「はい、むぎ」

「ありがと」

デイジーがあたしに飲み物を渡してくれる。
一哉くんはやはり、あちらこちらから声をかけられて、あたしの側にずっとはいられない。
大丈夫だよってつもりで笑顔で手を振って一哉くんを見送るけど、一哉くんはいかにも心配そうな顔つきで背中を向けていく。
信用ないなぁ・・・とも思うけれど、そんな優しい一哉くんを見ているとあたしはとても嬉しくなる。

「ねぇ、デイジー。さっき一哉くんに聞いたけど、デイジーも大きなお家の跡取りさんなんだってね・・」

「ああ・・・、そうだよ。言ったことなかったっけね。コーンウェル・コンツェルンと言って、この国でもまあ有名な企業グループだよ。
御堂家とは、じーさま同志の頃から家族ぐるみで交流があってね。孫同志を結婚させよう・・なんて話もあったらしい。けれど、生まれたのは両方とも男。だから、へたをすれば僕は一哉の婚約者だったってわけ・・・」

「へ・・・・へぇ・・」

なんかどこかで読んだことのある漫画のお話みたいだ・・・。

「そうだったら、今、君と僕は恋敵ってことになるんだね・・あははは」

「へ?・・・変なこと言わないでよーー」

「・・・くくくく」

変なことでデイジーは笑っている気がしてならない、あたし。ぶー。
そういえば・・・あたしは、ふと、この間デイジーが言っていたことを思い出した。

「・・確かデイジーは家を出たって言ってなかった?」

「・・ああ。僕は一哉みたいに生まれ出た境遇をそのまま素直に受け入れられなくてね。家というものに執着もないし、潰れるなら潰れるで構わないしね。その辺りは日本人とは違うのかな。こっちはあくまで個人主義な世界だから・・・」

「ふーん」

「それにうちは一哉のところみたいに、理解してくれる家族が多かったわけじゃないからね。それで、あまりに僕を縛ろうとするから契約を提示したのさ」

「・・・契約?」

「そう。僕にとってはコーンウェル家がどうなろうとどうでもいいことだけれども、条件を飲んでくれるのならいずれは家に戻ってちゃんと事業を請け負うってね。だからそれまでは僕には一切かまわないでくれとね」

「・・・それで、OKしてくれたの?」

「ああ。しぶしぶにね。僕は家になど頼らなくても一人でやっていける自信はあったし、いつ家に戻ってもすぐに経営に関われる能力もある。家からすれば、呑まないとほんとに僕はコーンウェルから去っていくという不安があったんだろうね。それに僕は一哉と一緒で一人っ子だし」

「そう」

「だからかな。似たような境遇に生まれながら、生きる道の違う一哉に興味をもったものだよ。僕には出来ないことを彼はずっとやってきてる。自分の感情がどこにあるのかと思うほどに御堂家に自分を捧げている彼がね」

「うーーん・・・。でも、一哉くんは御堂の名前には拘りたくないみたいだよ。だから、名前で近寄ってくる人はあまり好きじゃないみたい」

「・・・へえ。君は御堂の名前には何も感じなかったの?」

「・・知り合ったころは御堂家がどんな家なのかさえ知らなかったし、今でもよくわかってないのかもしれない。あたしはあくまで一哉くん自身が好きなわけだから、こういった場所にいるのでさえ、違和感感じてる」

「ぷ・・・ははははは」

よく笑うデイジーが更によく笑った。
そんなにおかしいことをいつもあたしは言っているんだろうか・・・?
周りにいた金髪のカップルが驚いたようにこっち見てるし・・・。

「くくく・・。君にはまったく感心する。確かに今まで君みたいな女の子がいなかったわけじゃない。でも、結局段々とこういった世界に染まっていって同じような考えになっていってしまったよ。でも、君にはそれが感じられないね」

「そ・・・そうかな。あたしはあたしでしかないし、一哉くんは一哉くんだし・・」

「うん。それでいいと思うよ。だからこそ、一哉が君に惹かれたんだろうね」

そんな会話をしていたら、出入り口付近が賑やかなことにあたしもデイジーも気づいた。
周りにいた人たちも、そちらに視線を向け始めた。

「・・・どうやら、お待ちかねの人が登場したようだ」

「・・・・大伯母さま?」

「ああ・・・いつも登場は派手だからね。皆の注目を浴びないと気がすまないのだろうよ」

「・・・・・・」

あたしは一哉くんの姿を捜した。
一哉くんもその様子に気づいたみたいで、スッと出入り口へと向かっていく。
あたしの視線はそのまま一哉くんを追う。

「・・大丈夫だよ、一哉を信じていればいいさ。あ・・言葉のことは心配しなくていいよ。僕がちゃんと同時通訳してあげるから・・・」

「・・・へ? だって大伯母さまって日本人でしょ?」

「ああ・・大和撫子だって自分で言ってるよ。まあ、会ってみたらわかるよ・・・」

デイジーの謎めいた言葉にあたしはまた不安になってしまった。

一哉くんが向かった方向から、団体さんと呼んでもいいくらいの人の固まりがこちらに向かってきた。
その中の中央にいる人の隣に一哉くんが付き添って腕を組んであげている。
その人がきっと大伯母さまなのだろう。
一哉くんのお祖父様は写真でしか見た事がないけれど、背筋のピンとしたまだまだ若い印象を受けていた。
だからだろうか、大伯母様という呼び方はされているけれど、お年寄りという感じはない。
ちょっと横に太めだけど、品の良いドレスを着て、さっそうと歩いてくる様子はさすがに一哉くんの親戚だと思った。

・・・にしても、後ろから付いてくる女の人の集団はいったいなんなんだ!?
いくらなんでも、異様な雰囲気だ・・・。シンデレラのお話じゃあるまいし・・・。
あたしはなんとなくムカムカしてきた。

そうは言っても、こちらに向かってくる距離が縮まるたびに緊張してきた。
パーティー会場にいた人たちが、ぞろぞろと大伯母様たちの団体に近寄って行っては挨拶をしている。
やはり、こういった世界では有名な人なんだろう。

あたしは精一杯の笑顔で挨拶をしようと、頭の中でシミュレートしていた。

いよいよ、一哉くんの視線があたしに向けられて、その団体さんがあたしとデイジーに向かって歩いてくる。
どきどきどきどき・・・・・落ち着け・・・あたしの心臓・・・。

そして、あたしの前に来た大伯母様に向かってあたしが挨拶をしようとしたそのときだった。

「Hello.David. How are you?」

・・・・なに? 何が起こったの?
みんなの視線があたしに注がれる。一哉くんとデイジーの視線も・・・・。

大伯母様は、あたしの前を素通りしてデイジーに声をかけたのだ。
目の前にいるあたしに気づかないわけはない。
一哉くんがあたしのことをすでに大伯母様に伝えているはず・・。これはわざとだということにあたしはすぐに気づいた。

後ろにいるたくさんの女の人たちも最初は驚いた顔をしていたけど、すぐに状況がわかったらしく、中には薄く笑っている人もいた。

・・・そうか。大伯母様たちはあたしのことをいない女にしたいんだ。
あたしのことなんか目にも入らないって、あたしに見せたいんだ。


・・・・むかついた・・・・

あたしはあんたたちにここまで無視されるような恥ずかしい人間じゃない。
普通の家庭だったけれど、人に後ろ指をさされるような生活などしたこともなく、真面目に育てられてきた。
同じ人間のあんたたちにここまで馬鹿にされるような人間じゃない・・・!


一哉くんの顔を見た。
一哉くんの顔は怒っていた。
あの時の、あの学園の理事長室であたしの代わりに吉田を殴ってくれたあの時の顔より怖い顔だ。
・・・いけない。
これは、あたし自身の問題だ。
あの時のように、一哉くんに自分の大伯母さまを怒らせてはいけない。

あたしは気を取り直すと、スッとデイジーの前に立って大伯母さまに向き直った。


「こんにちは! 鈴原むぎと言います! お会いできて嬉しいです! 」

一瞬、シーーーンと静寂が漂っちゃった・・・・。
大伯母様も後ろの女性人たちもあっけに取られた顔をしている。

・・・・・やがて、誰かの笑い声が聞こえてきた。
・・・・デイジーだ。

「あはははは・・・。ねぇ、一哉? このくらい大きい声だと、いくら耳の遠い大伯母さまでも聞こえただろうね?」

その言葉に一哉くんも微笑んで答えた。

「・・ああ。いくら大伯母様でも今の声は聞こえただろう? それとももっと耳の側で挨拶してもらったほうがいいのかな?」

その言葉に大伯母さまはバツの悪そうな顔をしたかと思うと、やっとあたしの顔を見てくれた。

「Good afternoon. Nice to meet you.」

・・・・え? な・・・なんで英語なんだろう?
日本人でしょ? 大伯母さま。あたしは日本語で挨拶したのに・・・・。
まさか日本語がしゃべれない・・・なんてことはないよね?

どぎまぎしていたあたしに、デイジーが側によって来て耳打ちした。

「大丈夫、ちゃんと日本語しゃべれるよ」

「・・え?・・・でも」

「周りに自分の言ってることが伝わらないのが許せないだけなんだよ。気にしなくていい」

・・・・そういうことか。
確かに、周りは外国人ばかり。みんなが日本語を理解するわけじゃないんだ。
でも、あたしは別に周りの人としゃべってるわけじゃないし・・無理に英語しゃべる必要もないよね・・・。

「改めて紹介しますよ、大伯母さま。彼女が先程お話した鈴原むぎです」

「・・・あなたたち・・・」

さっきまで英語で答えてたのをやめたらしい一哉くんのその一言に大伯母さまも観念したみたいに日本語になった。

「・・まあ、いいでしょう。御堂家のパーティーにようこそ。日本では一哉さんの良いお友達だそうですわね?」

「あ・・・は、はい。こちらこそいろいろとお世話になっています」

「・・・・・それは、ようごさいました。これからも宜しく」

え・・・・それは認めてくれたってこと・・・・なわけないよね。
大伯母さまの表情を見ていたらとてもそうとは思えない。
あくまで、礼儀上であるのがみえみえだ・・・はう。

「ところで、一哉さん。そろそろいいでしょ? 取りあえず後ろのお嬢様のどなたかとダンスをしていらっしゃい。お話はそれからで・・・」

・・・・ほら、さっそくあたしを無視して話を進めだした。
また一哉くんの表情が険しくなる・・・。

「Davidもこのさいどうかしら? あなたもそろそろコーンウェル家に戻って、一哉さんのいいライバルとして会社を盛り立てていってほしいものだわ。あなたとは昔から家族ぐるみのお付合い。わたくしもいろいろと心配しているのよ。あなたも良いお嬢様とそろそろお付合いなさって、ご両親を安心させておあげなさい。さあ、あなたもこちらのお嬢様たちのダンスのお相手を・・・」

「・・・・やれやれ。やぶへびってやつか。」

そう呟くとデイジーはキッと大伯母さまに向き直った。

「・・・せっかくですが、僕は今のところコーンウェルに戻る気もお嬢様方とお付合いするつもりもございませんよ。ありがたく御堂家次期御当主にお譲りいたします・・」

そこで、後ろの女性たちから悲鳴のような声があがった。
どうやら、日本語で話したデイジーの言葉を日本人の女性が周りの女性たちにも通訳してあげているようだった。
そして、デイジーは微笑みながら一哉くんを見た。
その視線を一哉くんはそのまま笑いながら見返すと、大伯母様たちに向き直って言った。

「俺のほうもせっかくですが、ダンスの相手はすでに決まっているので他の方とするつもりはありませんよ」

またまた、女性たちから悲鳴があがる。
でも、決まっている相手って・・・まさか?!
あたしは一人で赤くなっていた。

「決まっている相手というのは誰です?」

憤慨した様子で大伯母様は聞き返す。

「・・・それは勿論、大伯母様ですよ」

その言葉に今度は悲鳴とも感嘆ともつかない声があがる。

・・・・なんだ。あたしじゃなかったのか・・・。
・・・・ホッとしたような、がっかりしたような・・・。
でも、ここでやっぱ大伯母様を立ててあげないとという一哉くんの優しさなんだろうな・・・・。

案の定、大伯母さまの表情は嬉しそうに緩んでいる。
これでみんなの収拾もつくものなんだろう。
さすがは一哉くんだ。
大伯母様はあたしへの攻撃なんて忘れたみたいに一哉くんを連れて、また別な人達と挨拶に行ってしまった。
勿論、その時に一哉くんはあたしの顔をちゃんと見てくれて、瞳で行ってくるって言ってくれた。
あたしはそれで満足だ。
後ろの女性たちもそれでみんなバラバラになって、あちこちで談笑を始めた。

デイジーはあたしの側についててくれたけれど、どうしても関係者の人から声がかかれば側にいかないとならなかった。
あたしは一人でも大丈夫って笑って彼に手を振った。

・・・・・疲れた。

あたしは隅に置いてあるイスに腰掛けて、飲み物を飲んでいた。
結局、正式にあたしを一哉くんの恋人として認めてもらえるまではいかなかった。
そう簡単にいくとも思っていなかったけれど、思っていたよりも一哉くんのいる上流社会というものは難しい。
なんで、同じ人間なのに立場とか家柄とかこんなにも関係があるのかな・・・。
あたしはただ、一哉くんが好きになっただけなのに・・・。
本当に、邪魔だな・・・・。

ぼーーっと、そんなことを考えていた時だった。

誰かがあたしの側に立っていた。
金髪の女性と日本人らしい人。

・・・・この人は確か、さっき大伯母さまの後ろにいた女の人?
腕組みをして、座っているあたしを見下ろしている。
なんとなく、いやな感じだ。

「・・・英語がおわかりにならないみたいだから、わたくしが通訳してさしあげるけれど。あなた、御堂様とお友達になれただけでも光栄と思っていいんじゃなくて?」

「・・・・どういう意味ですか?」

あたしのその返事に二人は顔を見合わせて何か言っていた。

「・・あなた、大したお家柄でも、良家のお嬢様でもないそうですわね。本来ならばこんなパーティーなど出れないはずですわ。その辺りをちゃんと御自覚なさってらっしゃるのかしら?」

「・・・そんなことあなたたちに関係ないと思いますけど・・・」

なんか、言われることが想像できることばかりで、返事するのも疲れてきたあたしだった。
学園でもそうだったけど、お嬢様たちって一貫して言う事って同じなのかな・・・。

「・・んま、なんて言い方でしょう!」

英語を交えて大騒ぎしているその様子があたしからするとまた滑稽に思える。

「・・とにかく、あなた。一哉さまとお付合いしているだなんて、いつまでも自惚れていられなくってよ・・ということよ」

「・・・・・・・・・」

「Sadako様が今、一哉さまにお薦めしているお嬢様は、世界でも有名なコンツェルンのお嬢様で、容姿端麗、学術優秀のそれはそれは素晴らしいお方。あの方を前にして、あなたも今みたいな態度でいられるのかしら?」

お見合いでもさせようとでもしているのかな・・・・?
ふう・・・にしても、そんなことあたしに聞かせてどうしようというのやら・・・・。

段々と反応を示さなくなってきたあたしに苛付いてきたのか、彼女たちは捨て台詞のように一方的に言い出した。

「あなたが一哉さまとお付合いしているだなんて、世界中に広まったら御堂家がどれだけ笑われてしまうことか・・・。世界の中でも最先端のコンツェルンとして名を馳せてらっしゃるのにお気の毒なことだわ」

「そうよ・・一哉さまのことを思うのなら、自ら身を引くべきですわ」

「・・・・・・・」

「大伯母様たちだけでなく、きっと世界中のご親族方、お付合いのあるお方たちを一哉さまは敵に回してしまうのかもしれなくってよ? あなたそれでもかまわないのかしら?」

「・・・・・?!」

さすがにその言葉にあたしは反応してしまった。
一哉くんが御堂家に関わる人達を敵に回す? あたしのせいで?
そんなにあたしが一哉くんの側にいることは一哉くんにとって大変なことになるの?

ぼーーーっとそんなことを考えていたら英語でこう言われた。

「Don’t bife off more than you can chew.」

「Calm down and think carefully.」

そう言って二人はどこかへ行った。
その言葉の意味はわからなかったけれど、どのみち良いことではないだろうな・・。

はあ・・・覚悟はして来たけれど、やはり落ち込む・・・。

会場の中央で、人が集ってなにやら注目をしている。
どうやら、一哉くんが大伯母さまと約束どおり、ダンスを踊るらしい。
あたしも立ち上がって近くへと寄る。
そこで、用を済ませてきたらしいテイジーがあたしの側に来てくれた。

「やあ、一人にして悪かったね。なにかあった?」

あたしの様子に気づいたのか、デイジーが顔を覗き込んでくる。
あたしは明るく笑い返した。

「ううん、なんにもないよ。それより、あたし一哉くんがダンス踊るの初めて見るよ」

「ああ・・・僕も久し振りかな。彼のダンスはなかなかだよ。まあ、僕たちはみんな小さい頃から習わされるから出来て当たり前だけどね・・」

「・・・へえ」

そうこうするうちにダンスが始まった。

何組かのカップルが踊る中で、一哉くんは大伯母さまと踊っているので、他の人たちよりはいくぶんゆっくりとステップを踏み、ターンをしている。
それでも、とても優雅に踊っているのがわかる。
一哉くんの手が、大伯母様の腰を手をしっかりと掴んでいる。
胸が・・・痛い。
・・・やだ・・・・あたしったら大伯母様に妬いているの???
ううん・・・そうじゃない。
きっと、そうじゃないんだ。
ただ・・・・一哉くんがとても遠くに感じてしまっているんだ・・・。

あたしの瞳には自然と涙が溜まってきてしまった。

・・・いけない。

あたしは慌ててその場を離れると、先程座っていたイスに座りなおした。
デイジーが驚いてあたしの様子を見にきてくれたけど、あたしはデイジーの顔を見れなかった。

「・・・・僕がいない間に何か言われたんだね?」

「・・・・・・・」

「・・・ふう。これで僕が彼らについてあまり良くないことを言う理由がわかるだろ? 僕はそちら側の人間と言う事になるんだろうけれど、僕の中にはそんな垣根はないんだよねぇ。同じ人間になんら代わりはないのに、どうして区別をしたがるんだろう・・ってずっと不思議だったのさ。そして、それを僕にまで強要する親戚たちの中にいるのがいやになったわけ・・・。でも、一哉はその中に未だいるわけさ。心の中じゃ同じ考えを持っているはずなのにね・・・」

「・・・それは、一哉くんが逃げようとしないからだと思う・・・」

「・・・・!? それは僕が逃げているってことかい?」

「・・・ううん。一哉くんが言ってた。デイジーは自分の気持ちに正直なんだって。一哉くんももしかしたら、デイジーと同じようにしたいのかもしれない。ただ、一哉くんは・・・・・・」

「・・・・・一哉は?」

そこまで話したとき、ダンスが終わって会場は大きな拍手に包まれた。
どうやら、これでパーティーは終了らしい。
一哉くんはそのまま大伯母様たちを見送りに出入り口までエスコートしていった。
たくさんの女性たちがわざわざデイジーに別れの挨拶をしていく。
勿論、若い女性のほとんどはあたしを無視状態だったけど・・・・ふう。






帰りの車の中で、あたしはあまりしゃべらなかった。
そんなあたしの様子に気づいたのか、一哉くんもデイジーもあまりしゃべらなかった。
あたしはただ、ぼーっと車窓からアメリカの街並みを眺めていた。




デイジーにお礼を言って別れて、あたしは一哉くんと一緒に部屋に入る。

着替えに自分の寝室に入ろうとしたら、一哉くんに呼び止められた。

「・・・なに?」

あたしが振り向いて一哉くんの側に行くと、一哉くんは両腕を開いて見せた。

「・・・?」

「・・・・踊ろうぜ」

「・・・・は?」

「・・・本当はあの時、お前と踊ってやるって俺が言うと思ってただろ? だが、あの時はああでもしないと、収拾がつかなくなるなと思ったからな・・」

「・・ああ、それはちゃんとわかってるよ。一哉くんはやっぱすごいなって思ったよ」

「・・・だが、お前と踊りたかったのも事実さ。まだお前にダンスは教えてなかったがな・・・」

「・・う、うん。」

「・・だから、今、踊ろうぜ」

「・・・で、でも音楽もなにもないし・・・」

「そんなものなくても、踊れるものなんだぜ。お互いの頭の中に音楽が流れてさえいればな・・・」

「・・・・・・うん」

あたしは一哉くんの差し出す左手に右手を添える。
一哉くんの右手があたしの腰をグッと引き寄せる。
一哉くんの顔があたしのまじかにせまる。
どきっと心臓の音がする。

「・・・俺の肩に左手を回せ・・・」

「う・・・・うん」

あたしはそっと一哉くんの肩に左手を回す。

「ここで、ワルツを踊るというのは無理だからな・・。チークダンスでいいだろ。俺に合わせてゆっくりと動くだけでいい」

「・・う、うん」

そう言って一哉くんはゆっくりとあたしをリードしながら踊りだす。
背の高い一哉くんの顎のあたりが丁度あたしの目の辺りにあって、あたしはどこを見ていいのかわからなくて
あたしは顎をあげて肩から向こう側を見る。
ゆっくりと部屋が回っていく。
一哉くんの香りがあたしの鼻腔をくすぐる。
動くたびに俯き加減の一哉くんの頬と、上向きのあたしの頬が微かに触れ合う。

さっきまであんなに遠くにいた一哉くんが、今、あたしのこんなに側にいる。
そんな実感があたしの気を緩ませたのか・・・・。
ぽろっ・・・と、涙があたしの頬を流れた。

一哉くんにそれが見えるわけないのに、何故か急に一哉くんは動きを止めてギュッとあたしを抱きしめた。

そして・・・・・。

「・・・お前、日本へ帰れ」

「・・・・?!」

あたしは驚いて一哉くんの顔を見ようと身体を離そうとしたけど、一哉くんはギュッとあたしを抱きしめていて動けない。

「・・・どうして急にそんなこと言うの? 今日のことならあたしは大丈夫だよ? まだ、ここに来たばかりなのにこんなに早く帰るなんていやだよ!」

「・・・・・・このままここにいたらお前はつらいだけだぞ」

「・・つらくなんかないよ! あたしは一哉くんの側にいたくて来たんだもん。こうして顔見て話が出来ればいいんだよ?」

「・・・・・・・・」

「・・・それとも、あたしがここにいたら一哉くんに迷惑なの? 今夜みたいにあたしのせいで一哉くんが親戚の人たちにいろいろと言われたりするから迷惑なの?」

「・・・そんなことあるわけがない」

そこでやっとあたしは一哉くんの腕をほどいて彼の顔を見た。
一哉くんの表情はつらそうだった。

「だったらどうして? なんでそんなことを言うの? 」

「・・・・・・・・」

一哉くんはその質問に答えてはくれず、そのまま寝室に向かってしまった。

一人リビングに取り残されたあたしはどうしていいか・・・・・わからなかった。






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第六話 「すれ違いダンス」