はじめ通信7−1020 シリーズ「07学力テストの残したもの」 「シリーズ1.学力テストの目的は?・・教育目標管理と競争原理の導入」 ●43年ぶりと言われる全国学力テストについて、いま結果をどこまで公表するかで国や自治体が揺れています。 最近の新聞記事では、47都道府県と政令都市の殆どが、学校や自治体ごとの統計データは非公開と決めたようです。 しかしテストを受けさせられたこどもと保護者に、学校が知っているデータを出さないという姿勢は住民からの開示請求に耐え切れないという予測もあり、鳥取県は国からのデータ受け取りさえ渋ったということです。 ●この動揺の背景には、政府が、学力テストについて「公教育の目標管理」と「排他的競争の組織化」という二つのねらいを、それぞれオブラートに包み都合よく使い分けながら実施してきたという、苦し紛れの”二枚舌”的な対応があるのではないでしょうか。 そして、学力テストをめぐるこの間の諸々の事件によって、こうした”二枚舌”のごまかしがきかなくなってきたのだと、私は考えます。 ●この政府の、教育の目標管理と競争の押しつけという2つのねらいについては、雑誌「世界」の9月号で、全国でただひとつテスト実施を拒否した犬山市の教育長の中嶋哲彦氏が解明しています。 @第1には、学力テストを文科省が自らの主導で教育内容をコントロールするための材料とすること。 中嶋氏は、そのために国は教育の目標は指導要領などで国が定め、自治体や学校にはその目標へのPDCAサイクル(プラン、ドゥー、チェック、アクション)を押しつけ、その中のC(チェック)の役割を学力テストに負わせれば、テストを国の設定した目標に全国の学校を縛りつける道具にできると考えていることを鋭く指摘しています。 Aしかしより危険なのは、第2の目的である、テスト結果をもとに自治体や学校、クラスを競争に駆り立て、これに父母による学校選択制度や、平均点によって学校ごとの予算に差をつけるなど市場競争的な論理を徹底するためにテスト結果を使うというねらいです。 露骨な新自由主義のもちこみとして、大半の教育関係者は厳しく批判しましたが、安倍総理に直結した内閣府などがさかんにこの考え方をふりまき、教育で企業人材育成をねらう財界が後押しし、社会的エリート層の一部にも広がりました。 中嶋氏は今のところ文科省は、前者の目標を前面にしているが、テストが続けば、経済界の圧力で競争主義が台頭して行く危険が大きいと指摘しています。 ●学力テストをめぐる一連の出来事には、この二つの要素が絡み合っていると私も考えます。そのことを象徴しているのが、東京都が国に先行して行なってきた独自の学力テストであり、さらに都のテストで全都最低だった影響で足立区が区独自のテストを開始し、その中で、学校現場にあってはならない不正が起こった事件でした。 ●この「はじめ通信」コーナーでは以前、「子どもと教育の旗」シリーズを取り組みましたが、あらためて今号から何回かに渡って「学力テストの残したもの」について、私なりにまとめて行きたいと思います。 |