その日の夜、あたしは一哉くんに言った。

「・・・・あたし、明日、日本に帰るよ」

「・・・なに?」

「もう、思い残すことも無いし、学園も予定より休んじゃったしね・・・」

「・・・まったくお前は・・・。俺が帰れって言ったときにはいやだって言ったくせに、俺が帰るなって言う時になると帰るって言うのか?」

「・・・うん。きっと、一哉くんのアマノジャクが移ったんだよ」

「・・・・ふん。来る時も突然で、帰る時もまた突然だな。お前らしいぜ。どうせ、だめだと言っても帰るんだろう?」

「・・・うん」

「・・・・仕方ないな。明日、秘書に準備をさせておく」

そう言って一哉くんはため息をついた。

「・・・ごめん。でも、あたしはもう大丈夫。一哉くんはどこにいても、いつもあたしと一緒にいてくれる、見ていてくれるってわかったし、あたしもいつも一哉くんと一緒にいるから・・・・」

そう言って、あたしは胸のピンバッジを指差す。

「・・・・わけのわからない論理だな」

「ロマンチックと言ってほしいな」

「・・・・そういうものか?」

「・・・そういうものよ」

「・・・俺は明日見送りには行けないぜ?」

「うん、大丈夫! 一人で帰れるよ。英語も随分とわかるようになってきたし・・・」

「まだまだ怪しいがな」

「うーーーー、大丈夫だよー。空港まで行って飛行機乗るだけだもん」

「ホテルの周りで迷子になってるお前だからな、どうなるかわかったもんじゃないな・・・」

「・・・・うううう」

「まあ、とにかく。今夜はアメリカ最後の夜になるというわけだよな?」

「・・うん、そうだね・・・」

そこで一哉くんはフッと笑った。

「・・・・今夜は寝かさないぜ。覚悟しておけ」

えーーーーーーー!?
それって・・・・・?

なんてこと言うのよ、一哉くんってばぁぁぁぁぁ・・・







一哉くんの魔法の指が・・・・魔法の唇が・・・・あたしを知らない世界へと連れて行く・・・

一哉くんの吐息が・・・・・まるで音楽のように・・・・あたしの耳元でメロディを奏でている・・・

今夜はあたしの顔が見たいと言って、寝室の明かりをいつもより明るくしている・・・

あたしは恥ずかしいって言ったけれど、一哉くんは有無を言わさない・・・

お蔭で、あたしも一哉くんの顔がいつもよりもよく見える・・・

一哉くんの顔を・・・・身体を流れる汗が・・・キラキラと光っていて・・・とても綺麗だ・・・

今夜で暫く・・・・一哉くんとはお別れ・・・・・・一哉くん・・・・好きだよ・・・

遠く離れていても・・・・どこにいても・・・・・あたしは一哉くんがいつも・・・・好き・・・









・・・・・翌朝・・・・・・


ね・・・・・・・眠いぃぃぃぃぃぃぃ

一哉くんってば、本当に寝かせてくれなかった・・・・。
一哉くんは自分も寝ていないくせに、晴れやかな顔していつものように仕事に出かけて行った。
ただ、いつもよりも長い、行って来るのキスを残して・・・・。

大きな荷物は後で一哉くんが送ってくれるというので、あたしはアタッシュケース一つを持って部屋を出る。

なんだかんだと生活をしたホテルのスイートルーム。
長かったような、短かったような、そんな日々だったアメリカ・・・。

フロントの人とも既に顔なじみになっていたので、明るく挨拶をした。
みんなドアの外まで見送ってくれた。

あたしは空港まで送ってくれる運転手さんに頼んで、ウッドご夫妻のアンティークのお店に寄ってもらった。
丁度ご夫妻でいらしたので、今から帰国すると挨拶をすることが出来た。
そうしたら、奧さんがお店の壁に飾ってある絵を見せてくれた。
なんでも、一哉くんがあたしを助けてくれたお礼にと届けてくれたんだそうな・・・。
また、あたしに黙ってそんなフォローをしてくれた一哉くん。
あたしは苦笑いだ。
そして、あたしは夏美や游洛院さんへのおみやげをお店で買った。
なんか、随分と安くしてくれた気がする。
あたしはまた来ることを約束して、お二人にお別れを言った。






空港で運転手さんにもお別れの挨拶をして、あたしは来た時と同じに一人になった。
搭乗の時間まであたしはロビーのイスに座って、思い出していた。


ここに到着をしたとき、言葉もわかんなくて途方にくれたっけ。
そして、デイジーと出会ったんだよなぁ・・・・。
そういえば、デイジーとお別れの挨拶が出来なかった。
ホテルを出る前に彼の部屋に行ってみたんだけど、留守だったんだ・・・。
それだけが心残りだった・・・。

そんなことを考えていた時、背中から声をかけられた。

「May I help?」

あたしは驚いて振り向いた。

「デイジー!!!」

あたしは思わず抱きついていた。

「・・・・一哉が電話をくれたんだ。びっくりしたよ、急に帰るだなんて・・・。僕に挨拶もなしかい?」

「・・ごめん。でも、今朝デイジーの部屋に行ったんだよーー」

「・・ああ。昨夜から徹夜で仕事だったんだよ。危なかったな・・・君に会えないでお別れになるとこだった・・」

「・・・うん。本当に良かった」

そこで、デイジーはフッと優しい瞳であたしを見つめた。

「・・・ここで君に声をかけたのは、ほんとに偶然だったんだ・・・」

「・・・え?」

「一哉が僕に迎えに行ってくれって頼んできたとき、彼は忙しいらしくて君の特徴を教えてくれなかったんだよ。だから、到着便と今までの一哉の話から推測するしかなかったわけ。だから、あの家庭教師の先生みたいな人がまた来るのかなって思ってたんだよ。でも、そんな人いなくてさ・・・。僕もどうしたものか考えていたら、不安そうで、それでいてとてもキラキラした瞳をした女の子が僕の目の前をうろうろしていたから、声をかけたんだ。それがむぎだったのさ・・」

「そ・・・そうなの?」

「ああ・・・でも、ちょっと話をしたらすぐにわかったよ。一哉が自慢げに話す君のイメージとあっという間に繋がった。思えばあの時から僕は君に降参する運命だったんだな・・・」

「・・・デイジーってば・・・」

「・・・あははは。気にしないで・・・僕は君に感謝しているんだからさ」

「・・・・・・・・」

「それじゃ、元気でね」

「・・・うん、デイジーもね。日本に来たら、あたしがいろいろと案内してあげるからね」

「ふふふ、そうだね。今度は僕が迷子になるよ・・」

「・・・・いじわる」

「あははははは」

そこで、搭乗開始を知らせる放送が空港内に木霊した。
あたしの荷物をデイジーは持ってくれて、ゲートまで送ってくれる。

「はい、むぎ」

「・・・ありがと」

そして、あたしとデイジーはハグを交わした。

「I’m happy to have know you」

そう言ってデイジーはあたしの顎を上向きにすると、唇にキスをした。

「・・・!?」

「ふふふ・・・一哉には内緒だよ?」

「・・・う、うん」

「See you」

「うん、またねーー」

あたしは手を振ってゲートを進んで行った。
デイジーはいつまでも手を振ってくれていた。















むぎの乗った飛行機を外の展望台から見送りながらデヴィッドは呟いた。


「むぎ・・・君がもう一人いてくれたなら・・・・。今度こそ君だけを愛するよ・・・」














さあ、日本へ帰ろう・・・!!













                     戻る                 進む



第十四話 「もう一人君が・・・」