
分で工夫して、顔がほとんど見えるおこそ頭巾を作りあげました。こうして、主人公は顔を覆面でかくしているが、観客のだ
れもが、それがアラカンであるのがわかるという状況が生まれました(怪傑ゾロなどもよく見れば誰かはわかりますね)。ほ
んの申し訳の覆面であっても観客は覆面をしていると認めてくれるし、主人公の表情が見えることは必須だと、この偉
大な俳優は計算したのです。素晴しい発明ではないでしょうか。
現代の私たちはこのことを笑いますが、現代の映画でも同じようなことは起こっているのです。「タイタニック」や「ターミ
ネーター」のジェームス・キャメロン監督は海底映画「アビス」の撮影のあとで、出演者の表情がわかる潜水帽の設計にいち
ばん苦労したと語っています。宇宙服や潜水服、感染予防の防護服を着た主人公の活躍する現代のSF映画を注意深くみれば、ヘ
ルメットの内部にライトが取り付けられ、演技者の顔をさり気なく照らし、ガラスごしに彼らの表情が観客に見えるように工
夫されているのがわかるでしょう。現実のヘルメットでは内部は照明されておらず、かぶった者の表情はおろか、誰であるか
も判別し難いのです。月に着陸したアポロ11号の乗組員の写真がよい例です。発表当時素晴しい美術で評判となったジョージ
・パル製作のSF映画「月世界征服」では、(今日、ビデオでみると)主人公たちの表情がわかるように、真空の月世界で着る
宇宙服のヘルメットになんとガラスをつけずに演技しています!
覆面の主人公はテレビジョンの時代にも登場しました。「鞍馬天拘」の現代版をめざしたテレビ製作者たちは、鞍馬天拘の馬
をオートバイに乗り換えた「月光仮面」を創造しました。鞍馬天拘は結局、馬で駆け付けるところが一番カッコいい、という
わけです。「月光仮面」の完全に顔をかくす形式の覆面は、複数の演技者が同じ扮装でまったく別の場所で平行して撮影を行い
、1週間に1回の放送に間に合うよう、撮影日数を短縮するのに役立ったそうです。月光仮面のSF版が仮面ライダーでしょう。
仮面ライダーのかぶっている昆虫仮面は奇っ怪であり、むしろ悪役にふさわしいかもしれません。それを正義の味方がかぶって
いるのは、黄金バット以来の日本の伝統(?)です。
気味の悪い外観をしているが、心の中はやさしい善人であるという設定は、ビクトル・ユゴーの名作「ノートルダムのせむし
男」に見ることができます。本邦では林不忘が「丹下左膳」の登場する大岡政談によってこの設定を導入しました。黄金バット
のルーツをたどると、こんなところになるのではないでしょうか。
正義のヒーローが仮面をかぶっていること自体、なんとなく気味の悪いものなのです。怪傑ゾロも、バットマンも、スパイダー
マンも。黄金バットは紙芝居作家が子供を引き付けるために思い付いた、正義の味方の仮面の気味悪さを徹底させたもので、日
本人の発明です。紙芝居出身の絵物語作家・山川惣治は、終始この発明の支持者でした。「少年タイガー」では、かれは物語
の梃入れのために、途中から二人目(!)の覆面ヒーローを登場させます。それは「ホワイト・スカール」で、骸骨仮面その
ものです。