4-4.雄大な構想力と粘り8 崩壊のきざし
「少年王者」の中で最強の敵、ブロントザウルスは真吾によって片目をつぶされます。その後、ゴリラ
たちが崖から突き落とした大岩が右前足にあたって骨折します。そのことは、この怪物が倒される直接の原因とは
なりませんが、怪物が滅びる前兆のように思われます。山川惣治の作品の中では、これと同じパターンで倒されていく
怪物たちが非常に多い。ワンパターンと思われるほどです。最初は無敵と思われた怪物もダメージをうけると前ほどは
無敵でなくなる。そして最後の決戦に敗れていく、そんなパターンが多いようです。
「少年ケニヤ」に出てくる最強の動物・ティラノザウルスは、ナチの装甲車の機関銃弾をうけて、ダ−ナとの決戦では
普段ほど機敏には動けなくなっていました。「少年王者・ザンバロ篇」に出てくる砂漠の怪竜も、大牙虎も、滅ぼされ
る前に傷を受けています。その傷にもかかわらず、怪物たちは相変わらず暴れ回るので、たいしたダメージではないか
のように思えるのですが、あとから考えると、それはやっぱり崩壊のきざしであったと思われる、そういう描き方が
されています。
ウインゲート一家は押し入った銀行で役人の待ち伏せに会い、父親のウインゲートは胸をうたれて倒れてしまいます。
やっと脱出して、傷は回復しますが、次の悪事を働いたことにより、彼は年貢の納め時となるのです。胸を撃たれた
のが原因ではないが、悪事もそこまでにしておけばよかったのだと読者が思わせるように、山川惣治はストーリーを
進めます。(荒野の少年)
中国の古典「三国志演義」を読みますと、主人公玄徳の義兄弟である関羽の死の前に、崩壊の前兆ではないかと思われ
る描写がされています。もう一度その部分を読み返してみると、はっきり前兆とは書いてありませんが、あとから考え
るとそうではないかとおもわれるような描写がされています。
関羽が無闇と部下をしかったり(平凡社中国古典文学大系第27巻第七十三回)、孫権の使いを怒って追い返したり(同)、
少々短慮でないか、関羽はもっと思慮深い人では
なかったかと、読者が首をひねるような描写が続きます。そして右ひじに矢傷を受け(同第七十四回)、名医の手術に
剛胆にも耐えて、もと通り回復したかに見えますが(同第七十五回)、次の戦いでは鉾を振るう右ひじがつかれて
きます(同第七十六回)。昼寝をして黒豚に足に食い付かれる夢を見て、よい夢か悪い夢かをまじない師にうらなって
もらったりします(同第七十三回)。(こんな夢が吉兆であるはずがありません。)これらがみな関羽の悲劇的
な死(同第七十七回)につながるように思います。
古代(西暦二百年代)の中国の物語では、心理描写などはいっさい
なく、主に出来事だけが述べられます。作者は「あとから考えると関雲長の運命もこのころから陰っていたのか」とか
「このころから関将軍はいらだちやすく怒りっぽくなり」とか、書こうと思えば書けたはずですのに、そのようなことは
書いてありません。それがこの小説のすぐれたところです。しかし注意深く読めば、死の前の関将軍の運命には暗雲が
さしていたのだろうと読者が気付くような描写がされています。
私達は自分がおこりっぽくなったり、いらっだったりしたとき、気をつけなければなりません。それが崩壊の序曲に
ならないよう、悪い運命をそこで食い止めなければなりません。
山川惣治は主人公が一発逆転で優勢な敵を倒したというようなストーリーはあまり書いていません。勝負はそういう
ふうにつくものではないと、彼は考えていたのでしょう。それは、彼が親友久五郎の拳闘の試合を見ながら感得した
ものでしょうか。それともかれが以前に読んだりみたりした作品の中で、リアリティを感じた勝負のつき方を
、気に入って自分の作品の中でも使っているのでしょうか。---そこのところはわかりません。