あたしは案の定その夜はほとんど眠れなかった。
一人寝にはやたらと広いキングサイズのベッドの上をごろごろと寝転びながらあたしは考える。
一哉くんが日本へ帰れと言った理由。
・・・わかってる、そんなこと。
仕事が忙しくて、あたしをかまえないこと。そして、今夜みたいなことがまた起こるかもしれないということ。
それによってあたしが傷つかないか心配している、一哉くんの優しさなんだってこと。
でも、あたしはそんなことよりも一哉くんの側にいることの方が重用なのに・・・。
そんなあたしの気持ちをわかってもらえないことがくやしかった。
勿論、あたしだっていつまでもここにいようなんて考えてない。
あたしにだって学園や日本での生活がある。でも、こんな状態で帰るなんて出来ない。
学園のほうも多少は欠席になるけど、休みにうまくかかるように計算してきた。
まだ暫くはいられる。
とにかく、一哉くんにあたしの気持ちをわかってほしい。


・・・そうこうするうちに、窓の外は明るくなっていた。
あたしは無理に寝ることはやめて、起きて朝食の準備に取り掛かった。


朝食の間も一哉くんはあまり口を聞いてくれなかった。
なにより、あたしの顔を見てくれなかった。
・・・・一哉くんの悪い癖だ。
こうなると何をしてもなかなか受け付けてくれない・・・・はぁ。

「ごちそうさん、それじゃ行って来る」

「いってらっしゃい」

ドアに向かう一哉くんを見送りながらあたしは言う。

「一哉くん。あたしはまだ帰らないからね」

「・・・・・・・・・」

あたしの言葉には返事をしないで、一哉くんは出て行った。

ふぅ・・・・・。
帰らないはいいけれど、こんな状態でも困るな・・・。
とにかく、このまま部屋にいても気分が落ち込んでしまいそうなので、出かけることにした。
まだ道はそれほど覚えていないけれど、買い物ルートを基本にして距離を延ばしていけばいいと思った。



とか、思いながらもあたしはデヴィッドと来たことのある例のカフェでこの前と同じ物を頼んでいた。
それが一番簡単だったから・・・。
・・・進歩ないなぁ・・・。
そんな自分に呆れながら、ぼーーーっと道行く人を眺めている。
金髪の人、黒髪の人、同じアジア人ぽいひと・・・さすがはアメリカ。
いろいろな国の人が、ごく自然とこの街に溶け込んでいる。
ふう・・・・日本から遠く、恋人に逢いに来たのになんでこうなっちゃうかなぁ・・・。
そんなことを考えていたら、窓際に座っていたあたしの目の前のガラスに、見たことのある顔が手を振っているのに気づいた。

「・・・デイジー?」

デイジーは笑いながら店内へと入ってきて、ごく自然にあたしの前に座ってコーヒーを注文していた。

「Hi! Mugi.やはり浮かない顔してるね? 昨日のことまだ気にしてるのかな?」

「・・ううん。昨日のことはそんなに気にはしていないけど・・・」

「・・・一哉に何か言われたのかな?」

「・・・・・・・・・・」

「・・言いたくないなら無理に言わなくていいよ。あー、僕はこれから撮影の仕事なんだけど、良かったら一緒に来る?」

「えっ? で・・・でも、邪魔になるでしょ?」

「NO. 今日は撮影所内での撮影だから、見ている場所もあるしいろいろな人もいるし退屈しないと思うけどな。そんなに時間もかからない撮影だから、おいでよ? それともこのままここで一日潰すつもり?」

「・・・・うーん」

確かに、いつまでもここにいる訳にも行かない。どうせ出かけるならデイジーといたほうが安心だし、撮影現場というのも楽しそうだ。ここは思い切って見学させてもらおうか。いろんな人と話せる機会でもあるし。

「・・・うん。じゃあお言葉に甘えます」

「ふふ・・OK」

あたしはデイジーに連れられて、初めて撮影現場というものに遭遇した。
アメリカだからなのか、こういった場所はこんな雰囲気なのか、みんな気軽にあたしに声をかけてくれる。
なんでも今日はファッション雑誌の撮影だそうで、ただでさえ目立つ容姿のディジーが素敵に変身してきて、夢の中の王子さまのように見える。最近は話すと全く違うキャラだってわかってきたけど・・・さ。
常に現実的で、自分の考えはハッキリと示してくれる。うーん・・さすがはあいまい日本人とは違うって感じ。
・・・てことは、あれ? 最初の頃に感じていた、ハッキリしてくれない雰囲気ってなんだったんだろう・・
うーーーん・・・あたしに関して? 一哉くんに関して? 何かに違和感を感じるけど、わからない。
まあ、いいや。デイジーには今までもいろいろと助けてもらった。いい人なのには変わらないし・・。

ポーズを撮りながらいろいろな表情を見せるデイジー。
世界でも有名な大富豪の御曹司なのに、敢えて一人で生きていこうとしている人。
そこにどんな想いがあるのかあたしにはわからないけれど、きっと一哉くんもそんな彼になにかを感じているのかもしれないな。一哉くんがこれだけ親しげにいろいろと接している人をあまり見たことはなかった。
・・・そういえば、モテそうだけど特定な女の人と付き合ってる気配ないんだな。てか、付き合ってたという話も聞かないな。
まあ、あたしには関係ないことだけどさ・・。



そうこうするうちに無事撮影も終わり、デイジーはそのまま車でドライブへと連れ出してくれた。大都会の市内を走る。
都会の風景ってどこもあまり変わらないけれど、それでもアメリカ独特の世界観にあたしは酔っていた。なにもかも、スケールの違う国アメリカ。そして、一哉くんのいる・・・アメリカ。
もう寒いので車はさすがにオープンカーではなくなっていたけれど、それでも少し開けた窓から気持ちのいい風があたしの顔を撫でる。日本では気づかなかったけれど、あたしってばドライブが好きなんだ・・・。
鬱積した気分も爽快になって、あたしはデイジーに感謝していた。


今夜も一哉くんは遅いだろうということで、デイジーは夕食へあたしを招待してくれた。
夕食はほとんど一人でホテルで摂っていたので、アメリカでの本格的な外食は初めてだ。
高級なところへでも連れて行かれたらどうしようかと思ったけれど、実際連れていってくれたのは多国籍料理のお店で、いろんな国の人が賑やかに話込んでいる気楽なお店だった。
中央では数人の人が音楽を奏でている。

「どう? なかなか楽しそうな店だろ?」

「うん! なんかおもしろそう・・・」

軽快な音楽の流れる中の美味しい食事。
酔った人たちでダンスまで始まっている。
そんな中、デイジーが少し真面目な顔で聞いてきた。

「・・・まだ話す気にはなれないかな?」

「え?」

「うーん・・・やはり気になるから・・・」

話さなくていいと言いながらも気にしてくれていたんだと、あたしは嬉しかった。

「うーんと、一哉くんに日本に帰れって言われたんだ・・・」

「ふーん」

デイジーは珍しく無表情のまま返事をした。

「ん・・でも、なんでそう言ったかはわかってるつもり。あたしがつらい思いしてると思って言ってくれたんだと思う」

「・・・・・・・・」

「でも、あたしは平気だし。まだ来てそんなに立ってないし、帰りたくない。そりゃ、いずれは帰るけどこんな気持ちのまま帰れないよ。・・でも、でもね。あのパーティ-の時言われたんだ。あたしのせいで一哉くんが親族の人や、仕事関係の人をへたすれば敵に回すことになるって・・・。それが気になるの」

「んーーー。むぎは知ってるかわからないけど、あのSadako大伯母さまはね。御堂家の株主の一人でもあって、会社経営にも口を出してるんだよ。その大伯母さまに大反対されたら、確かに一哉の立場は多少苦しいものになるかもしれないね・・・」

「・・・・そんな」

「まあ、あの一哉のことだから、その程度でどうにかなるとも思えないけどさ」

「・・・・・・・」

「ただ、君が日本に帰る・・・というのも一哉のためには、一つの手段だとは思うよ」

「・・・えっ!?」

正直言ってあたしは驚いた。
デイジーからこういった言葉が出るとは思わなかった。
そりゃ、『そーだそーだその通りだ、君が帰る必要なんてないさ』・・・なんて、言ってもらえると思っていたわけじゃない。
でも、日本へ帰ったほうがいいと彼からも言われるなんて。

「どうにかなる一哉じゃないけど、このままだと確かにまたいろいろと煩わしいことに巻き込まれる可能性もある。君も含めて一哉にもね。大伯母さまはどうやら暫くこっちにいるらしいから、またパーティーとかで会う機会もあるだろう。君のことで仕事にも支障が出る可能性も出てくる。確かに、君が帰ってくれたほうが一哉としてはこっちでの仕事はやりやすくはなるだろうね。それを踏まえてそういう選択肢を選んだこともある・・・かもしれない」

「・・・・・・そっか」

「勿論、僕はせっかく仲良くなれた君と別れるなんていやだけどね」

そこでデイジーはにっこりと笑った。
でもあたしはその笑顔に応えることは出来なかった。

「ああ・・・そろそろ帰らないとね。あの、あまのじゃくな一哉のことだ。こんな時だけ早く帰ってきたりされると困るからね」

「あ・・・うん」

こうして、あたしはデイジーに送られてホテルへと帰ってきた。
相変らず、一哉くんの帰りは遅い。
それでもあたしは一哉くんの帰りをひたすら待っている。
今のあたしにはそれくらいしか出来ないから・・・。

「・・・ただいま」

「・・・おかえり、一哉くん」

いつものように一哉くんが好きなコーヒーを二人で飲みながら、眠る前のほんの少しの時間を共有する。
今のあたしにはそれだけで満足なんだ。日本にいた一年間はそれすら出来なかったんだから・・・。
相変らず、口数が少なくなってしまった一哉くんにだけど、あたしは今日の出来事を話した。
デイジーに撮影に連れて行ってもらったこと、帰りに食事をして帰ってきたこと。
ただ、デイジーにまで日本に帰れって言われたことは言わなかった。
それに、確かにデイジーが言っていたこともあるのかもしれないけど、デイジーの言っていたことをそのまま信じたくはなかった。
デイジーとの付き合いに比べれば、あたしと一哉くんの付き合いはまだ短いのかもしれないけれど、あたしが知っている一哉くんならば、きっとこう思って言ってくれたんだと思う自分の心を信じたかった。
以前のようにデイジーが何を言っていたかとか聞いてくることはなかったけれど、一哉くんは黙って話を聞いてくれていた。







それから後、デイジーは暇が出来るとあたしを誘ってくれた。
いろいろな撮影現場、ドライブ、買い物に連れて行ってくれた。
そして、その夜には一哉くんに出来事を報告していた。
でも、段々とあたしは心苦しくなってきたんだ。
その理由は二つ。

確かに何くれとなく気遣ってくれるデイジーにあたしは感謝しているし、楽しいし、心強かった。
でも、なんでこうまでしてくれるんだろう・・・・。
一哉くんにあたしの面倒をみてくれと頼まれたからというのもあるのはわかっている。
あたしのことを心配してくれていることも・・・。でも・・・。
デイジーが何を考えているのかわからなかった。

そして、問題は一哉くん。
あたしには別に何も疚しい気持ちもないし、一哉くんが頼んだという友達と出かけているんだからいいのかもしれないけれど、でも、恋人とほとんど出かけられないのに、別な男性と出かけているのが・・・なんか重くなってきた。
ほんとは一哉くんとこうしていつも一緒にいたいのに・・・・。
そして、毎晩こうして報告しているのに一哉くんがほとんど無反応なせいだ。
別にやきもちを妬いてほしいわけじゃない。
でも、仮にも恋人が別の男性と一緒にいると知っていてなんとも思わないの?
そりゃ、あたしを信じてくれている・・・・と言えば聞こえはいいけれど、あたしは・・・。

・・・・・・おもしろくない・・・・・・。

そんな気持ちもあって、あたしはデイジーの誘いを段々と断るようになっていた。
別にすべてというわけじゃなくて、回数を減らしていったというか・・・。
ほんっと、デイジーには悪いことをしているなーと思っているけれど、疑問も浮かんできたんだ。
何に・・・という明確な答えは出てないけれど・・・。

















ここは夕暮のオフィスビル街。
その高層ビル街の一角に、高さと建築技術の美しさで一際目立つビルがある。
そこが御堂グループのアメリカ本社ビルである。
そのビルの最上階に一哉のオフィスがある。
高所恐怖症の人間ならば到底近寄れない壁一面がガラス張りの窓に立ち、一哉は平然とした表情で外の夕暮を眺めていた。
その一哉の右手の人差し指と中指の間には、何か煙の出ているものが挟まれていた。
タバコである。
一哉はアメリカに来てからタバコを覚えた。
だが、健康に悪いのも知っているし脳みその細胞にとって良くないことも理解している。なので、めったには吸わない。
ただ、自分でもストレスが溜まってきたのを感じた時や、苛ついているなと感じたときに吸うと気分が落ち着くのだ。

オフィスから眺めるアメリカの夕焼け。
これはこれで美しい。
だが、ここに来る前に日本でむぎと見た夕焼けの美しさには到底叶わない。
今ここに彼女がいてくれればまた違った夕焼けに見えたのだろうに・・・。
ふと、そんなことを考えながら、タバコの煙を吐く。

「一哉がタバコだなんて、珍しいね・・・」

そこで、聞き覚えのある声がドアの方角から聞こえてきた。
ゆっくりと一哉はその方向へと視線を移す。

「・・・お前か」

「そう・・僕」

「よくここまで入ってこれたな」

「そりゃ、僕は御堂コンツェルン、コーンウェルコンツェルン両方に顔パスだもの」

「そのわりには、どちらのオフィスにも顔なんか出さないくせに・・・」

「それはね、僕は一哉と違って優等生跡取りじゃないからさ・・・」

「俺も優等生なわけじゃない。・・・とにかく何しに来たんだ?」

一哉はタバコをもみ消すと、机の受話器を取り秘書にコーヒーを頼んだ。
すぐに訪問客と重用な打ち合わせに入ったりする場合もあるので、こちらから要請しない限りは秘書は顔を出したりはしない。
デヴィッドは壁に寄りかかっていた体を起こすと、室内のソファに腰を下ろした。

「それにしても、確か日本じゃ喫煙は20歳からじゃなかったかな?」

「ここアメリカでは18からOKだと思ったが? それにここは俺のオフィス。法律上は問題ないはずだぜ」

「そりゃあね・・・・。喫煙、飲酒の法律に厳しいくせに、ドラックがまかり通っているここで喫煙の細かいルールについて語っても空論だろうけどね」

「まあ・・・確かにな」

そう言って一哉はデヴィッドの向かいのソファに腰を下ろす。
ブワっと高級そうなソファが気持ちよさげな音を出す。

「それに、俺は日本に帰っても喫煙・飲酒年齢は守るぜ。最も、別に好きでやるわけじゃないからめったにするつもりもないがな・・・」

「ふーん。ということは何か吸いたくなる理由でもあるんだ・・・?」

そこでドアをノックする音が聞こえ、美しいブロンドの女性秘書がコーヒーを置いていく。
デヴィッドが礼を言うと、ブロンド秘書は嬉しそうに笑顔を向けて出て行った。

「相変らず、一哉の周りは美女だらけだね・・・」

「別に外見で秘書を選んでいるわけじゃない・・・」

「ふふふ、OK。羨ましいなって言ってるだけだよ。君のステディも可愛いしね」

「・・・・何が言いたいんだ?」

そこで一哉の表情がキッと変化した。

「・・・さすがにむぎの話になると顔つきが変わったね? 気にはしているんだ・・・」

「なんのことだ?」

「聞いているんだろ? 僕がしょっちゅうむぎを連れ出しているってこと・・・」

「ああ・・・・あいつは逐一報告してくるぜ。それにあいつの面倒を頼んだのは俺だ。それについて何も言うつもりはない」

「勿論、君に頼まれたからなのもあるけど、本当にそれだけだと思ってる?」

「・・・・どういう意味だ?」

「・・・・言葉通りだよ」

「・・・たとえ、それ以外の感情があると言われてもそれについて俺がどうこう言う理由はないだろう・・」

「ふふ。なんだ、一哉ってばちっとも変わってないじゃないか。そうやって理論つけた言葉で自分を偽っちゃうとこ」

「・・・あいつは俺の恋人だ。手をだすな。・・・こう言わせたいのか?」

「・・ああ、言わせたいね。でも、言わないだろう一哉は?」

「・・・・・・・」

デヴィッドはソファから立ち上がると、先程一哉がいたガラス張りの窓に近づいた。
そこで一哉のオフィス机の上に置いてあったタバコとライターに手を伸ばした。

「一本もらうよ」

そう言ってタバコを取り出し、慣れた手つきでライターで火をつける。

「・・・お前もタバコを吸うとは知らなかったな」

「はは。僕は君と違って凡人だからさ」

「言っただろう。俺も優等生じゃないと・・・」

「でも、優等生のフリをしているだろ?」

「・・・・そんなつもりもない」

「そしてそんな自分に退屈してる・・・」

「・・・・・・・」

「・・・それを変えてくれたのが、むぎ」

「・・ああ、そうだ」

「なのに、なんで日本に帰れなんて言ったんだい?」

「・・・・・・・・・」

「やはり、いざ会わせてみたものの、結局大伯母様のお目にかなわなくて、仕事がやりずらくなってきたから?」

「そんなことがあるわけはない」

「むぎはそう思っているよ」

「・・・・・?!」

「あのパーティ−で言われたそうだよ。むぎを恋人だと言い続ける限り、一哉は御堂家親戚筋、仕事関係の連中を敵に回すことになるから身を引いたほうがいいってさ。それで一哉もやりにくくなると思って日本に帰れって言ったんだろうって・・・・」

「・・・・・・・・・・」

この言葉に一哉の胸は痛んだ。
自分の感情をなかなか言葉で説明できない、したくない一哉にとって、日本へ帰れと自分が言ったことに関して、むぎは自分の気持ちを理解してくれる、理解してくれていると思っていた。
しかし、今のデヴィッドの言葉を信じるとしたら、まるで逆の意味をむぎは受け取っていると思わざるをえない。

「おや? 意外そうな顔しているね?」

「・・・・・・・」

「それとも、むぎはもっと別な一哉の感情を理解してくれていると思ってたのかな? 遠い日本からわざわざここまで追いかけて来た恋人に帰れなんて言っておいて、そこまで見抜いてくれだなんて随分と虫のいい話だよ、一哉」

「・・・・そうかもしれないな」

「ふふ。でもね、僕も同じことをむぎに言ったんだよ。日本に帰るのも一哉のためだってね」

「・・・なぜだ?」

「僕は一哉の味方だからね。大伯母様が暫くアメリカに滞在すると聞いた以上、いろいろと口出ししてくるであろうことは予想がつく。また矛先がむぎに行くこともね。それを防ぐ手段としてそれも一つの方法だよって、一哉の意見に賛成しただけさ」

「・・・・・・」

「・・・でも、気が変わった」

「・・・・?」

「君もわかっているだろ? 僕が彼女に興味もってること?」

「・・・・・ああ」

「でも、止めようとはしないんだろ?」

「・・・・・・」

「僕が彼女にモーションかけてもかまわないってことだよね? それとも、僕にむぎを誘惑することは出来ないって高をくくっているのかな?」

「・・・別に」

そこでいつも温和なはずのデヴィッドの表情が険しいものに変化した。

「むぎと君との間には誰も入り込めないLOVEがあるとでも言いたいのかい? すでに君と彼女との間には疑心暗鬼すら沸いているのが見えるっていうのに、君は相変わらず自信家なんだな」

「・・・・お前はこの俺にケンカを売りたいのか?」

一哉の表情も変化した。

「・・・別に。ただ、僕は自分の気持ちに正直なんだよ。これも君の受け売りだけどね」

「・・・・・・・」

「君が心配するようなことはしないよ。僕はただ、君に頼まれたことを変わらずやっていくだけさ。まだまだ彼女は一人にさせとくと心配だからね・・・」

すでにほとんど吸い終えたタバコを、灰皿の中の一哉が消したタバコの隣にもみ消すとデヴィッドはそのままドアへと向かった。

「・・・勿論、決めるのはむぎだ。僕はその気持ちに素直に従うよ」

「・・・・・・・・」

そう言って軽く手をあげると、デヴィッドは部屋を出て行った。
一人オフィスに残った一哉はソファから立ち上がると、すでに夕暮から夜景へと変化している外の風景を眺めに窓へと近寄る。
ふと、机の上のタバコの箱が目に止まった。
一哉はそれを取り、握りつぶすとゴミ箱に放り投げた。
そして、自分が着ているスーツの左胸のある部分を押さえると、そのまま外を見続けていた。







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第七話 「夕暮のオフィス」