無色透明色
「・・来なさい、ドライブをしよう」
信じられなかった。
はばたき学園三年間の生活に終止符を打った、三月一日の卒業式。
もう二度と会えないかもしれない・・・そんな想いに打ちひしがれ、教会で泣いていた私の前に現れたあの人・・。
・・・氷室零一先生・・。
三年間私の担任だった先生。でも、私はいつの頃からか先生としてだけではないこの人に好意を抱いていた。
最初はただの憧れだったかもしれない・・・。でも、時折垣間見せてくれた教師でない一人の人間として一人の男性としての姿に
心底惹かれていったのだ・・。
でも、現実は教師と生徒。それ以上でもそれ以下であってもならない。
私のこの想いが迷惑になってはいけないし、極力態度に出ないように気をつけてきたつもり・・。
それでも溢れる想いは止まらない・・。
きっと表情に行動に出ちゃってたはず・・・。私は器用なほうじゃないから・・。
時々、そんな私の行動に先生は戸惑った表情をした。
そんな先生が可愛くて(?)嬉しくて、ますます追いかけたくなって・・。
そして卒業式の今日、先生は私に”愛している”と言ってくれた。
夢なら覚めないで欲しい・・。でも、やっぱり夢なんていや!
このままずっと先生の側にいたいから・・・・。
二人で教会を出ると、先生は改めて私に向かってこう言った。
「私はこれから職員室へ戻り、帰り支度をしてくる。君は駐車場で待っていなさい。車のキーを預けておく」
そして、私に車のキーを渡してくれた。
今までに無かった事。こんな小さな事にも、今までとは違うという事を感じて私は嬉しくなってしまう。
「・・はい。私も一度教室に戻って荷物をとってきます。そして、最後のお別れをしてきます」
「・・・そうか。15分以内には必ず行く。それでは・・」
先生の背中を見送りながらしぱらくボーッとしていた。
なんだか足元がふわふわして・・自然と口元がにやけているような気がする。
教室に戻り荷物を手にとって黒板に目をやると・・・・。
「な!?・・・・ナニ、これぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
朝、登校して見たときの黒板には在校生達が書いてくれた、”卒業おめでとう”の文字とお祝いメッセージで埋まっていた。
しかし、今は・・・。
奈津美が描いたであろうと思われる自画像と氷室先生の似顔絵。
そして・・・そして一番右端には・・・。
「・・相合傘? 」
しかもその傘の中に描かれている男女の顔は・・・。
「・・・先生と・・・私?」
どう見ても、氷室先生と私の顔だ。しかも頬を赤く染めて・・・。
(・・・・オシアワセニ・・? いったいどういうこと?これも・・なっちんが書いたの?)
私の氷室先生に対する気持ちは隠したことはないけれど、かといって告白した記憶もない。
しかも、先生から告白されたのは、ついさっきだ・・。それなのに・・何故?
呆然とその絵を見ていた時、メールの受信音が立て続けに鳴った。
慌てて携帯を取り出し、受信メールを読んでみる。
『件名 おどろいた? (⌒∇⌒)
ヤッホー! そろそろ教室に戻ったかなと思ってメールしたよ。
ヒムロッチとラブラブおめでとー!
え?なんで知ってるかって?
この奈津美様の情報網をなめちゃいけないよ!(笑)
二人が両想いなことなんて、みんなだいぶ前から知ってたよ!
気がつかないのは当の本人だけってね!
なにはともあれ、詳しい報告は私達に必ずすること!
んじゃ、お先に帰るねー!またね! ナツミ』
『件名 ごめんね
雪ちゃん、ごめんね。びっくりさせたかったの。
私もね、雪ちゃんの気持ち知ってたよ。そして応援してた。
氷室先生が雪ちゃんを追いかけて行ったって聞いて、とても嬉しかったの。
でね、ナツミちゃんとみんなでお祝いしようってことになってね。
ほとんど、ナツミちゃんが描いたんだけど、私もちょっとだけ手伝ったんだよ。
雪ちゃんと先生のほっぺ。(笑)描いてて楽しかった。
それじゃ、またメールするね。春休みにまた一緒に遊ぼうね! たまみ』
メールは後二通きている。相手は誰か予想はついている。
『件名 お先に
雪乃さん。卒業式当日までのこの様子に私も呆れているわ。
あなたもさぞびっくりしたでしょうね。やめなさいと私は止めたんだけど、
私のいう事なんて聞きそうに無い人達なので諦めたわ。
あなたとは大学も一緒ね。学部は別れてしまいそうだけど、また一緒に
勉強しましょう。それでは、お先に失礼するわ。 志穂』
『件名 All0
こーんな芸術センスのない絵など見て、あなたもさぞ憤慨なさっているでしょうね。
藤井さんには呆れてしまうわ。色さまに描いて頂きましょうって瑞希が言ったのに無視されたのよ!
失礼しちゃうわ!あなたもそう思うでしょう?
ともあれ、瑞希春休みはニースの別荘へ行くけど何かあったら連絡しなさい。
すぐにニースまで飛ばして差しあげるわ。それでは、お元気でね。』
みんな、ありがとう・・・。
私は相合傘の前で一人泣いた。
みんなの気持ちがとても嬉しかった・・。
教室を出るとき、黒板の絵をどうしようか考えたが、明日氷室先生はここへ来るだろう。
怒るかもしれないけど、先生にも見てほしかった。
みんなの暖かい心を・・・。
先生ならわかってくれると思うし・・。
残念なのは、この絵を見たときの先生のびっくりした顔がみられないことだ・・。
私はその様子を想像してくすっと笑うと、急いで駐車場へ向かった。
先生はまだ来ていなかった・・・良かった。
渡されたキーを使って助手席のドアを開ける。
もう、この車にも二度と乗ることはないかもしれないと覚悟していた。
これからまた、ここに座ることが出来ると思うと嬉しい。
私は思わず助手席側のドアをなでていた。
先生は私が車に乗り込んでから三分後にやってきた。
「待たせてすまなかった」
「いいえ。三分しか待ってないですから・・・」
私はそう言ってキーを渡す。
いつものようにシートベルトをして発信準備を整える。
「・・・もう、いいのか?」
「えっ?」
「学園への別れはもうすんだのか?」
「あ・・はい。実は・・一週間前から学園の隅々にお別れ兼ねて回って歩いたんですよ。
だからもう大丈夫です。それに、先生に逢いにいつでも来れますし・・。うふふ」
「そ・・・そうか」
先生はちょっと口ごもるとエンジンをかけた。
「発進する」
いつもの発進号令・・。
心なしかいつもよりスピードが遅い気がする。
先生が気を使ってくれているのがわかって、私はまたまた幸せに包まれる。
運転している先生の横顔ももう見られないと思ってた。
高校生として見る最後の通学路を眺めながら、またさっきの先生の告白を思い出しては赤面する。
「どうした? さっきから百面相だな・・」
「えっ? やだ、先生。見えるんですか?」
「それだけ一人でニヤついたり、真顔になったりしていれば、見てなくてもわかる」
「へぇー」
「それに泣いたらしい跡も見える」
「え・・・あっ」
「何かあったのか?」
「い・・いえ・・。実は教室で・・・ぁ」
「教室で・・・どうした?」
「・・・・秘密です」
「なに?」
「・・っていうか、明日先生が教室に行けばわかります」
「・・・? 教室に行けば、君が泣いた理由がわかるのか?」
「はい。わかってもらえると思います」
「よろしい。明日確かめてみることとしよう」
「はい・・」
「それで、これからのドライブのことだが・・。一旦君を家まで送り届ける」
「はい」
「卒業した君をご家族も待っているだろうし、着替えもしたほうがいいだろう。それと・・・その・・・」
「はい?」
「その・・・・君のご両親に挨拶をしておきたい・・」
「へ?」
「いや・・。今までは教師として接してきたわけだが、これからは・・その・・。一人の異性としてお付合いしていきたいと、
君のご両親に許可を頂きたい」
「あ・・・ありがとうございます」
なんて答えたらいいのかわからなくて、とっさにそんな返答をしてしまった。
(・・・確かお母さんは今日は仕事休むって言ってたからいるだろうけど、驚くかなー? 大体、尽は私と先生のこと感づいてるし、
尽から言ってれば知ってるかもなー。お父さんはいないし・・てか、いてほしくないし・・)
「・・東雲」
「は・・はい?」
「い・・いやなのか?」
「え?」
「いや・・急に静かになった・・」
「あ・・違います! とても嬉しいです。母は今日は家にいると思いますし」
「そ、そうか。ふむ・・よろしい」
ちょっと緊張した面持ちになった先生が可愛く見えた私だった。
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