4.雄大な構想力と粘り4

「少年王者」に見られる作者の構想力について。

 少年雑誌連載の「少年王者」は、新聞連載の「少年ケニヤ」と違い、激しい競争にさらされており、絵物語の チャンピオンである山川惣治も、その連載をゆっくり続けていくことができませんでした。つねに人気を得ていなければ ならなかったので、先を考えずとにかくすごい場面の連続を続け、不評であれば終わりだったと思われます。

 集英社刊復刻版「少年王者」全三巻(昭和52年)を読むと、全編を通じてのおそるべき敵役であると思われがちな 「魔神ウ−ラ」は全体の四分の一近くまで、全く登場しないことに気がつきます。

 おいたち篇、赤ゴリラ篇にはウーラは全く登場しないのです。魔神ウ−ラ篇になって始めて登場するのでした。もしお いたち篇、赤ゴリラ篇が評判にならなければ、魔神ウ−ラの出番はなかったかもしれません。(先行する紙芝居版 には、すでに登場していたのでしょうか)雑誌ではウ−ラは途中から登場し、その邪悪さ加減が抜群だったので、「少年王者」 全編を引っ張る原動力になったのでした。ウ−ラが登場したため、ブロントゾウルスが倒され、決戦篇でジャングルが焼き 払われてしまってからも、「少年王者」は続いたのでした。強敵赤ゴリラを倒すめどがついたので、恐竜がのこっているうちに 怪人アメンホテップと魔神ウ−ラを登場させ、補強する必要があったのではないでしょうか。

 「少年王者」ザンバロ篇においても、これぞ最後にたおされるべき邪悪な人物は連載数カ月になって、悠々と登場するの です。(私はその結末を知らないのですが)この悪役の登場を作者が最初から計画していたことは明らかですが、作者は重 要な駒をとっておいて読者が忘れたころに盤上に出してきたのでした。

 大長編においては最初からある程度の持ち駒を用意しておく必要があります。しかし途中から思い付きで、作戦を変更 しても、恥じにはならないのです。それくらいのふてぶてしさがなければ、長篇はかけません。山川惣治には、最初から持 ち駒を周到に用意することもでき、それをクライマックスにむけて時々登場させて雰囲気を盛り上げることもでき、一旦 隠して別のエピソードを述べてじらすこともでき、持ち駒がなくなりかけると、全く思いつきの設定を途中から始めて、 不自然に思わせないこともできたと思います。

 恐竜ブロントゾウルスは物語の最初から登場し、主人公が湖に近付くたびに襲撃して存在を誇示し、赤ゴリラの滅びた ときにも登場して「まだその上がいる」ことを読者にアピールするのです。こうすることによって、主人公と恐竜ブロント ゾウルスとの最後の決戦になると、物語が始まって以来の因縁の対決として、いやがおうにも盛り上がらざるをえません。 練達の技です。

 ブロントゾウルスは第二巻の最初に倒されるのに、物語はなおも続きます。癌の特効薬マキムリンを含んだ緑の石を運ぶ 探検隊が文明の世界にたどりつくまで、作者はウ−ラを使って、探検隊に危難を用意するのです。「少年王者」は恐竜がほ ろびてからの方が長い。作者の粘りでもたせるのです。

「小松崎茂絵物語グラフィティ」に集英社の記者をしていた弓削純一という人が、座談会でおもしろいエピソードを語っています。 彼は編集部の命を受けて、全盛期を過ぎた山川惣治に当時の連載「風雲児新九郎」をやめさせようと、説得に行ったが、やめてく れなかったそうです。山川惣治は、「絵物語の時代」から「マンガの時代」へと変わりつつあることは知っていましたが、これく らいで簡単にやめてたまるかと思っていたのでしょう。起死回生の一策で物語を蘇えらせた経験が彼にはあったと思いたいところ です。


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