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はじめ通信7−0511
三宅島バイクレース見直しで知事の強引なアイデアの破綻が明らかに!

●4月27日の定例記者会見の際、石原知事は記者の質問に答える形で、今年11月に三宅島で予定していたバイクレース(上記の計画)で島の外周都道を使うのをやめるとともに、「限られた所をぐるぐる回るみたいな良い状況の土地がみつか」ったとして、計画を考え直すため「近々、専門家を連れて現地に行ってコース設定なんかも考えたい」と表明しました。

●総務局は公式に決めていないとしていますが、報道では全長30・4キロメートルの都道に代わって、島南西部の阿古地区にあるこれまで自転車レースに使ってきた都道と村道の周回コース2・5キロメートルを使ったレースと、閉鎖中の三宅島空港の滑走路で火山ガスの高濃度地区に入っていない南側を使った400メートルの初速度タイムレース、斜面に障害物を設けたオフロードレースなどを検討したい旨が、関係者に提案されたとのこと。

●知事は計画見直しの理由として「私もね、何周かするかと思ったら島1周だけ。『あっ通ったな』で終わりになっちゃうからね」などと述べましたが、島の周回道路を使えば観客はバイクの走行を殆ど直接見られないレースになることは誰でも分かっていたはずの話です。
 実際には三宅島の外周都道を試験走行したプロのレーサーの大半が安全確保できないので公道レースはやめるべきだと指摘したこと、ホンダ、カワサキなどバイクメーカーも「安全確保が極めて難しい」と参加・協力を拒んでいたことから、メーカーやレーサーの協力が不可欠のレース開催が事実上困難になったことが、見直しの最大原因であることは明らかです。
 関係者の声を無視して強引に自分のアイデアを押し通そうとした石原知事のやり方の破綻をついに認めざるを得なくなったものです。

●マン島をまねて外周の公道を使うレースが無理だと知事が認識したのは、実は知事選より前ではないかと推測します。
 2月末の予算委員会で、清水議員の質疑に、知事は突然、考えているのはクラシックレースだと言い出したからです。
「マン島には、全体六十キロの数回回る、いわゆるトップのマシンで走る、前田君が亡くなったそっちのレース、これはたびたび死者が出ております。私たちが考えているのは、その前に行われる、こちらの方がむしろお客さんが多いんですね。それはどういうことかというと、三宅島よりもっと狭隘な、いわゆる住宅地の中を走る、クラシックカーといいますけど、本当、数年前まではそれなりの性能を持っているマシンが走るレースです。」
 つまり当時から知事は、公式に発表されていた外周道路のレースから、狭いエリアで行なう別のレースに変更せざるを得ないと考え始めていたとも推測されます。しかし見直しによるイメージダウンと無責任との批判を避けるために知事選前の公表を避けていたのではないでしょうか。

●では知事が言う「限られたところをぐるぐる回る」代替案ならば実現可能なのでしょうか。
 まず2・5キロの都道と村道によるレースは、やはり公道レースであり、しかも村道部分は幅4メートル程度の場所もあることから、大変な道路拡幅工事が必要になる上、バイクメーカーは距離を縮めても公道レースには協力できないとの姿勢を崩していないため、実際のレースは無理で、ツーリングイベントになる公算が大きいと見られます。
 メーカーが公道レースを嫌うのは、サーキットは転倒しにくいよう路面のセンター部分がわずかに低くなっているのに対し、日本の一般道はセンターライン付近が高く、両サイドに向ってわずかに下がっており、カーブなどの道路わきに激突しやすい岩や民家、崖から転落の危険があったり見物客や野生動物を巻き込む危険が避けられないこと、サーキットの路面に比べ、タイヤの消耗が激しすぎることなどが理由だと言います。
 やはりどう見ても公道のレースは危険が付きまといます。レーサーを命の危険に追いやるレースの押し付けは許されません。

●にもかかわらず、なぜ知事は三宅での公道レースにこだわるのか。
 知事が三宅島でマン島と同じようなバイクレースを考えたのは、かなり以前からだと言う話があります。三宅島の噴火災害、全島避難のころには、すでにバイクレースの構想を話していました。
 その後、知事が海外視察でロンドンに出かけた後、さらにマン島に行ってレースを観戦したとき、三宅島と八丈島の村長と町長を連れて行き、村長の出張費用を出すために三宅村は補正予算を組まざるを得ませんでした。
 もしマン島レースが三宅島復興の役に立たないことがはっきりすれば、見通しのあいまいな個人的思いこみのためにロンドンと合わせて3700万円もの費用をかけて海外出張したのは、ムダ遣いと私物化ではないかとのそしりを免れないでしょう。知事が、三宅島のイベント構想がどんなにマン島のイメージからほど遠くなっても、「日本で初の公道レース」にしがみつくのは、まさにその点を恐れるからではないかと思えてなりません。

●4月末に三宅島の村長や全議員が三宅島空港再開の陳情のため知事と都議会を訪問したとき、知事は空港再開の話はそっちのけで、バイクレース見直しは、共産党が反対したせいだということを10回近く繰り返し苦々しく語ったとのことです。NLPを受け入れていればこんなことにはならなかったということまで発言し、バイクレースに賛成した人も、米軍機の訓練場を許さなかった島の総意にまで非難を浴びせる知事の発言に冷水を浴びせられた思いだったということです。
 さらに「共産党議員は来ているか」と聞き、寺本村議が名乗り出ると、「レースに反対するなら対案を出せ」と怒鳴りつけ、寺本議員が空港問題で陳情に来ている立場だからと同僚議員に制止されたのを見ていながら記者会見では「対案を出せと言ったが黙っていた」などと発言を行ないました。知事の共産党非難は、とんでもない筋違いであると同時に、いかにも”石原流”の卑劣なやり方ではないでしょうか。

●三宅島空港の滑走路を使ったタイムレースにも疑問を感じます。
 三宅島空港は、滑走路の北半分が火山ガスの高濃度地区にかかっています。もしバイクレースに滑走路を使い、当然ながら観客も集めるのだとすれば、本来の空港としての再開こそ急ぐべきと考えるのが当然ではありませんか。
 2年前に島民が帰島したあと、ガスで使えなくなった旧空港ビルを、高濃度地区を避けて南側に建て替え、再開の準備はできているにも拘らず、都は滑走路の半分が高濃度地区であることを理由に認めようとしていません。しかし高濃度地区といっても絶えずガスが出ているわけではなく、しかもその境界部分が数百メートルかかっている程度であれば、飛行機からターミナルまで乗客を外気から遮断するシェルター型の通路をつけるとか、滑走路付近の亜硫酸ガスを拡散・中和するなどの方法を考えれば技術的にも再開できるはずです。それ以上にガスが多いときには、これまでの悪天候の場合と同様に欠航すればすむのです。
 三宅島の復興にとって空港再開は決定的だからこそ議員や村長がこぞって陳情に来ているのです。その陳情団に向ってバイクレース見直しのはらいせにNLP問題まで持ち出して言いたい放題言いながら、肝心の空港問題には冷たい態度をとり続けた知事の姿勢こそ厳しく問われるべきではないでしょうか。

●5月11日、共産党都議団は寺本村議とともにバイクレースの見直し予定場所を調査し、やはり公道レースの危険性がぬぐえないことを確認しました。
 また、地元の各分野の方々と懇談し、本来の三宅島復興に今なにが必要なのかについて、ご意見・要望をお聞きしました。この調査の成果を生かしてこれまで以上に具体的で復興支援の積極的な提案や取り組みを進めて行きたいと思います。

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