昨夜の別れ際の一哉くんの様子が気になったけど、今朝はいつもの一哉くんに戻っていた。
もう、あたしは帰りの時間を聞くことはしなくなっていた。
なんとなく聞いちゃいけないような気がしたから・・・。
そんなあたしに一哉くんのほうからその話題をふってきたんだ。
「今夜は少し早く帰ってこれるかもしれないぜ」
「え? ほんと?」
「ああ・・・今日は御堂グループ主催のパーティーがある。それで夜の仕事は終わりだから、いつもよりは早く帰ってこれるだろう」
「でも、主催じゃ最後までいなくちゃなんないんだろうし・・・」
「こんなパーティーはあちこちでしょっちゅうやっているからな。みんなハッキリ言って飽きてて仕方なく来ているんだ。目的をクリアしたら、わりとさっさか帰るものなんだぜ・・」
「・・・そうなんだ。それじゃ、楽しみに待ってるよ」
「ああ・・・時間があったら、何処か出かけるとしようか?」
「うれしい!!!」
「ふ・・・それじゃ、行ってくる」
「いってらっしゃーーーい」
あたしは廊下に出てまで手を振ってあげていた。
一哉くんは、口の動きだけでなにか言っていたけど、あれはきっと馬鹿って言っていたに違いなかった。
あたしって現金かな・・・。
でも、いいや、本当に嬉しいんだもの・・・。
まだ朝だっていうのに、あたしは着ていく服を物色しだしていた・・。
そんな日の午後、突然と電話が鳴った。
一哉くんからのキャンセルの電話かなぁとちょっと残念に思ったけれど、違ってた。
「Hello,Mugi.僕だよ」
「ああ・・・デイジー。どうしたの?」
なにやら、いつもとはちょっと声の調子が違うデイジーにあたしはそう聞き返した。
「一哉から連絡があってちょっと困ったことが起こって、君に頼みたいことがあるんだって・・・」
「・・え? 一哉くんがどうかしたの??!!!」
「あまり時間がないから、言うこと聞いてくれるかな? 今からホテルのスタッフが数名君の部屋に行くから、その人たちの言う事を聞いてくれ。心配はないよ。メイクしてもらってドレス着るだけだから・・」
「えっえっ? それってどういうこと?」
「とにかく、言う事聞いてくれ。支度がすんだらゆっくりと話してあげるから」
「う・・・うん。わかったよ」
そう言って電話は切れた。
いったい、一哉くんに何が起こったんだろう・・・?
それにあたしがドレスって・・・・どういうこと?
あたしは不安で一杯になった。
そうこうするうちに、本当に数人の女性スタッフの人たちがきて、何か言ったかと思うとあたしの顔をいじりだした。
仕方ないから、あたしはじっとしてた。
・・・そして、にっこり笑ってあたしを鏡の前に立たせたこの人たちは・・・。
「You’re beautiful!」
「It looks nice on you」
「What a nice!」
口々に叫んでくれていた。どうやら誉めてくれているらしい。
あたしは鏡に映るこの見知らぬ女性が誰なのか認識するまでに暫く時間かかっていたけど・・・・。
・・・これは一体どういうことなんだろう?
そう思っていたとき、チャイムが鳴りデイジーが部屋に入ってきた。
「Oh,my!」
「デイジー?」
彼は驚いたようにあたしに近寄ってくると突然跪いてきた。
「You’re the most beautiful woman I’ve ever seen.」
そう言って、あたしの手にキスをした。
ひぇぇぇぇぇぇぇえええ・・
あたしはびっくりして手を引っ込めた。
「い・・・今なんて言ったの?」
「ふふふ。『君は僕の知っている中で最も美しい女性だ』だよ?」
エッ、えーーーと、えーーーーーと・・・・。
あたしの思考回路は真っ白だ・・・・。
「さあ、美しい君をこのままじっくり見ていたいけれど、残念ながらパーティー開始まで時間があまりない。このバックに必要なものを入れておいで。車が下で待っている・・・」
「パーティーにいくの? あたしが?」
あたしは慌ててハンカチやらお財布やらを持ってきて、渡されたフォーマルなバックに詰め込んだ。
そのまま部屋を出ると、黒塗りの車がホテルの入口で待っていた。
あたしとデイジーは並んで後ろに乗る。
「ねぇ・・どういうことなの?」
「ふう・・・。今日のパーティーが御堂グループの主催なのは知ってるんだよね? そこで時間ギリギリになってある人が来るってわかったのさ」
「・・・だれが?」
「一哉の大伯母様」
「大伯母さま?」
「一哉のおじいさんのお姉さん。だから、大伯母さま。あの一哉が唯一、苦手とする人間だよ」
「ええぇぇ。一哉くんに苦手な人なんていたんだ・・・」
ちょっと意外だった。
「それで、なんであたしが行くことに・・・?」
「僕も昔から御堂家の人々とは付合いがあるから知ってるんだけど、一哉のおじいさまは仕事に関しては厳しいけど、個人の主張はわりと尊重する人なんだよ。だから、一哉のお父さんも事業を継がなくても良くなってる。お父さんもお母さんも鷹揚な人で、一哉のすることに何も言わない。しかし、ただ一人。御堂家にしては珍しく厳格で時代遅れの堅物がいるんだ。それがMs.Sadakoだね。」
「堅物・・・」
「どこの世界にもいるだろ? 融通がきかない、人の話を聞こうともしない。それでいて妙にカリスマ性があって誰も逆らえない雰囲気を持ったとんでもない親父。女の場合は婆かな」
・・・・なんだか、デイジーの日本語がかなり顔に似合わない乱暴なものになっている気がする・・・・。
「僕の場合はそんな親戚連中が多くて、嫌気さして家を出たんだけどね」
「え?家出したの?」
「あはは。NO.家出なんてしてないよ、契約しただけさ」
「契約?」
「そう。僕のことはいいよ。それで、続きだけど大伯母様は今はヨーロッパにいるはずなんだけど、なぜか最近アメリカに来たらしい。それで、一哉がこっちで事業の一環を担ってる様子を見にきたんだ。パーティーでのホスト役ほど他の人たちからの評価がわかるところはないからね・・・」
「へえ・・・」
「しかし、それは建前。」
「へ?」
「今回の大伯母さまの本当の目的は、一哉に嫁探しをさせることさ」
「な・・・なにそれぇ!」
あたしはつい車の中で大声を出してしまった。
「Oh.頼むから叫ぶのはもう少しトーンを落としてくれるかな。君の元気な声は耳に響くよ」
「ご・・・ごめんなさい・・・」
「ふふふ。まあ、驚くのも無理ないけどね。勿論、一哉は今までも聞き入れたことはないよ。若干18.19の男に嫁捜せだなんて時代錯誤もいいとこだよ。自分の好きな女くらい自分で捜すって・・・そう一哉も言ったのさ。で、君が登場した」
「ええ?」
「一哉はもう、決めた人がいるって家族に言ったらしいよ」
「そ・・・そうなの?」
「うん。お父さんもお母さんもおじいさんも一哉からそんなこと言い出したの初めてだから、真面目に聞いて喜んでたよ。
しかし、あの大伯母は違った」
「大反対?」
「そうだね。この御堂家跡取りの嫁は、完璧な女性でなくてはならないと豪語してたし・・・まったく・・」
「完璧な女性? 」
「高貴な家柄、容姿端麗、学術優秀、御堂家の嫁として恥ずかしくない知性と教養、元気な子供を生める身体・・とか。聞いてられないね・・・」
「・・・・・・・」
「・・・むぎ。君はどれだけこの項目に当てはまる?」
「う・・・・・ほとんど当てはまらない・・・」
「・・・・だろうね」
・・・なんか、デイジーってばキャラ変わっているような気がする・・・。
「でも、それで良いと思うよ。そんな小手先だけの中身のない女を好きになるような一哉じゃない」
「・・・・えっと」
「ああ・・・それで何故君が行くのかってことか。どうやら、今夜来るその大伯母さまが自分が気に入る女性軍を率いてくるらしいんだよ。日本人、外国人、分別なく、目星つけたお嬢様たちを引き連れてね。その中から数人見繕って付き合ってみろって言うつもりなんだね・・。人身売買じゃあるまいし・・・。そこで君を紹介しちゃおうということさ。この人が自分が選んだ人だって言うつもりなんだよ、一哉」
ひえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ
「だ・・・だって、あたしなんて英語もしゃべれないし、かえって大伯母さまの怒りを買うだけになるんじゃないのーー???!!!」
「大丈夫だよ。お嬢様なんかでいる必要はないんだ。君のそのありのままを見せるといい。一哉もそれを望んでいるから君を呼んだんだ。容姿についてなら大丈夫。十分綺麗だよ」
「うぅぅぅぅぅぅぅぅう・・・・・そんなこと言ったって・・。一哉くんの顔にドロでも塗るようなことになったら・・・」
「そんなのは一哉も覚悟の上だよ。くだらないパーティーになるならぶち壊したほうがいいのさ。仕事上のパーティーとか言いながら、本当は何かおもしろいことでもないかって捜しているような、人生に退屈しているような人たちばかりなんだから・・・・」
なんだろう・・・このデイジーの人が変わったような口調・・・。
あたしはこれから向かっている自分への修羅場よりも、それが気になっていた。
パーティー会場に着くと、すでにフォーマル服を着た大勢の人たちがいた。
あたしは緊張したけど、人ごみの中に一哉くんの姿を見つけたとたん、勇気が沸いて来た。
一哉くんのために、あたしに出来ることをしよう。
決して一哉くんの顔に泥を塗ったりしないように、しっかりしなくちゃ・・・。
堂々と胸を張って、一哉くんの元へ行こう・・・。
「やあ、一哉。お姫さまを連れてきたよ」
「ああ・・・すまなかったな。急にいろいろと頼んで・・」
「いいよ。僕としてもいい退屈しのぎだよ。それに、君のステディは僕たちの周りにはいないタイプの子だね。さすがは一哉だ」
「・・・・・・」
一哉は見事に変身を果たして自分に向かって歩いてくる恋人を見た。
「不思議な子だよ、むぎは・・。ここに向かう車の中では不安そうな顔してたのに、君の顔を見たらガラッと表情が変わったよ」
「あいつは逆境に立ち向かう果敢な女だ」
そう言うと、一哉は恋人の元へと足を向けた。
「むぎ、急に悪かったな」
「ううん・・・でも、びっくりしちゃった。あたし、おかしくない?」
「いいや、見事に変身しているぜ。孫にも衣装だ」
「なんか・・・前にも同じようなこと言われた気がするよ」
「ふっ・・・」
「ねぇ・・あたしはなにをすればいいの?」
「なにもしなくていいさ。お前はただ、俺の側にいればいい。俺がお前の側にいられないときはデヴィッドの側にいてくれ。あいつもこの世界では有名人だ。へたな人間は近寄ってこない」
「有名人?」
「ああ・・・御堂家も知らないお前が知ってるわけはないか。デヴィッドはアメリカの大富豪コーンウェル家の御曹司だ」
「コーンウェル家?」
「お前にわかるように言うと、アメリカの御堂家みたいなものだな」
「えええぇぇぇぇぇぇ!?」
「驚いたか。いい加減気づいてもいい頃だと思ったんだが・・・」
「そら、なんか普通の人じゃないなぁとは思っていたけど・・・。それで一哉くんの家のこととか、いろんな人たちのことを知っていたんだ」
「なにか言ってたのか?」
「うん。こんなパーティーめちゃくちゃにしちゃったってかまわないって・・・」
「まあ、同感な部分もあるが俺が主催するパーティーをめちゃくちゃにされたくはないな・・・」
少し離れた場所で他の人に呼び止められていたデヴィッドが二人に近づいた。
「一哉。大伯母さまはまだかい?」
「ああ・・。あの人のことだ、またパーティーが佳境に入った頃に目立つようにやってくるさ・・」
「ははは。言えてるね・・・」
そんな二人の仲睦まじい会話を初めて聞いていたむぎだったが、周りの視線が自分たちに向けられていることに気づいた。
「ねぇ・・・なんだかみんなこっちを見ているみたいなんだけど・・・・?」
「ああ・・・そりゃ、今夜のホストでもある御堂家次期当主と、この僕が一人の女性を挟んで仲良くしゃべっているんだからね。そりゃ、目立つよ。むぎもこれで有名人さ」
そう、おもしろそうにデヴィッドは話す。
「えぇーーーー。なんだか、あたし、品定めされてるみたい・・・」
「そうだ。お前は品定めされてるんだよ。これが俺たちの世界なんだ・・」
一哉は少し苦しそうな表情をした。
しかし、むぎはすぐにその一哉に反応した。
「うん、平気だよ。あたしは逃げも隠れもしない。あたしはあたしでしかないんだから、そのまんまを見てもらうよ」
「・・・・むぎ」
一哉はただ、微笑むだけであったが、デヴィッドは瞳を丸くして驚いていた。
「君は一哉の言うとおり、勇敢な女性だね・・・」
「そ・・・そんなことはないけど・・・」
「・・ふふふ。お手並み拝見といこうかな・・・」
ふっとデヴィッドはいつもと違う妖しい視線をむぎに投げかけていた。
その視線にむぎは気づかなかったが、一哉には普段の友人とは違う視線に奇妙な違和感を感じていた。
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第五話 「変身」