【 花散る夢、現に咲く花〜銀糸の月編〜 】

「エルザム!!」
 駆け寄ったその先に、人物はまだ立っていた。
 そんな事に安心を覚えつつ。
 ゼンガーは走る。
「ゼンガーか、どうした?」
 背中まで流れる金髪を揺らし、青年は振り向く。
 緑の瞳に不思議そうな色を浮かべて。
「い…いや、その」
「?」
 よくよく考えてみると奇異な行動だ。
 相手はただ桜を眺めていただけだというのに。
 駆け寄ってきた相手は血相を変えて名を呼ぶのだから。
 一体何事だろうか。
「その―――」
 何と言い訳すればよいのやら。
(夢でお前を見たなどと言えるか…!!)
 しかも、目の前の彼は桜に連れ去られたのだと。
 子供の御伽噺も甚だしい。
 そんな事で血相を変えて飛び出してきた自分を、彼は笑うだろう。
 己の観念からしても恥ずかしいことこの上ない。
「つまり、だな」
「つまり?」
 なかなか次の言葉が見つからず、探しあぐねていると青年は唇に微笑を浮かべてこう言った。

「桜には魔物が棲むのだという」

「な…?」
 呆気にとられているゼンガーを尻目に言葉は続けられる。
「しかもその魔物は人攫いの名人でな」
「―――」
「見ている者が心惹かれた者を奪うという」
「それは、俺も…知っている…」
「そうか」
 夢で見たとは言えず、ゼンガーの言葉に楽しそうな相づちが返ってきた。
 彼はそこまで言ってからふと寂しそうに笑った。
「…これだけ美しいのだ……魔物が棲む道理も分かる」
 ゼンガーではなく遠い誰かを想うような表情で笑っている彼は、夢の通りに今にも消えそうで。
 それこそ桜が連れ去っていくのではないかという程に。
 細く切なく、薄い笑みを浮かべている。
「…っ」
「―――?」
「…行くな…っ」
 ゼンガーは、瞬間青年を胸の内へと引き寄せた。
 肩を抱き、金糸の髪をとく。
 震えた声が彼の耳には聞こえるだろうか。
「例え…例え、魔物であろうと…っ……お前はどこにも行くな…!」
「―――!!」
「お前が…その魔物に逆らえないというのなら…俺が斬る…! …だから…だから……っ」
「―――ゼンガー」
「…エルザム、行くな……俺を………」
「―――ゼンガー…」
 行くな、と何度も呟くゼンガーを青年はなだめる。
 うなされた子供を寝かしつける母のように、優しく名を呼び背を撫でて。
「分かっている…分かっているから―――」
「…頼む……」
「私はどこにも行かない……誓おう、ゼンガー」
 震える肩に腕を伸ばし、抱きしめられた胸に頬を寄せ。
 はっきりとした口調で言う。
 大丈夫だ、と。
「本当にか…?」
「ああ、勿論だとも」
「…桜が招いてもか……?」
「ああ」
「……」
「君が側にいる限り、私はどこへも行かない。…君の側にいる」
「側に―――…?」
「そうだとも、君の側にいることが―――」
 青年は目を閉じてそう言った。
 その言葉を噛み締めるようにゼンガーも瞼を閉じる。

 言葉が続かぬ二人に、桜だけが枝を鳴らし。
 物言わぬ二人に花を散らせた。

<了>

   writing by みみみ

ばっくします。

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