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今の東京都の教育行政について思うこと
〜自由闊達な高校生活は保障されるのか〜

長野県 K・K(1973年卒)

●私は生まれてから24年間東京で育ち、暮らしました。戦後10年生まれの私は、平和と民主主義のありがたさを身をもって感じている大人たちに、個人の尊厳を大切にされながら育てられました。高校時代は、音研で合唱や定期演奏会の手配に明け暮れる毎日でしたが、学校教育は、自主的精神が大切にされ、ほんとうに伸び伸びと楽しいものでした。

●大学を卒業し、東京都の小学校で教員になりました。新米教師の私は、子どもたちに授業をしても話を聞いてもらえず、試行錯誤の数ヶ月を過ごしましたが、先輩や保護者の皆さんの支えで、共に伸びる学級作りをすることができました。それもこれも、当時の東京の教育は自由度が高く、失敗も包み込んで育ててくれる包容力があったからだと思います。

●結婚を機に長野に移りました。長野に移るとき同僚からは「長野はちょうちん学校といって大変らしい。がんばって。」と言われましたが、以来30年間長野で教員を続けるうちに、事態は大きく変化しました。今では「東京は大変だ」という声ばかり聞きます。

●人事考課制度…それに基づく成績主義賃金。長野でも交渉のたびに「教育現場に成績主義はそぐわない」と県当局と確認していますが、実際、教育は協働の営みであり、学校でいろいろな立場の教職員が力を合わせてこそ効果があがると言うもの。それも、長いスパンで何年か経ってから結果が現れることもあるものです。成果をあせってもよい結果にはなりません。短期に成果を出せと迫るのが人事考課制度です。東京は全国に先駆けて導入しました。

●そして、職務命令まで出して処分者を出し続けている「君が代」問題。高等学校の職員会における挙手採択禁止。七生養護学校性教育への行政介入。そして、全国へ波及した性教育バッシング。今新たに問題になっているのは、新採用教員を自主退職に追い込む行政のありようです。どれも、教育への国家統制を強め、学校現場の自由度を脅かすものばかりです。

●「新しい歴史教育をつくる会」が扶桑社から歴史教科書を出してすぐに採択したのも東京都でした。全国での採択率0.04%という低さが物語るように、太平洋戦争を「大東亜戦争」と呼び加害の事実はなかったかのように受け取れる文章や、「アジア解放の戦い」と戦争を肯定する文章があるなど、この間の政府見解とも相容れない内容の教科書です。それをこともあろうに都教育委員会の裁量で採択できる障害児学校で採択したことに、長野にいながら私は強い憤りを感じておりました。

●そして、中高一貫校を作り、中学校の教科書採択権を得た都教委はその悪手を我が母校小石川にまで伸ばしてきました。現場の教員の意見書を書き換えさせ、賛成する教育委員を多く任命し、「つくる会」教科書を採択した杉並区の事例もありますが、現場の教職員の意見を真摯に受け止めるなら、「つくる会」の教科書の採択などありえないことだと思っています。
 アジアの各国と真の友好関係を築きたいのであれば、加害の事実を含め歴史の真実を認識すること、その上で未来を共に作っていくことが必要であると思います。長野にいて何もできないと思っていた私も署名しなら協力できると嬉しく思いました。多くの方に「今起きていること」を知らせたいですね。

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