カーテンから漏れる明るい光に気づいてみると、どうやらあたしは一哉くんのベッドに寄りかかって少し眠ってしまったらしい。
慌てて一哉くんの顔に手を当ててみる。
まだ熱はあるけれど、いくらか下がったようだ。
呼吸も昨夜よりは随分と楽みたいだし・・・。
点滴に睡眠作用のある薬も入れてあるとお医者さんが言っていたので、なかなか目は覚めないかもしれない。
元気になるには何より眠ることが一番だということだろう。

あたしはタオルと氷まくらを新しいのに取り替えて、一息入れることにした。
あたしの用事を済ませなくては・・・。
食事とお風呂と着替えと・・・。
だって、あたしが無理して倒れちゃったら一哉くんの面倒を見る人がいなくなってしまう。
ううん、一哉くんの世話をあたしが出来なくなってしまう・・・。
だから、あたしは元気でいなくちゃならないわけだ。
安静にしていれば良くなるというお医者さまの診断があるわけだから、あたしは安心して看病をしていればいい。

お昼過ぎにお医者さんがまた往診に来てくれると言っていた。
それまでに用事を済ませておかなくてはならない。
デイジーは仕事が終わったら来ると言っていたから、やっぱお昼過ぎかな・・・?
さっそくあたしは行動を開始した。


そして、そろそろお医者さんが来るかなと思っていた時、思ってもみなかった人の訪問を受けたんだ・・・。






ピンポン
ホテル設置のチャイムが鳴った。
むぎはドクターが到着したと思い、慌ててドアを開けた。
しかし、そこに立っていたのは・・・・。

「お・・・大伯母・・・さま?」

「ごきげんよう」

彼女の後ろにはお付きの女性が数人と、黒づくめの男性がまた数人。
大所帯での訪問である。

一哉に良く似たカリスマ性を溢れさせたままMs.Sadakoは威圧的な態度でむぎに接する。

「一哉さんが倒れたそうね?」

「え・・・・あ・・・・その・・・・」

むぎはどう答えればいいのかどきまぎしていた。
しかし、そんなことを気にする風でもなく、一行はずかずかと部屋へと入り込んできた。

「あ・・・・あの?」

「一哉さんの寝室はどこかしら?」

「お・・・お見舞いでしたら、まだ一哉くんは気づいてないので・・・・」

「そんなことで来たんじゃないわ。一哉さんの寝室はどこなの?」

むぎは思わず寝室のドアのほうを見てしまった。

「・・・あそこね・・」

その視線にきづいたSadakoがそこに向かう。
むぎは本能的に一哉の寝室のドアの前に立ち、両手を広げて立ちはだかった。

「そこをおどきなさい」

「・・・一哉くんは熱が高くて、まだ起き上がれないんです。一体どうされようというんですか?」

憤慨した様子でSadakoはむぎを睨みつけている。

「・・・知っています。だから、一哉さんを病院へ運ぼうとしているんですよ」

「・・・・え?」

「御堂家次期総帥である一哉さんが倒れたんです。どうしてこんなホテルであなたなどに任せておけますか? 世界でも有数な医師のいる大病院に移送するんです。さあ、そこをおどきなさい・・・」

「どきません!」

むぎはキッとSadakoたちをにらみつけた。

「なんですって?!」









なにやら騒がしい気配に一哉は目覚めた。

「・・・・・?」

起き上がろうとしたが身体に力が入らない。
ボーと天井を見つめて、何があったのか思いだしてみる。

(・・・確かむぎを迎えにデヴィッドと言われた店に行き、そしてあいつを見つけた。携帯を返してそして・・・・)

そこから先があやふやで思い出せない。どうやらそこで意識をなくしたらしい。
この程度の酷使で倒れてしまうとは、我ながらなさけないと一哉は思った。
室内の時計を見てみる。午後の1時を回ったところだ。
随分と眠ったな・・・と、ここ最近の睡眠時間を考えるとそう思った。

「どきません!」

そこで、むぎの叫ぶ声が聞こえた。

なにやら寝室のドアの外が騒がしい。

一哉は無理やりに身体を起こした。
少しめまいが襲ってきたが、暫くすると納まってきた。
点滴のぶら下がってるスタンドを支えにしてベッドから降りる。
鉛のように自分の身体が重くふらつくが、なんとか歩けるようだ。
カラカラとスタンドを杖代わりに押しながら、ドアの側まで行き聞き耳を立ててみる。


「なんですって?!」

「・・・・あの声は・・・Sadakoか・・」











一哉がドアの後ろで聞いているとは露とも知らず、むぎはSadakoに一歩も譲らず対峙する。

「・・・はい、どきません。今、一哉くんには眠ることが必要なんです。ちゃんと御堂家の主治医の方にも診てもらって安静が一番だと言われました。その言いつけを守ることがお世話を任されたあたしの責任です。たとえ大伯母さまのお言いつけでも、今、一哉くんを動かすわけにはいきません!」

「・・・御堂家の人間でもないあなたにそんなことを言われる筋合いはありません」

「確かに、あたしは御堂家の人間じゃないです。でも、あたしは一哉くんの恋人です。あたしには一哉くんを心配し、そして助ける義務があります。そして何よりも一哉くんは今、あたしを必要としています!」

「・・・随分と自惚れていらっしゃること・・・・」

その言葉にむぎの頬が紅潮する。

「次期総帥としての身体がどれだけ大切なことなのか、御堂家の人間でなければわからないことです。第一、あなたのことを他の人間が認めようと、このわたくしが認めません。御堂家総帥には総帥に相応しい女性がお相手でなければなりませんのよ。それが総帥として生まれた一哉さんの義務です」

「・・・・大伯母様にとって御堂家ってなんなんですか?」

「・・・なんですって?」

「・・・御家族じゃないんですか? そして、家族って家族みんなの幸せを願うものなんじゃないんですか?大伯母様は一哉くんの幸せを考えてあげないんですか?」

「何を言うんです? 一哉さんの幸せを願っているからこそ、わたくしはこうして来ているんです」

「あたしにはそうは思えません。だって、大伯母様は御堂の次期総帥としての一哉くんしか見てないじゃないですか? 一哉くん自身を見てくれてない!」

「・・・・一哉さんは御堂家次期総帥です。そう見て何が悪いというんですか?」

「・・・あたしは今になって一哉くんが御堂の名前で近寄ってくる人をいやがっていた理由がよくわかります。誰も一哉くん自身を見てあげてない。その裏にある何処にでもいる普通の男の子の彼を誰も知ってあげようとしない。それが一哉くんにとってどれほど寂しいことなのか、あたしにはわかります。あたしの家は平凡な家庭だったけれど、家族みんなで助け合って、愛しあって生活してきました。そして、みんなあたし自身を応援して見つめてきてくれました。だから、そんな一哉くんの気持ちが痛いほどわかる。あたしには御堂家なんて関係ない。出来るものならば今すぐに一哉くんと誰もいない場所に行ってしまいたい。その後御堂家がどうなろうと私にはどうでもいいことです!」






「・・・・・・むぎ」

ドアの後ろで聞いていた一哉が呟く・・・。







パンパンパンパン

と、そこで背後からゆっくりとした拍手が聞こえてきた。

「・・・デイジー!?」

「・・・・David・・・・」

「・・・まるで僕の代弁をしてくれたかのような正当なご意見だよね、むぎ」

「だけどね、むぎ。大伯母様はこれでも心底一哉を心配してもいるんだよ。何せ小さい頃から僕も一緒に、まるでご自分の孫のように可愛がってくれていた時期もあったからね・・・」

「・・・・え?」

「・・・いつの頃からか、こんなことしか言わなくなってしまったんだけどね。ねぇ、大伯母様?」

「・・・・・・・・」

「大伯母様、一哉は大丈夫だよ。ドクターも太鼓判押してたし、それに夕べから様子を見ているけど彼女は実によく一哉の面倒を見てくれている。へたに病院なんか入れるより余程献身的だ。だから、このまま彼女に任せるほうが一哉の回復も早いですよ」

「・・・・・あなたがどう言おうと、わたくしにはわたくしなりの考えがあります」

「・・・・やれやれ。強情なところは一哉にそっくりだ。いや、一哉が大伯母様に似たのかな?」

そう言うとデヴィッドはむぎの隣に立った。

「それじゃ、僕も大伯母様をこれ以上進ませるわけにはいかないですね・・」

「・・・デイジー」

「・・・・・・かまいません、一哉さんを運び出しなさい」

そうSadakoがお付きの男たちに命令する。

「・・・まずいな」

ドアの後ろで聞いていた一哉が出て行こうとドアのノブに手をかけた時だった。

「What’ going on?」

落ち着いた男性の声が響いた。
そこにいた全員の視線がその方向へと向けられる。
大柄な体格をした温和そうな白髪頭の初老の男性がそこにいた。
後ろに昨夜一哉を診察した医師の姿も見えた。

「・・・・・Dr.Smith?」

「・・・・どなた?」

むぎはデヴィッドに小声で質問する。

「御堂家には数人の主治医がいる。その筆頭医師のDr.Smith.世界でも有数な医師の一人でもある。最近は忙しいらしくて姿見かけてなかったけどね・・・」

「・・・そうなんだ」

Sadakoもその医師を知っているらしく、驚いていた。

『これはお久し振りですな、奥様』

『ドクター・スミス。何故あなたがここに?』

『これはおかしなことをおっしゃいますな。私は御堂家の主治医です、しかも一哉ぼっちゃんの直属のね。昨夜まで出張していたのでいなかったのですが、ぼっちゃんが倒れたと聞いて様子を見に来たんですよ・・・』

英語でとたんにしゃべりだした二人に、むぎは目を白黒とさせていたがデヴィッドがすぐに同時通訳を開始してくれたおかげで、二人の様子をただジッと見つめている。

『それで? 奥様は私たち主治医の診察に不安でもおありなのですか?』

その言葉に若干Sadakoは躊躇したようだった。

『あ・・・・あなたが最初からいてくださるのならば、わたくしに依存はございませんわ・・・』

『それはようございました。けれど、私などいなくとも御堂家のスタッフはみな優秀でございますぞ? なんの心配もございません。安心して私どもにお任せ下さい、奥様?』

『・・・・・わかりました。先程のお話はなかったことに致しましょう。一哉さんを御願いしますわ』

Dr.Smithはニッコリと微笑むと、そのまま今度はむぎの目の前に進んだ。

『はじめまして、むぎさん。診察した医師から聞きました、一哉ぼっちゃんの看護を実によくしてくれているそうですね。感謝しますよ』

デヴィッドがすぐに通訳をしてくれた。
むぎは頬を赤く染めながらも、嬉しそうに微笑んだ。

「とんでもないです。あたしはやるべきことをしているだけですから!」

『はっはっは。これは一本とられましたな』

「早速ですけど、ドクター。一哉くんを診ていただけますか?」

「Of course.」

医師とむぎたちの様子を見ていたSadakoであったが、皆が寝室へ入っていくのを見ると自分は廊下へと出て行った。

「・・・奥様?」

そう付き人が聞くと、Sadakoはフッと笑って言った。

「・・・家族ですか・・・」

そして再びいつものようにキッとした表情に戻る。

「・・・帰ります」

そう言ってSadako一行はホテルを去って行った。








寝室に入ると一哉は変わらず静かに眠っていた。

Dr.Smithは数名の医師とともに診察を開始する。
側ではむぎが神妙な面持ちでそれを見つめている。
しかし、暫くするとドクターはクスクスと笑い出した。

「・・・・? ドクター?」

むぎは怪訝そうにドクターを見つめた。

『どうやらぼっちゃんは一運動されたようですな』

「・・・・え?」

むぎにはその言葉の意味がわからなかった。
デヴィッドはすぐにわかったのか、なるほどというような表情で一哉の顔を見ていた。
そして、まだ心配そうにドクターの顔を見つめているむぎに向かって微笑みながら言った。

「・・・つまり、すぐに一哉は目が覚めるってことだよ、むぎ」

「・・・・ほんと?」

「・・・ああ」

そう言ってデヴィッドもクスリと笑った。

『夜になるとまだしつこく熱があがるでしょうが、それも時機に治まるでしょう。食欲があるようでしたら消化のいいものから食べさせてやってください』

「・・はい」

ここでやっとむぎも安心した表情になった。
Dr.Smithは、また改めてむぎに向き直るとこう言った。

『・・・私はこれで来ることは出来ないですが、担当の優秀な医師がついていますのでなんの心配もありません。元々丈夫な方ですからすぐに回復しますよ。一哉ぼっちゃんの世話を宜しく御願いしますね』

「はい、任せてください」

むぎは再び明るく微笑む。
それをデヴィッドは複雑そうな表情で見つめていた。

ドクター一行もホテルから去り、喧騒とした雰囲気だった部屋にまた静寂が戻った。

「さてと、そろそろ僕も退散するよ・・・」

「・・・え? 来たばかりなのに?」

「ああ・・・もう一哉も心配ないみたいだしね。それにさっきのむぎにはまた感心したよ。いろんな意味でね・・・」

「ううん。あの時はありがとう、デイジーが来てくれなきゃ、どうなっていたか・・・」

「いいや、僕はまた何もしてないさ。きっと君のあの言葉は大伯母さまにも届いたことだと思うよ、ねぇ一哉?」

そこで一哉に声をかけたデヴィッドの態度に、むぎはただ首をかしげるばかりだった。

「それじゃ、一哉も慣れない演技で大変だろうから僕もそろそろ行くよ。それじゃ、またね」

「あ・・・うん」

寝室を出て行くデヴィッドを見送ろうとむぎは追いかける。

「いいよ、ここまでで・・・。一哉の側にいてやってくれ」

「・・・・うん」

デヴィッドはそのまま静かに部屋を出て廊下を自分の部屋に向かって歩く。
しかし、その歩調は重い・・・。

「・・・・御堂コンツェルン、コーンウェルコンツェルン、そして家族・・・・。そして一哉にむぎ・・・か」

「我ながら自分が何考えてるかわかんないな・・・・ふふ」

両手をズボンのポケットへと突っ込み、その長い足を大きく動かしてデヴィッドは歩きだしていた。


「ハーーーーッ」

一哉と二人きりになった寝室でやっとホッとしたのか、むぎは大きく息を吐いた。
そして、再び一哉の側へと行くと、おでこに乗せてあるタオルを取ろうとした。
・・・・その手をいきなり握り締められ、むぎは悲鳴をあげた。

「キャッ!」

「・・・・いい加減気づけよな」

「か・・・・・一哉くん?!」

むぎはそのまま一哉に覆いかぶさるように抱きついた。

「・・・・・良かった」

「・・・ふ。このくらいでくたばるような俺じゃないぜ・・・」

そう言って一哉はむぎの頭を撫でた。

「・・・・・馬鹿。心配したんだから!」

「・・・・俺にだって心配かけただろうが? これでおあいこだぜ」

そこでむぎはガバッと身体を起こした。

「・・・!? いつから気づいてたの?」

「・・・お前の演説が開始されたくらいからかな? こっちの部屋まで響き渡ってたぜ。大体お前が鈍すぎるんだろう? みんなは気づいてたぜ? 俺の大根の演技・・・」

「きぃぃぃぃぃぃ!・・みんなでまたあたしを騙したぁぁぁ」

そう叫んでむぎは一哉を叩く。

「・・・おい。俺はまだ病人だぜ。まだ力が入らないんだから手加減してくれ・・・」

そう寝たままで言う一哉にむぎは慌てて動きを止めた。

「ご・・・・ごめん。大丈夫?」

「・・・ああ、平気だとは言えないがな。まあ、気分としては悪くはない。しかし、これくらいで倒れるなんて俺もなさけないな」

「・・・・あれだけ無理してたんだもん、倒れて当たり前だよ」

「・・・・ああ、そうかもな。悪かったよ」

急に素直に謝ってきた一哉に、むぎは少々戸惑っていた。

「・・・なんだ? 不思議そうな顔をしているな。結局お前の言うとおりになったんだ。素直に謝って悪いのか?」

「そ・・・・そんなことはないよ。それにあたしのこと探してくれててそうなっちゃったんじゃん。謝るのはあたしのほうだよ・・」

「このあたりでもおあいこというわけだな・・」

「・・・うん、そうだね」

二人は笑いあう。

「あ・・・お腹は空かない? 空いたなら食べてもいいみたいだけど?」

「・・いや、まだ腹が空くまではいかないな・・・。スープくらいなら飲めそうだが・・」

「そう! じゃあ、すぐに美味しいスープ作ってきてあげるよ」

そう言ってイスから立ち上がろうとしたむぎの手を、再び一哉は掴んだ。

「・・・・?」

「・・・まだいい。少し眠りたいからこのままここにいてくれないか?」

「・・・うん、わかったよ」


そろそろ夕暮れが訪れようとしている時間に、静かな二人の、穏やかな時間が重なっていった・・・。





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ご注意

ここから先、分岐させて頂きます。
どちらもストーリールートとしては同じですが、裏ストーリーは物語の間に性的描写を含むシーンが追加されております。
ですので、18歳未満の方、そんなシーンは読みたくない方は進むまたは12に進んでください。
管理人のつたない描写でもかまわないと思う18歳以上の方は 裏へどうぞ。
そして裏から12へと進んでください。続きになってます。
ちなみに裏は18禁コンテンツのどこかにございます。 




          

第十一話 「訪問者」