【 花散る夢、現に咲く花〜金糸の太陽編〜 】

 本当に君がいるのか。
 本当に君は君なのか。
 エルザムは一歩ずつ近づくたびにそんな想いに駆られた。
「……」
 後少し手を伸ばせば触れられる距離にくると、彼が振り向く。
「? どうした、エルザ―――」
 言葉はなかった。
 ただ彼の胸に飛び込む。
 存在の確かさを願い、強く抱きしめた。
「え、エルザム?」
「……君が」
 嘘でない、幻ではないその感触。
 確かに彼はここにいる。
「?」
 彼は戸惑いながら、エルザムの肩に手をかける。
 そっと顔を上げて彼の銀の瞳を覗き込み、不安に駆られた言葉を言う。
「…君が、行ってしまうのかと……思ったのだ…」
「俺が? どこに―――」
 エルザムは顔を伏せ、彼の胸に耳を当てて目を閉じる。
 背中に回した手からは彼の体温が伝わり、胸に当てた耳からは確かな鼓動が聞こえる。
 今、彼はここにいる。
 この温もりもこの心音も全ての証拠。
 触れているのは彼本人で。
 決して夢ではないのだと。
「…桜が…」
「…ああ、桜か。見事なものだな」
「……」
「鍛錬中は余りしっかりと見られなかったからな…完全に散る前に、見ておこうと」
「…!!」

『人を連れて行ってしまうから』

『―――貴方の、君の、大切な』

「…見るな…!」
「…!?」
 エルザムは首に手を回し叫ぶ。
 それに気付いた彼は頭を回してエルザムの方を向く。
 困惑の銀の瞳と懇願する緑の瞳がまともにぶつかった。
「…見ないでくれ…」
「…どうした、エルザム」
「……」
「…一体―――」
 彼が桜を視る瞳は穏やかで。
 自然を慈しみ、風流を愛する彼だからだが。
 彼を愛する自分には、それがとてつもない恐怖に見える。
 もし本当に桜が人を連れ去るというのなら。
 自然を愛する彼は桜に連れ去られても可笑しくはないだろう。
 逆に本当にそうなってしまう方が。
 心を蝕むのだ。
「―――夢を見たのだ…」
「夢…?」
「そう、桜の…」
 銀の瞳は覗き込んだ緑の瞳の中に、自分の姿を見つける。
 散る花びらがその瞳の中にもうつり込んでいるのも。
「君が…そこにいた……同じように―――桜を見上げて」
「……」
「桜を眺めていた君は…やがて木の根元に腰掛け、見上げていたのだ……」
 一度緑の瞳は下ろされ、エルザムは再び彼の胸元に耳を寄せる。
 聞こえる確かな音に震える心を抑え。
 言葉を続ける。
「…一陣の風が吹き、君はいなくなった………」
「……」
「桜は」
 人を連れ去るのだと。
 自分にとって大切な者を。
 そして、もう。
 戻ってこないのだという。
 そう言うエルザムの言葉を彼は黙って静かに聞いていた。
 全てを言い終わった後に、ぽつりと呟く。
「―――俺は」
「……」
「…俺は行かないぞ…? エルザム…」
「…それでも、不安だったのだ―――…!」
 衝動に説明はつかない。
 本能のように身体が動く。
 理性よりも先に感覚が告げる。
 行かせるな、と。
「君を見つけた時、君は本当に―――…っ…」
 エルザムの言葉はそこで途切れた。
「行かん、どこにも。お前の側にいる」
「―――…」
「例え…桜が呼ぼうとも、だ」
「…、ゼンガー……」
「ああ」
 彼がふと笑ったような気がした。
 一体何に笑いを浮かべたのかまでは分からない。
 だが自然とエルザムは安心できたのだ。

 闇の泡沫に浮かぶ桜。
 想う彼の人を連れて行くもの。
 されど心が繋がっていさえすれば。

<了>

   writing by みみみ

ばっくします。

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