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はじめ通信8−927
学校「自由選択」が何を招いたか
江東区の見直しに複雑な背景

●9月26日付の東京新聞に「小学校選択制見直し」「地域の連帯感薄れる」「江東区、徒歩圏に制限へ」という見出しで江東区の教育委員会が来年度から小中学校で行ってきた学校自由選択制を、小学校については、原則指定校に戻し、指定校以外で選べるのは「原則として徒歩で通える学校」に限ることとするという記事がのりました。しかし中学校の方は、引き続き区内全域を選択できるというのです。
 この記事の中には、区教委に対して、町会役員などから、入学式などで自分たちのまちの子が少ないのはさびしいなどという声が寄せられており、それを受けて区教委が検討した結果だと報じています。

●調べてみると、江東区ではすでに8月19日に「学校選択制度の検討結果について」という文書が出されていました。
 この文書には冒頭に「学校選択制検討の背景」として、すでに7回行なってきた学校選択制の結果、「地域との関係や学校間の人数の差などの課題が生じてきている」と書かれているだけで、町会役員や地域の声などは、詳しく書かれていません。
 しかし抽象的な書き方の裏に、かえって地域の世論の厳しさ・深刻さが伺われるような気がします。

●一方で、毎年行なってきた保護者へのアンケートでは、右表のように、小学校1年生のうち平均6割の保護者が学校選択に賛成しています。(学校選択で指定校以外に子どもを入学させた600人弱の保護者は73%、指定校に入れた2200人あまりの保護者でも55%)
 つまり保護者の側には、おおむね学校選択は支持されているといえます。これを理由に区教委も選択制を簡単にやめようとはしていません。

●ただ、私は、子どもが入学して何年か経ってから保護者にアンケートをとれば、結果は違ってくるのではないかと推測しています。
 入学したばかりではこの制度の問題点が見えにくいからです。例えば、通学区域の学校に入学させても、その学校の入学者がどんどん減っていたら保護者として矛盾を感じるでしょうし、わざわざ区域外の小学校に行かせて、うまくいかない場合は地元の学校にも移れなくなるのです。

●結局、区教委は、地元校に8割以上が入学している小学校の場合だけ原則指定校に戻し、35%が区域外の学校に入っている中学では、選択制を続けることにしました。
 たしかに中学生のほうが通学可能範囲は広いかもしれません。しかし区教委のもう一つの報告文書は、区内のある中学校で起きた深刻な問題についての対策でした。

●それによると、その中学では古い公共団地が高齢化したため、生徒数は減ってきていましたが、選択制が始まって、本来30数人いるはずの地元からの入学生が毎年数人になり、今年は一人だけ入学した地元の生徒が5月に転校してゼロになったというのです。
 複雑なのは、一方でそこに併設された「特別支援教室」(いわゆる「心身障害児学級」のこと)には、区域外から毎年6〜7人が入学してきており、「選択自由化」以来、健常児と障害児の入学人数が逆転してしまったという背景があることです。これが引き金になって、少数派の地元の入学生がさらに激減することになったのは明らかです。このままでは障害児だけの中学校になってしまいかねません。
 区教委の報告書は、地元新入生に敬遠される現象を「風評により選択したとも思われ、その影響で小規模化が進行した」などと評していますが、自らの責任を棚上げにしたとんでもない分析というべきです。

●選択を「自由」にした以上、区教委には、わが子に障害児学級生が多数派になった中学を敬遠させる親を「風評による選択」などと非難する資格はないはずです。
 ましてや現在、以前の「障害児学級」のように、障害を持つ生徒が入学時からそこに入るのではありません。
 3年ほど前から障害児教育は「特別支援教育」と名を変えて、原則として健常児と同じ普通学級に入学し、その後一人一人の子どもの障害の違いや程度に応じて「特別支援教室(学級ではないことに注意)」に必要な時間だけ通うというしくみになったのです。例えば10人の新入生のうち8人が自閉症などで、特別支援教室に殆どの時間いることになれば、1年生のクラスに10人の籍はあっても、日中、普通学級にいるのは二人だけということになってしまうのです。
 だからこそ区教委は、こういう現象が起きないように細心の注意を払うべきだったのにそれを怠ってきた責任は、重大と言わねばなりません。 

●文科省は、「異例の見直し」などと評しているようですが、かつて国の諮問機関で打ち出してさんざん旗を振った「選択制」が、矛盾が吹きだしたら「知らぬ存ぜぬ」ではすまないはずです。
 新聞記事の評者も、「学校選択制の狙いは、学校を市場原理で活性化することだが、今回それが「魔法の杖」ではないことが分かったといえる」と述べていますが、これだけの弊害が顕在化した以上、あらためて有効な調査と抜本的な対策の検討と、地元が求めれば元の通学区域を復活させるべきではないでしょうか。

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