■君といるだけで(3)
ハウルはキングズベリーにペンドラゴンとして開業を始めるかたわら、荒地の魔女の元には別の名をつかって通い始めました。
荒地の魔女の仮の住まいとなっているところは、旧市街の外れにあるどことなく質素で書物の多い印象のアパートでした。
魔女は自分をある魔法使いの見習いだったといい、魔法のことにかけてはハウルも驚くほどの豊富な知識を披露してくれました。
二人は夜もふけるまで魔法について語り合いました。
魔女の外貌は特に着飾ることがなくても匂いたつように美しく、通りすがるだけの世の男性の目をも釘付けにしましたが、
それとはまた別に、内に秘めた魔法にかける情熱も、またその能力も相当なものでした。
魔女はその容貌と相まってなにやら底知れぬ魔力を奥底に秘めているように思えましたが、
彼女は一見、決してでしゃばるわけでもなく慎重で、かつ優雅で謙虚でもありました。
そして魔法に関して語る時の彼女は、それとは対照的に情熱的でとても探求熱心でもあり、
その鮮やかな対比にハウルは魅了されずにはいられませんでした。
「・・・すごいな君は。一体どうやってそれだけの知識を身につけたんだい?」
ある夜、空間魔法に関しての議論に負けたハウルが思わず彼女にそう聞くと、
魔女は一瞬の間をおいてゆっくり視線を落とすと、ためらいがちにこう答えました。
「私の先生は王宮づきの魔法使いだったの。
ある時、彼女は王様の怒りをかってやむなく王宮を追われたけれど・・・でもとても有能な方だった。
隠退した後もずっと彼女は魔術を習得し続けたの。少しばかり知っているのは、きっとそのお手伝いをしていたせいね。」
魔女はつとめて明るく答えようと努力しているようでしたが、めずらしく少しうろたえているようすが見て取れました。
彼女が(おそらく)自分のことを語る様子は、ハウルには真実の事のように思われました。
触れられたくない過去には何かつらい傷があるようにも思えましたし、王宮を追われた魔女を語る切なそうな表情には
家族を愛しても報われない、今の自分自身が重なって見えるような気もしていました。
ハウルは魔女の中に自分と同じものを感じたような気がしたのです。
そう思い出すと、次第に彼女に会うことは興味本位ではない楽しさがあふれるものになっていきました。
魔女の視点はいくらか形式張り古めかしい規則に縛られていたペンステモン先生に比べて、自由で発想力に富んでおり、
魔法にかけては多少の自信があったハウルでさえも目を見張るものがありました。
いつしかハウルは目の前の女性が本当に荒地の魔女なのかどうなのかも、わからなくなってきていました。
いいえ、そんなことはもうどうでもよくなっていたのかもしれません。
ハウルには魔女に対して、どうしても腑に落ちないものがありました。
どうして魔女はこれだけの力を持ち、これだけの魅力がありながら、何故王宮という表舞台から姿を消すことになったのでしょう。
これだけの能力があるのならば、隣国との戦争を片付けることなんてきっとあっという間であったはずでしょう。
それ程、魔女は時折斬新な発想をきらめかせてハウルを驚かせました。
「あなたの師匠の先生が今でもこの国の王宮づき魔法使いだったならば、歴史は変わっていたでしょうに」
ハウルがそういうと、魔女は考え込むようにして静かに答えました。
「・・・だからこそ王宮を追われることになったんじゃないかしら・・・」
その表情はうつろに沈み、遠くを見つめるさまはなんだか切なくさえありました。
ハウルは悩みました。
何故あの魔女は僕の中にこんなにも入ってくるんだろう。
どうして彼女の事を僕はこんなにも理解したいと思うんだ?
ハウルには自分の中にくすぶっているものと同じものが魔女の中にも存在することを理解できました。
すなわち、求めても得られないつらさ。それは求めているものにとっては耐え難くて、とてもつらく苦しいものです。
ハウルはいつしか魔女と情を交わすようになっていく自分を驚きをもって見つめていました。
それは不思議な関係でした。
あいかわらず別れた後は居場所を知られないように気配を消しつつ、キングズベリーの新しい町並みの仕事場へと戻るわけですが
それでもまたすぐに魔女に逢いたいという気持ち、彼女に惹かれる気持ちがやまないのです。
それは魔女のほうでも同じようで、お互い誰かは承知の上で役をかぶり、逢瀬を重ねる・・・そんな奇妙な関係を
ハウルはずっと続けていきたいとさえ思いはじめていました。
・・・しかし、ついにその関係は終わりを迎えました。
その日魔女は、連れて行きたいところがあると彼女のアパートの裏口のドアを開けました。
そこは見慣れたキングズベリーの旧市街ではなく、見晴らす限りの荒涼とした荒地へとつながっていました。
魔女は荒地の城とアパートの裏口を魔法でつなぐことで、ここへと出入りしていたのです。
ハウルは魔女に促されるようにしてそのドアをくぐると、ゆっくりと荒地の城へと降り立ちました。
城の周囲には一面の荒地が広がっていましたが、意外にも城の中には緑があふれており、見たこともない珍しい花が咲き乱れています。
ハウルがその対比に目を奪われながら広間へと進んでいくと、魔女は広間の奥に鎮座する玉座と思われる席に向かって、こう言いました。
「ここへ追いやられた哀れな魔法使いは、その時から、その能力を生かす機会さえなくなったの。
何もない時の中をただじっとして毎日を過ごしていくのみ。
誰一人としていない孤独の闇の中で。・・・何年も何年も。そして何十年も。
彼女はとても寂しかった。そして狂おしかった」
「彼女は王宮に上がっている間、自らの力欲しさに手を出してはいけないことに手を出したの。
それが身を滅ぼすこととは露ほども疑わずに。国のため、愛する人のためと信じて。・・・そして結果として彼女は国を追われた。
・・・哀れよね。国のためにと思いながら一生懸命尽くしてきたのに逆に追われてしまうなんて。
本当に、なんて馬鹿みたいなの・・・」
その時、魔女の目からはひとしずくの涙がこぼれ落ちました。
ハウルは何も言うことができず、ただ黙って苦しそうに過去を振り返りながら昔話をする魔女を見つめていました。
「ハウル・・・あなたならば、その魔女の気持ちがわかってくれるわよね。
国のためにと自分を捨ててまで望んだ結果、国を追われることになってしまった魔女の気持ち。
彼女はそれを良かれと思ってしただけなのに・・・王様は彼女を恐れたの。
彼女の次第に巨大に膨らんでいく力は、いずれ王様をも滅ぼすかもしれないと恐れたのね」
「でも、それは大きな間違いだった。彼女は国を、王様をとてもとても愛していたのに・・・。
うちひしがれた魔女はこの地へと移り住んで、周りのすべてのものを枯れ果てさせた。
この荒地はそこから生まれたの。それからこの地は、長い長い悲しみに沈んだわ」
ハウルの身体は確かに広間の中央に立っているはずでしたが、
魔女の話とともに周囲は何もないうっそうとした森へと徐々に変わっていきました。
そうしてその森は、話が進むにつれてまた少しずつ枯れ果てていき、見事に見渡す限りの荒野へと移り変わっていきます。
どうやら魔女がここに住み始めた頃からの様子を、ハウルに映像として見せているようでした。
「長くつらい虐げられた生活の中で、魔女は王宮に復讐を誓っていった。
行き場を失った魔女は彼らを苦しめることでその喜びを見出そうとし、そのゆがみは誰にも止められることはなかった」
ハウルはペンステモン夫人の元で聞いた魔女の噂を思い出しました。
王宮にいろいろな要求を仕掛けてくるという噂。それにはそんな理由があったのか・・・。
でもそれだけではないような気がします。ハウルはまだこの件にはもっと奥にある不透明なものを感じていました。
「だけど、あなたと出会ったことで魔女の悲しみがほんの少し薄れたの。」
魔女はまた話し始めました。
「あなたと会うことが次第に魔女の喜びとなった。・・・あなたは魔女とおなじ匂いがしてる。
自分では抱えきれないほどの魔力、報われない愛情、それでも求め続ける狂おしい気持ち。
・・・この切なさがあなたにもわかるでしょう?
そうしてつらい夜がどれほどたくさんあったことか・・・。
魔女はそんな自分を慰めるために、よくここから大空の星を仰いで独り眺めていたわ。
私はここに座って大空の星を見るのが好き。あの湿原に降る星達が今の私の力の源なのよ」
ハウルの眼底には、遠くはるかな湿原に降り注ぐ流れ星たちが見えました。
目の前には、先程よりもさらに若かりし頃の魔女の姿が見えました。
彼女は湿原に降り立って、舞い降りてくる流れ星を無邪気に追いかけているようでした。
「あの頃私は駆け出しの魔女で、自信にあふれていて、そしてとても無知で愚かでもあった。
その頃の私は強く願いさえすればかなわないことはないと信じていたわ。
だけど、流れ星はひとたび地に落ちれば死んでしまう―――
私はその中で一番輝く大きな星に目をつけた。
・・・どの星よりも輝いているのに、まさに今その命は散ってしまおうとしている。とてもはかなく美しい命。
その流れ星は私を見つめ、自分の運命を受け入れることができずに、必死に助けを求めあがいてさえいた。
私はそんな彼女を放っておくことが出来なかった」
つづく
だいぶ前に書いたものを掘り起こしてきました。
荒地の魔女は、きっとある意味とても可哀想な魔女だったのでしょう。
映画の魔女はしあわせですよね。そして映画のハウルはとても懐の広い人だと思います。
Novelに戻る 2に戻る
Copyright(C)2003-2005 satoko All rights reserved