「一哉!!!!」
デイジーが慌てて一哉くんに駆け寄って抱き起こす。
一哉くんの手から、今拾った物がまた転げ落ちた。
あたしはそれを拾う。
それは、あたしがあげた青い蝶の羽のピンバッチだった。
毎朝スーツの胸元を見てもそこにあった記憶はない。
なのに、なんで一哉くんの身体から落ちたんだろう・・・?
一哉くん・・・・・。
もしかして、スーツの裏側につけていたのかな・・・・。
・・・・馬鹿・・・・
「・・・一哉! 一哉!」
デイジーの叫びが店内に木霊している。
あたしはそこでやっと我に帰った。
「デイジー動かしちゃだめ!!」
あたしはバッジをポケットにしまうと、一哉くんとデイジーの側に駆け寄った。
こういう時の対処法はお母さんや、お姉ちゃんに教わっている。
それに、命がけで二人で夜の学園に忍び込んだあの時のお蔭で、度胸がついているみたいだ。
あたしは自分でも不思議なほど冷静に一哉くんの様子を見た。
・・・苦しそうな熱い息だけど、ちゃんと呼吸はしている。
・・・身体はちゃんと動いているし、脈も平気そう。
・・・ただ、身体が燃えるように熱い。かなりの熱がある。
一哉くん以上に真っ青な顔をして、呆然とあたしと一哉くんを見ているデイジーにあたしは質問する。
「デイジー、このまま病院に運ぶのと、ホテルに運ぶのとどっちが早い?」
「あ・・・・・ああ。ここだとホテルのほうが早い」
「・・ん。じゃあ、悪いけど車をすぐにお店の入口まで回して! そしてホテルに連絡してお医者さんを呼んでおいてもらって。ああ・・それと、一哉くんの部屋を暖めてベッドもちゃんとしておいてくれるように伝言も御願い!」
デイジーもやっと我に帰ったように、ハッとした表情をした。
「0K.すぐに車をもってくる・・」
そう言って外へと駆け出して行った。
騒ぎを聞きつけて大勢の人が助けに来てくれた。
あたしが一哉くんを抱き起こそうとすると、みんなが手伝ってくれて一哉くんを運んでくれた。
デイジーがホテルや秘書さんに連絡を取ってくれたお蔭で、一哉くんをベッドに寝かしつけてすぐに御堂家の主治医の人が来てくれた。
今、一哉くんは点滴をうけて眠っている。
相変らず、熱は高い。
デイジーは一哉くんの側で心配そうに見つめている。
お医者さんの話では、軽い肺炎をおこしているらしい。
暫くは熱が高い状態が続くけれど、若いし、それほど心配はないということだった。
ただ、だいぶ疲労が激しいからこの機会にゆっくりと休ませて体力をつけさせるように・・・とのことだった。
お医者さんと秘書さんたちがみんな部屋から引き上げると、寝室にはあたしとディジーだけが残った。
「デイジーも疲れたでしょ? 一哉くんにはあたしがついてるから、部屋に戻ってもいいよ?」
「・・・いや、今夜は一哉の側にいたいんだ。・・・悪いけど、いいかな?」
「・・ん、悪くなんかないよ。デイジーは一哉くんの大事なお友達だもん」
「・・・・・・・・」
「・・・・きっと、具合が悪いのに寒い中あたしを捜して走り回ったせいだね。悪いことしちゃった・・・」
あたしは一哉くんを見つめながら言った。
「・・・いや。僕が一哉の体調が悪いことに全然気づかなかったから・・・」
デイジーが悲しそうに言った。
「・・・・ごめん。あたしのせいで、デイジーにもほんっとに迷惑かけちゃったね・・・」
あたしは頭を下げた。
「・・・・・そんなことないよ。それに君がいてくれて助かった。僕はこんなとき何も出来ないんだ・・・」
デイジーが悔しそうに唇をかんだ。
「あたしだって、デイジーがいなければ何もできなかったよ」
デイジーがフッと笑った。
「・・・・・ふふ。ドクターが君の手際の良さを誉めていたよ。そして安心していた・・・」
「・・・・え?・・あはは。それはお母さんやお姉ちゃんに教えてもらったことが役にたっただけだよ・・」
あたしはちょっと照れた。
「・・・・いいご家族なんだね」
「・・うん」
「・・・君はなんでも持っていて・・・・うらやましいよ」
デイジーが寂しそうに言ったけれど、あたしにはよく聞き取れなかった。
「・・・・え?」
「・・・・・いや、なんでもないよ」
「・・・・あ・・・じゃ、あたし新しい氷マクラ作ってくるから、ここ、いいかな?」
「ああ・・・一哉のことちゃんと見張っているよ」
「・・・うん、よろしく」
あたしは静かに寝室をでた。
台所でホテルの人が用意してくれた氷をアイスピックで砕く。
それにしても、氷マクラとか氷嚢とか、日本もアメリカでも看病をする基本は一緒なんだなと、変なことにあたしは感心していた。
・・・けど、あのデイジーの落ち込みぶりはなんでなんだろう。
デイジーのほうが倒れそうだ。
あたしの中のある考えが、断片的な点から線に変わり始めていた。
その時、あたしはふと思い出して氷を砕く手を止めてポケットに手を入れた。
あの時拾ったピンバッチを見る。
あたしは蓋を開けてみた。
・・・そこには、あたしが入れているのと同じ写真が入っていた。
・・・ピチョン・・・
砕かれた氷の中に雫がポタリ、またボタリと落ちていく。
「・・・・・・ほんっとに、素直じゃないんだから・・・・」
あたしは涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして、笑いながらまた氷を砕き始めた。
・・・飲み物用の氷じゃなくて良かったって、思いながら・・・。
デヴィッドはジッと眠っている一哉の顔を見つめている。
やがて、点滴に繋がれている一哉の右手に自分の手を持っていく。
まだ熱い一哉の手を両手で握る。
「・・・・一哉」
そう呟く。
そして、そのまま顔をベッドへと伏せ、一哉の掌に自分の頬を当てる。
「・・・ごめんよ、一哉。僕は・・・もう、どうしたらいいのかわからないんだ・・・」
デヴィッドの頬から一哉の掌に1滴の雫が落ちた。
「・・・お待たせ」
軽くノックをして、寝室に入るとデイジーは窓辺のカーテンを少しだけ開けて外を眺めていた。
室内は寝ている一哉くんのために、最小限の照明にしてある。
その中で、なんだかいつもとまた違ったデイジーの表情を見た気がした。
あたしは一哉くんの頭を静かに動かして、氷マクラを取り替える。
おでこに手を当ててみる。
まだ熱い。
そして、冷たいタオルをまたおでこに乗せる。
それを見ていたデイジーが小さな声で言った。
「・・・・・僕はやっぱり帰るよ」
「・・・・え?」
「・・・ここにいても僕に出来ることはないし、それに君がいてくれれば安心だ」
「・・・・・・でも」
「・・・・・明日仕事もあるしね、それが終わったらまた来るから・・・」
「う・・・うん」
あたしは部屋の入口までデイジーを送っていく。
「今日は本当にありがとう、そしてごめんなさい」
あたしはまた、ペコリと頭を下げた。
「いいや。・・・・それじゃ、一哉のこと頼むよ」
「うん、まかせといて」
「・・・・それじゃ、また」
「うん。おやすみ」
デイジーの後姿が去って行くのを見ていたけど、あたしは思わずデイジーを追いかけていた。
「デイジー!」
「・・・?」
怪訝そうに振り向いたデイジーに向かってあたしは言った。
「デイジーも身体には気をつけてよ! でも、もし倒れたらあたしが看病してあげるからね!」
デイジーは目を丸くして驚いていたけど、すぐにまたいつものように笑い出した。
「あははは・・・・・その時はよろしく頼むよ、名家政婦さん?」
そう言って手を上げると、廊下をまた歩いていった。
あたしは姿が見えなくなるまで見送っていた。
寝室に戻ったあたしは、ベッドの隣のイスに座って一哉くんの様子をみる。
そして、またポケットからピンバッジを取り出す。
「・・・早く元気にならないと、これ、返してあげないからね・・・」
そう小声で一哉くんに言ってみる。
・・・聞こえてないんだろうけどね・・・・。
と、思っていたら・・・・・。
「・・・・う」
「・・・・!? 一哉くん?」
あたしは驚いて一哉くんの側に近寄る。
「・・・・み・・・・み・・・ず・・」
「・・・お水?」
あたしは急いでベッドサイドに置いてある水差しを一哉くんの口元に持っていく。
だけど、目を覚ましているわけじゃないからこぼれてしまってうまく入っていかない。
あたしは意を決して、水をコップにいれると自分で口に含む。
そして、両手で一哉くんの顔を支えて、あたしの唇を一哉くんの唇に重ねる。
舌を差し入れて、水を一哉くんの口の中に注いだ。
ゴクリと一哉くんの喉が鳴ったのがわかる。
それを数回繰り返した。
一哉くんがフーッと息を吐いた。
きっと、足りたんだろう。
そう思ってコップを置くと、今度はタオルで一哉くんの汗を拭いた。
拭きながら、その端正な顔をジッと見てみる。
・・・御堂一哉・・・。
いつもクールで、俺様で、口が悪くて、素直じゃなくて、あまのじゃくで、強情で、意地っ張りで・・・・。
それでも、いつも他人の気持ちを考えくれて、一人で全部背負ってくれて、そして何より優しい人・・・。
「・・う・・・・ん・・・」
一哉くんがまたうなされている。
「・・・一哉くん?」
「・・・・む・・・・ぎ・・・・・い・・・・く・・な・・」
「・・・・!?」
「・・・・どこへ・・・も・・・いく・・な・・・」
あたしの瞳からはまた涙が溢れる。
そして、一哉くんの手を強く握ってあたしは答える。
「・・・どこへも行かないよ。いつでもあたしは一哉くんの側にいるよ・・・」
一哉くんは、またフーーーッと大きく、まるで安心したように息を吐いた。
そして、そして誰よりもあたしを愛してくれている人・・・・。
それが・・・・御堂一哉・・・。
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第十話 「御堂一哉」